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妖精界にて

「どうぞこちらへ」

 レイドロップが、開かれた扉から妖精界の中へと案内してくれた。丸テーブルや椅子が多く並べられたパーティや会議でも行えそうな広い場所だったが、なぜか他の妖精達の姿は全く見あたらなかった。

「ほぅ。興味深いな」

 ガイは妖精界の中に入れて、嬉しそうだ。皆も、思い思いに散開している。

「師匠、どうですか妖精界は」

 楽しげに広い部屋を見回っているガイに声をかけると。

「知っているか? レオカリスの王族と、妖精族は、五百年前、共に戦ったことがあると。無論、守護一族や光の戦士も共にな」

「急ですけど、五百年前の闇との大戦のことですか?」

「ああ、そうだ」

私の確認の言葉に、ガイはうなずいた後、ふいに、少し遠い眼差しをした。

「血の繋がりなどないのは解っている。だが――俺が、異世界に心惹かれるのは――。こうして、自分と同じ『力』を持つ者がいるからかも知れんな。同じ、宇宙の能力を持つ存在が。俺は、自分の『力』が来た先を知りたいのだと思う」

「……師匠」

 知らなかった。いつだって、異世界を面白がってるように見えたのに――。……ガイは意外とシリアスだ。

「誰しも『自分』を『知りたい』と思うのだろう」

「……そうですね」

 その言葉に、少し……思い当たることがある。

「……師匠……私もそれでここに来たのかも知れないです。この世界が、私に、『戦う自分』を許してくれた。例えば、怒りとか、憎しみとか。負の感情を表に出しても、壊れないものがあると、護れるものもあるんだと、この場所に来て思えたんです。ずっと……自分の中の『攻撃性』と、自分の力の至らなさに脅えて、上手くやることを優先して、物事に正面から向き合って来られなかった。そのことに、気付いた気がする。本当は――『自分』のままで動きたかった。例え、下手で、弱くても――『自分』に失望しないで動ける、そんな『強さ』が欲しくて。だから……この世界と、師匠には感謝しています。師匠がこの世界で動ける『力』を教えてくれなければ、私はこの世界で渡って行けなかった。そして、自由にやらせてくれたうえで、いざと言う時には助けに来てくれた……。師匠は……いい師匠です」

 うつむきがちにそう言った後、視線を上げると、ガイは見とれるほど綺麗な笑みを浮かべた。

「俺は、自分のやりたいことをやっているだけだ。――アル。……自分を幸福に出来る人間になれるようにな。例え人の命を背負ったとしても、お前はお前だ。風を視れば解る」

 アレストにでも聞いたのか、風読みを使ったのだろう。呼び方がアルになっている。

「師匠……。知ってたんですね? 私が人を殺してしまったこと……それでも頑張ります」

 私がそう宣言した所に、リアリィが話しかけて来た。

「『アル』……でいいのかしら」

「うん、いいよ」

「少し話があるのだけど、来てもらえる?」

「解った。じゃあ師匠、また後で」

「ああ」

 二人で部屋を出て、不思議なほど静かな廊下を辿り、リアリィの部屋に案内された。二人がけのソファが一対と木製のテーブル、その奥にはベッドが見える。

「直接会うのは今回が初めてね。まずは、来てくれてありがとう」

 リアリィが改まって頭を下げたので、私は慌てて首を横に振った。

「ううん。こっちも――師匠を助けてくれたんでしょう?」

「あの人が宇宙の術法士だったから……私は少し、手を貸しただけ」

「でも……嬉しかった」

 私は一呼吸置いて。

「それにしても、どうしてこんなことに?」

「それが――」

 私の疑問にリアリィは静かな声で話し出した。


 リアリィは、学校の帰り道の途中で、気が付くと、妖精界の大樹の側に立っていたらしい。

「ここは? 見たことがない――。いつの間に道に迷ったのかしら?」

 いつも通い慣れた場所を歩いていた筈なのにと、とまどって辺りを見回していると、青い髪をした、年若そうな男の子が声をかけてきた。

「ようこそ、異世界の客人。ここは妖精界です」

 良く見ると、耳の形とか多少不自然に見えたそうだれど、リアリィはその子の声に言葉を返した。

「ヨウセイカイ? まさか……何を言っているの? あなたは誰?」

「レイドロップと言います。そして……すみません。今はあなたの力が必要なんです。残念ながら」

「え? どういうこと? ごめんなさい、全然解らないわ」

「それは――」

 レイドロップは自分は異世界の妖精族だと名乗り、様々な話を始めた。妖精界や、その外を護る守護一族の存在。妖精が闇に弱いと言うこと。異世界から来る闇と、それに対抗する異世界から召喚する運命の戦士の話。その候補として、たった今リアリィが召喚されたのだと。正直に言うと、どれも現実感が全く湧かなかったそうだけど、レイドロップは続けて告げた。

「この世界はあなたを留めようとするでしょう。ですが、断るか、引き受けるか――力を継いで自力で戻るか。全てはあなた次第――。この世界の中で、あなたはとても強いんです」

「強い?」

「そして、今、唯一この世界の秘術を継げる存在でもあるんです」

 その時のリアリィには、レイドロップの言った意味が解らなかったらしいけれど、レイドロップの目は、冗談だと笑い飛ばせない程真剣だったという。結局その日は帰る方法も解らないままそこに泊まることになり、真夜中。庭の方で爆発音が響いた。

