大ピンチ!
「では、行くか」
翌日、広間に集まった一行は、賢者リセルの言葉にそろってうなずく。
「はい」
広間の隅にあった隠し扉から、守護石復活の間へと続く地下通路に入ると、通路内は、灯りがなくともほんのりと明るく、空間全体に淡い術法力を感じた。似たような通路ばかりで迷路のようだったが、賢者リセルは迷いなく歩いて行く。
賢者リセルの右腕には、肘から先を覆う銀の爪が装着されていた。どう見ても隠居する賢者には見えない。何者なんだろうか。五百年前からってことは、多分この世界の人じゃないんだろうけど。ゲームでは、賢者として以外のことは語られていなかった。
賢者リセルが通路の突き当たり、石の扉に見える入口の前で足を止め、振り向く。
「ここを開けば、恐らく奴は仕かけて来る。準備はいいか」
陣形に合わせて、隊列を入れ替えると、互いにうなずき合う。既に、補助系の術法もかけてある。
「ああ、開けてくれ」
アレストが答えた。
賢者リセルが鍵を使うと、扉が青い光を帯び、道を開いた。いや、開いたと言うより、扉に実体がなくなり、透明になっている。別次元になっている結界を中和することにより、一時的に通れる状態にしているらしい。これが、運命の戦士の宇宙術法……。
「では、行こう」
「ああ」
扉の中へと、踏み出した。同時に金属同士がぶつかり合う鋭い音と火花とが散る。
「っ!」
上空に転移して来た異界の闇の攻撃を、賢者リセルが弾いていた。すかさずフィアレスが疾風と共に飛び出す。
「せっかちだなあ」
「そっちこそ今の奇襲じゃなかった?」
レックが横目で、異界の闇の台詞に突っ込みを入れる。こんな時でも相変わらずだ。
先陣をフィアレスに任せ、私達は陣形で構える。
最前にアレスト、後方が賢者リセル、左右にレイナとレック、そして、中央が自分。
アレストは発動を担うと同時にガードを、賢者リセルは後方サポートとフォローを、私は全員の術法力を集めて増幅を、そしてレイナが、陣を刻む担当だ。
「土よ我が意に添いて陣を刻め……!」
床を割るようにして、足元に陣が刻まれる。
「光よ、我が意に添いてその力を集めよ――!」
属性を伴わない、光だけの術法が、陣の中央に集う。
「光を増幅せよ、闇を払い、昇華する力をここに!」
私の言葉に、光が一層強まった。
「……まさか、俺が光を使う時が来るなんてな」
アレストが小さくつぶやいたのが聞こえた。
そして、アレストがその言葉に力を乗せる。
「光よ、闇を打ち砕け!」
「ぐっ……!」
光の輪が、異界の闇の動きを縛め止めた。その体からは黒煙が噴き上がる。
「そんな光(モノ)で……俺が殺せるものか……!」
瞬間、辺りの空間が揺らぎ、爆発した。
「――っ!」
一瞬だけ金色と青色が視界を掠め、闇の爆風と同時に、正面から何かがぶつかって来て、天地がひっくり返る。
だけど、今の声。なぜだろう。まるで、悲鳴のように、痛く、哀しく響いた。顔を上げて異界の闇を見ると、光術法を弾いた反動が来たのか、荒く息をついて、空中ではなく床に膝を付いていた。
「何で――。あなた、誰なんだ? どうしてここに来たんだ? どこから、来――」
問いかける言葉は、足元の水のような音によって止まった。
「え?」
手に触ったぬるりとした感触に、思わず視線を落とし、ふいに、ぶつかって来たものの正体を知る。
「……アレ、スト……!」
血にまみれ、無惨な姿となったアレストが、私に覆い被さるようにして倒れていた。
見渡すと、アレストだけではなかった。異界の闇の側に――血の色で染まった赤紫の髪。
「……フィーレ」
視線を移すと、吹っ飛ばされた、オレンジのスカート姿。
「レイナ……」
そして――血だまりの中に沈む、小さな、他の誰よりも見慣れた顔。
「レック……!」
体感温度が下がる。全身が、震えた。悔しさと、哀しみ、後悔が押し寄せる。
私が浄化したいなんて言い出したせいで、こんなことに? 涙がにじんで、視界が歪む。
「嫌だあああっ! 許さない! こんな展開……!」
私はアレストの体にしがみつくようにして叫んだ。
この世界で出会った人々。ここまで共に来た仲間達。ガイが与えてくれたこの世界は、自分にとって、光と希望そのものだった。
同時に、今、思い知る。異世界の中で、同じ世界から来た存在が、どれだけ力になってくれていたか。レックがいなければ、私はここまで前向きにはなれなかった。そして、レックが望まなければ、私は帰る方法を探すことに必死になったりはしなかった。
そう、決して近過ぎはしない。だけど、絶対見捨てない。私の、小さな相棒。帰りたがっていたのは、あの子の方だ。
だから、泣いている場合じゃない。例え、この命と引きかえになったとしても――!
「返してもらう……!」
この術法力も全て要らない。使うのは最大の癒しの術法。全身の痛みに耐えながら、剣を杖にして立ち上がり、術法を発動するために意識を集中する。
異界の闇は、未だ立ち上がれずに、視線だけでこちらの様子を睨むようにうかがっていた。
薄い光の柱が私の周囲に現れたが……未だだ……未だ全然術法力が足りない……!
「……くっ……そ!」
苦痛と絶望にうめいたその時、突如空間に術法特有の音が重なって響いた。
「えっ」
全身の術法力を振り絞る苦痛がふいに軽くなる。それとは逆に、術法力の光は、驚く程格段に強く広がった。
『そのまま、意識を重ねて……。力を貸すわ――』
疑問が形になるより先に、心声(こえ)が響いた。そう、この心声の正体が何者でも今はいい。この心声は――味方だ。ふわりとした、質感のない気配が自分に重なるのが解った。意識が……言葉が同化する。
『「時空よ、我は運命(さだめ)を継ぎし者――時と宇宙全ての理(ことわり)を超えて我が声に応えよ『起死回生』……!」』
次の瞬間、強い光の柱が広間を貫いた。
「うわああああああっ!」
誰かの断末魔の声すら、白い光にかき消されていく。
私の意識が光と共に宙に浮き上がり、天上が目の前に広がる。
「時空よ、この者に生命(いのち)を戻せ……!」
「っ!」
聞き覚えのある声と同時に、強い力で意識が引っ張られ、視界が反転した。
一方、王都レオカリスでは着々と結界の張り直しが行われていた。
「シフ、行けるか」
「はい。お任せ下さい」
イオス王子の言葉にシフが答えたその時、何かがぶつかるような派手な音がすぐ側で響いた。
「「何だ!」」
突然の衝撃派に、イオス王子とシフを含めた全員が振り返る。
そこには――。
「「なっ……!」」
シフ達は立ちつくし、呆然とその光景を見つめることしか出来なかった。




