いきなり戦力ダウン
目を開くと、そこは灰色のれんがでつくられた建物の中にある木製の長椅子の上だった。
「……う、体がギシギシ言う〜」
防具着けたままで寝ていたせいだと思うけど、又何か出たら困るし、仕方ないか。それにしても、いつの間にここに……。視線を動かすと、周囲は色とりどりだが中央に一際目立つ赤い丸がはめ込まれたステンドグラスに飾られた奥の壁が視界に入る。村外れで見た教会の中……かな。他には灯りが壁際にある程度で、後は並べられた長椅子と教壇のみ。どうやら私がいるのは一番前の席らしい。全体的にがらんとした印象を受け、一体何を祀っているのか今一解りにくかったけど、あの赤い丸、もしかして火の守護石だろうか? この世界なら、火の守護石が祀られていたとしても不思議ではない。
「あ、起きてる」
私が身体を起こすと、レックが、入口の方から近寄って声をかけてきた。
「あれから、どうなった?」
私が椅子ごしに振り返りながらそう尋ねると。
「アレストなら救援頼んで来るとかって、出て行った。レイナもどっか行ったな」
「そう。術法力切れで気絶するゲームじゃない筈だったのに、ちょっとやりすぎたのかな」
さっきのことを思い出しながらそうつぶやくと、レックが話を変えた。
「どうするんだ? 今日の宿」
そう言われて、教会の天井を見上げる。
「うーん、何かここで寝てると埋葬されてるような気分になるし、ちょっと外出て来るわ」
「あっそ」
私はレックを置いて、外に出てみることにした。
扉を開けると、辺りはすっかり夕方の色に染まっていた。煤(すす)けた半焼の家々と、道を挟んで反対側に川がゆったりと流れる、朱に暮れ行く景色。その中に、川を眺めて佇む人影がいた。私はその横に並んで声をかける。
「アレスト、良かった。今度は死ぬ気はないみたいだね?」
「……まぁな。アイル、そっちこそもう大丈夫なのか?」
アレストが苦笑しながら振り向く。
「うん。アレストが運んでくれたのかな」
どう考えてもレックじゃないだろう。一応確認を取ると、アレストは肯定した。
「ああ。まさか瓦礫の中に放って行く訳には行かないだろ」
「ありがとう」
「いや……。こっちこそ悪かった。忠告してくれてたのにな」
「……仕方ないよ」
微かな沈黙が降りた後、アレストに確認してみた。
「ところでさっきの子は? レイナ……だよね?」
「確かに、そう名乗ったな。術法で、瓦礫撤去の手伝いに行ったみたいだ」
「……凄いな」
ぶっ倒れてるこっちとは大違いだな、羨ましい。アレストが続けて言葉を紡ぐ。
「取りあえずは隣街からと――明日には王都からの救援もこっちに来る筈だ。お前達はこれからどうする?」
「北の地に向かうつもりですけど、今夜は……この村に留まろうかと」
「そうだな、俺はよく解らないが、一度に倒れる程、術法力を消耗すると、直ぐには戻らないんだろう?」
私は自分の中にある術法力に意識を向け、少し情けなく思いながらしょんぼりと言った。
「……そう、かも知れない……。倒れたのは初めてですけど、未だ大して戻ってないです」
「村もこの状態だからな。向こう側の端にある焼け残った宿はごった返してる。そこの教会は引き継ぎの途中で無人らしいし、火元に近かったから、人もあまり来ていないけどな」
「贅沢は言えませんね」
どうやら今日はあの教会に泊まるしかなさそうだ。
その時、少し重そうに教会の扉を開けて、レックが飛び出して来た。
「アイル!」
「ん?」
何となく焦って見える。レックは側まで来ると、ぐいぐいと私の袖を引いて、アレストから距離を取り、背伸びがちに耳打ちした。
「やべぇ、火が出せなくなってる」
「えっ!」
火術法が使えなくなった?
「ってことは火の守護石が」
「ああ、多分、向こうの手に渡ってる」
「ベアリス国か……」
そう、多分、隣国の闇の術法士の手に、火の守護石が渡ったんだ。その闇の力で、光の守護石による、媒体としての力が阻害されてる。ここの大陸にある火の守護石は、火術法を使う際の強大な媒体。もし、それに何かあれば、実質的に、光に属する火の術法は使えなくなる。最も、中には火との最高相性を持ち、守護石に頼らずとも、光に属する火を使える程の使い手もいるらしいけど……。
「未だ、砕けてない筈だよな」
レックの言葉にうなずく。守護石を砕けるほどの陣を作るには、相応の時間がかかる筈だったから、油断していた。
「思ってたより、影響出るのがはやかったんだ……」
あのゲームでは、火術法士がほとんど出て来なかったから、解らなかった。
「どうすんだ?」
「そうだね……行くしかないよ。解決するまで、当分、状況は良くならないだろうし」
「まぁな」
「アイテムとか、何か対策も考えてみよう」
「ああ」
私は一度、村の様子を見に行ってみることにした。
「アレストは今夜どうする?」
私が振り返って、訊いてみると。
「見張りも兼ねて外にいるよ。――俺が蒔(ま)いた種だからな」
そう答えが返った。
「起きてるつもり?」
「そうだな。ちょっと気になることもあるし、考えておきたい」
「あの剣のことで?」
「ああ。出所を探ってみるつもりだ」
思う所があるらしい、アレストは真剣な表情でつぶやいた。
「そう」
それ以上、私は何も言葉にはしなかった。