「何ごと?」

 急いで借りていた寝巻きから、枕元の制服に着替え、廊下に飛び出すと――。

「来ました……やっぱり結界を越える能力があったのか……」

 駆けつけてきたレイドロップが、苦みを持つ表情を見せてつぶやく。

「あれは……?」

 黒い靄(もや)のようなものが、夜の闇に蠢(うごめ)いており、そして――。

「ぎゃあーーっ!」

 誰かの悲鳴が響く。それも、一人じゃないようだった。

「あの黒いモノは一体何?」

「あれが……闇です……」

 レイドロップが張りつめた表情で説明する。妖精達は行き先も解らず逃げまどっていた。

「触れただけで、次々……」

 妖精達がやられていく。そしてリアリィにも人魂のような形の闇が寄って来て、リアリィは思わず両手を振り回して闇を振り払った。

「っ! ……って、え? ……闇が消えた……?」

 闇に触れた腕が僅かに嫌な熱を感じただけで、闇は夜の空間に消えたらしい。もっとも普通の人間のうちは、あまり闇が蓄積すると、精神が闇寄りになったりしてまずいそうだけど。

『この世界の中で、あなたはとても強いんです』

「そう……そういう、こと……」

 リアリィはレイドロップが言った意味に気付いて、覚悟と共に、顔を上げた。

「やるわ。『力』を継げば、闇の蓄積もなくなって、あれを倒せるんでしょう?」

「リアリィ、すみません。本当は、自分達で何とか出来るようになるべきなんです。けれど、僕達にとって、闇は毒に等しく、特に結界を破る能力を持つ異界の闇は、天敵……。それでも僕は、自分の足で立てるようになりたい。それを……諦めたくないんです」

 申し訳なさと悔しさを滲ませてそう言うレイドロップに、リアリィはうなずいてみせた。

「いいわ。その望み、私が力を貸す。運命の戦士が護るのではなく、共に戦える世界にするために――」

「はい。行きましょう」

 こうしてリアリィは、妖精界の大樹から、光の術法力を継いだ。そして再び外に立ち、闇と向かい合う。

「行くわ」

「僕も行きます」

「でもあなたたち妖精族は……」

 闇に弱いはず。だがレイドロップは言い募る。

「今、あなたには、能力(ちから)はあっても知識はない。ちゃんとサポートしますから!」

 レイドロップは真剣な眼差しを向けている。

「……お願い」

 少し考えた末、リアリィはそう答えた。

「行きましょう」

 レイドロップが手を差し伸べる。

 リアリィはただ、目の前の自分に出来ることから、目を逸らせたくなかったと言った。そしてこの世界で、戦う意志を見せた、この妖精に力を貸そうと思ったのだと。

「――けれど、本当は妖精界のためではなくて。私自身が少し、異界の闇と戦ってみたかったのかも知れないわ。……不謹慎だけれど」

 そう言ってリアリィは話を締めくくった。

「……」

 自分は、思い切り異世界を楽しんでた手前、何も言えずに押し黙った。

「アル、力を貸してくれる気はないかしら」

「それは……『妖精界』に?」

 リアリィはうなずく。

「私達だけでは、あの有様だったわ。妖精界は、普通の人間とは手を組めないから――」

「なぜ?」

 そう言えば、フィアレスも、守護一族でさえも妖精界の中には入らない、と言っていた。

「妖精が、闇に弱すぎるから。ただ、『異世界の人間』のみが、妖精界の力を継ぐことで、人の持つ闇が相殺され、この世界に留まれるようになる」

 そういう仕組みなのか。だから私達がここに入った時、皆引っ込んでしまったのだろう。

「無理にとは言わないし、直ぐに結論を出す必要もないわ。ただ、考えてもらえないかしら」

「その前に少し訊いてもいいかな」

「勿論よ。何?」

「あのさ、リアリィって名前――本名じゃないよね?」

 そう問うと、リアリィは当然と言った様子でそれを認めて。

「えぇ。リアリィは運命の戦士としての名前。分けた方がいいと、レイにも忠告されたし」

「それは、どうして?」

「私達――異世界の存在の時間が、元の世界に属すると言う話は聞いているかしら」

「あぁ、確かリセルさんがそんなことを言っていたっけ」

「同じことが運命の戦士や、その流れを汲む時空を渡る存在にも言えるのだと聞いているけれど。元の世界に戻れば、仮初めの永い時も、違う世界とかわした契約の加護もなくなるわ」

 私はハッとした。

「つまり……ただの人間になる……」

 この世界では使える、術法力さえ使えない。

「そう。そういう意味で、元の世界は『弱点』になり得る。そして、運命の戦士は『名』――名前で契約を結ぶの」

「名、で?」

 私がそう繰り返すとリアリィはうなずいた。

「ええ。運命の戦士の『名』も『立場』も、他から与えられるものではなく。――自ら選び、与えるもの」

 その言葉は、凛として響いた。

「そこで、元の世界の名を、運命の戦士の名として使うと、そこから元の世界を巻き込む可能性があると言っていたわ。だから、分けた方がいいと」

「そう、だったんだ」

「あなたは? その名前も、元の世界の名前ではないのでしょう?」

「あ、そうだけど……これは別に、そんな重い理由があった訳じゃなくて――ただ、この方がこっちに馴染みやすくなるかな、と……元の名前だと、変に目立つかなとも思ったし」

「そう」

「でも、そっか……。『自ら選び、与えるもの』……。ついでにもう一ついいかな」

「何かしら」

 私にはどうしても気になっていることがあったのだ。

「レックが知り合いの兄ちゃんからもらった、ゲームのロムが召喚アイテムだったみたいなんだけど、あれってどう言うこと?」

「私の喚ぶ声に『手を貸してやる』って言った人がいたのは確かだけど、召喚の力を渡した後のことは解らないわ。ロムはその人が作ったのかも知れないわね」

「何者?」

「声しか聞いてないから解らないけれど、あの能力は多分……」

 リアリィは言葉を濁したけれど、私には何となく解る気がした。

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