prologue
初投稿です。生温かい目で見てやってください。
序章
「光。こっちこっち」
自分の名前を呼ぶ友人のもとへと急ごうとするが、当の僕は身動きが取れないでいた。
「何してるのよ。早くしないと席がなくなっちゃうよ!」
「無理、言うな……」
息も絶え絶えで、歩くことも嫌になってくる。何故そんな状態なのかと聞かれると大勢の生徒でごった返している空間に身を投じているから。
今いるのは通っている大学の体育館。今日は文化祭で、そこでは僕らの大学で一番人気のイベントが行われようとしている。そのイベント見たさに、校内の学生はもちろんのこと、学外からのお客さんも多数来ている。
「無理じゃない! 人を押しのけてでもこっちに来なさい!」
叱咤されつつ、なんとか目的の席に辿りつく。場所は一番前の中央席。本来ならすぐに埋まるのだが、我が友人はあの手のこの手を使って、今の席を強奪、いや獲得したのだそうだ。
「もう、だから早く来た方が良いって言ったのに」
席についた時点で僕の額からは汗が流れていた。人口密度が上がれば人の出す熱量も増え、それだけ暑くなる。しかも走って来たのだから汗をかくのは至極当然で。
「僕が今日大学に来たのは新しい書籍が図書館に届いたって聞いたから。そしたら誰かさんに拉致されたんだ。こんなところに来たくて登校したわけじゃ」
盛大な溜め息を吐いたのは、僕に聞かせるためで間違いないだろう。その証拠に溜め息を吐いた後は呆れ顔を浮かべていた。
「光が本好きなのは知ってるけど、今日がどういう日なのか分かって言ってるの?」
「体育の日だろ?」
「文化祭最終日よ!」
僕らの大学の文化祭は毎年一〇月の第二週の土曜から月曜までとなっている。三連休を使って学校イベントを相殺させている訳だが、クラブ活動に参加していない生徒からすれば、ただの三連休だ。そして僕も三連休を謳歌できる生徒の一人だったが、最終日にして学校に来て、しかも多くの声がひしめく体育館の中にその身を置いている。
「しかし今さらだけど、開始三分前とはいえこのお客の入りはすごいな」
「席取りしないといけないってさっき言わなかったっけ? 光は今まで見たことないから知らなかったと思うけど、うちの演劇部は何処に出しても恥ずかしくない最高の演技するんだから」
確かに文化祭そのものに参加した記憶はなかったけど、ここまでとは思っていなかった。
「でもどんなに言ったって大学の、しかも素人がする劇だろ?」
広い体育館が人いっぱいになる本日のイベント。それは清臨大学演劇部による舞台だ。
他校の演劇部や、その関連の大人たちから絶大な期待と尊敬をほしいままにしているらしいが、一度もその演技を見たことがない僕からすれば、三連休最後の日を大学で過ごすなんて、と思ってしまうのだ。それが例え文化祭という催しものであっても。
「じゃあ、みんなその大学の、しかも素人の演技を見るためにここまで集まるって言いたいの?」
「……そんなわけないよな」
「ま、演技を見れば光も分かるし、前言撤回させてくれって言うわ」
そうこうしている間に、館内の照明が消え始める。館内が暗闇に包まれ、回りのお客から小さな悲鳴が聞こえた。
「あ、始まるよ」
短い声の中でも、友人の期待と興奮が伝わってくる。それを聞くと本当にこの公演が待ち遠しかったんだと思う。
もともと、僕はこの公演に何の興味も示さなかったのだが、隣で舞台を食い入るように見つめる友人に「一回は見ておいた方が良い!」と再三にわたって言われたので、根負けしてついてきたという訳だ。
「そういえば、今回の演目って」
「ジャンヌ・ダルク。それからもう始まるから話しかけないで」
随分な言われようだが、こういうやりとりは慣れている。その後は何も語ることなく、閉ざされた緞帳を眺めた。
『本日はお忙しい中、当校演劇部主催、ジャンヌダルクにお越しいただき誠にありがとうございます』
館内アナウンスが聞こえてきた。演目の前説明と館内使用の注意が聞こえるや否や、他のお客たちの動きは俊敏になり、自分の席に急ぎ早に戻っていく。さっきまで話していた女子たちも黙りこんでしまった。
『それではこれから二時間、ごゆっくりご観劇下さい』
緞帳が上がっていく。隙間から漏れだす光が徐々に多くなり、ついに光は舞台全体を照らし出す。
そこにいたのは一人の少女。
髪は金髪でほどけば美しくきらびやかに見えるのに、強引に一本にまとめている。銀色の甲冑を身に纏い、大きな旗を掲げて正面を向いている姿は、少女としてのあどけなさや戦いに不慣れな弱々しさを僕に与えた。
「わぁ、綺麗」
そして、圧倒的なまでの美貌。同性の幼馴染でさえつい口にさせてしまうほど彼女は美しかった。
今僕の目の前にいるのは間違いなくオルレアンの乙女。ジャンヌ・ダルクその人だった。
「あんたもそう思うでしょ」
隣にいた友人に「話しかけるな」と言われて当の本人が数秒しか我慢できなかったことに、いつもの僕なら文句の一つでも言っていたのだろうが、
「って、光?」
「……綺麗だ」
正直に言う。僕はこの時、友人の声をまったく聞いていなかった。
それほど、彼女は輝いていた。
運命という言葉は信じない。
何故かと問われるなら、全ての事柄が別の何かによって決められているように思えてならないから。
どんな努力も、思いも、行動も全て決まっていてはどれだけ足掻いても虚しくなる。最初から全部結果が出ているなら、何をしても無駄になってしまう。それがたとえ成功に繋がっていても。失敗ならなおのこと。
でも、人と人との出会いは運命と感じる時がある。どんな努力も、思いも、行動も出会いまでは全てが誰かの力の及ぶ範囲ではない。
例えば、僕と、壇上に立つ彼女の出会いのような。