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それぞれの道

「……ろ、起きろってば!」

 レックの声が耳に煩い。そしてものすごく眠い。

「起きろっての!」

 レックの声を無視して上掛けに潜り込んでいると、次の瞬間、鈍い音と同時に身体に痛みと衝撃が走った。レックが全体重をかけた攻撃をしかけたらしい。

「ぐっ……何すんだ……」

「何って、ジャンピングニードロップ」

「そんなこと訊いてんじゃないって……」

 そう抗議しつつ眠い目をこすりながら渋々ベッドから起き上がる。

「あれ? あんた頭……」

 私の短くなった髪に気が付いたレックが指さして指摘した。

「あぁ、昨夜、切った」

「何で?」

「……勢い」

 他に答えようがない。私が人殺しになってしまったことを、言う気にはなれなかった。まぁレックは例え聞いても気にしないかも知れないけれど。

「は?」

「変かな。一応整えてみたんだけど」

 そう、あの後はさみできちんと鏡を見ながらショートカットにしてみた上、外の井戸で頭を洗っておいたのだけど。お陰で睡眠時間がさらに削られたことは言うまでもない。レックは私をどことなく不審気に見上げた。

「変じゃねーけど、あんた帰る気ある? みょーに馴染んでるみたいじゃん」

「一応、こっちに来た謎を解き明かして帰る気だけど?」

 そう言うと、レックは特に気にした様子もなく話を打ち切った。

「ふーん? まぁいいや」

「それより、何か用だったんじゃない訳?」

 ジャンピングニードロップをする位の。

「あー、そうだ。ちょっと来てくんない? あんたの頭はどーでもいいから」

「何かその言い方だと、頭の中身がどーでもいいみたいな気がするんだけど……。せめて髪型とか」

「んなこと言ってねーで、こっちだって」

「解ったってば」

 レックに引っ張られるままに歩き出す。何となく日常に戻って来た気がした。


「ね、眠ぃ……」

 以前よりも防御力の高いエメラルドグリーンの皮製の上着と、紺色のハーフパンツに着替えて、うめくようにつぶやきながら、宿にある食堂のテーブルに突っ伏していると。

「ん? あれは……」

 と、後ろの方で、聞き慣れた声がした。そして普段と変わらない調子で声をかけて来る。

「よ。アイル?」

「あぁ……アレスト……『アル』って呼んで……」

「――アル?」

 私の頼みごとに、アレストは一瞬不思議そうに訊きかえしたけれど。

「うん、その方がもっと強くなれそうな気がして」

 そう言うと、アレストは意外にもあっさりと承諾して。

「あぁ、解った。寝不足か?」

 と、聞いてきた。アレストはガイの古い友人だし、通夜みたいな雰囲気になっていたらどうしようかと思ったけれど、アレストはあくまでいつも通りの様子を見せており、そんな心配は無用だったようだ。最もその心中までは推しはかれなかったけれど、私はその態度に少しばかり救われたような気がしていた。

「んー、夕方寝たら夜中に目ぇ覚めた……」

「そうか……よく見たら髪型も変えたんだな」

「うん、そう〜理由は名前と同じ――」

 ようやっと視線だけ向けてそう言うと、アレストは納得した様子でうなずいた。レイナの姿もアレストの後ろに見える。今の会話も聞こえていただろう。私は突っ伏したまま、ずるずると腕を伸ばして、テーブルの上にあったコーヒーを口に流し込む。

「あー、ちょっとは目ぇ覚めたか……」

 寝不足だけでなく、昨夜のバトルであちこち筋肉痛だ。一方、顔を上げるとフィアレスは涼しい顔で前隣のテーブルについている。やはり鍛え方が違うらしい。

「あれ、シフは?」

 見回したが、シフの姿だけが見えない。

「もう来るだろ」

 アレストの言葉通り、シフが食堂の入り口に姿を現わし、全員を手招いた。

 シフはチラリとこちらの頭と服装を見遣ったが、少し複雑そうな目をしただけで、特に何も言わなかった。余裕がないのか、理由に思い至ったからなのかは解らなかったけれど。

「揃ってたか。皆に話すことがあるんだ」

「何?」

「率直に言うと、私は一度、レオカリスに戻る。既に賢者に頼んで、この近くに転移ポイントを開いてもらう手筈は出来ている。賢者の館から、レオカリスまで飛ばしてもらう予定だ」

「随分急な話だけど、何かあった?」

 ガイがいないなら、いつまでもレオカリスを空けてはいられないのは解る。だけど、レオカリスでは、ガイがしばらく(勝手に城を抜け出して)不在でも、支障ないようにはなっていた筈だ。それを考えると、何だか急だ。

「どうやら守護結界の維持に問題があってな。――処置が必要なんだ」

「そっか……大変だ」

「こっちは何とかなる。お前達はどうする?」

 シフがこちらを見渡した。

「あまり長居は出来ないしな。一度、賢者の元に戻るべきだろう」

 アレストの言葉にうなずく。

「うん」

「異界の闇の動向も気になるが……」

 アレストの言葉にレックが口を挟んだ。

「そういや、ドラゴンは?」

 私はその言葉にギクリとして硬直した。

「闇の気配はもうしないわ……」

 レイナが告げた言葉に、アレストが確かめるように言う。

「死んだのか」

「確かに、気配がない」

 と、シフも同意した。

 自分はとっさに素知らぬ顔を通した。フィアレスも言うつもりはないらしく、いつもと変わらない表情で黙っている。

「なら、いいじゃん。それよか向こう行く前に、皆に見せたいんだけど」

「見せる?」

 レックはアレストの疑問には答えずに、シフの方を見る。

「すぐだからさ、シフも見てよ」

「……あぁ」

 シフは少し覇気のない表情で了承した。


 街から少し離れた窪地まで来ると、レックが私を見て合図を送る。

「んじゃ、ヨロシク」

「オッケイ。水よ……」

 私は剣を構えると、水の結界を周囲に張り巡らせた。

「アル、何するか知ってるのか?」

 横にいるアレストにそう訊かれて、軽くうなずく。

「うん。でも秘密、なんだってさ」

「そうか……」

 レックが構える。

「じゃ、行くぜ。火よ……!」

「っ……」

 鮮やかな紅蓮の火が渦を巻きながら沸き上がり、結界内に火柱が吹き上がった。

 寝不足の上、早朝にも付き合わされたので、結界維持は少々辛い。水の結界への負荷に軽く眉をしかめたけれど、久し振りに見る小さな相棒の火は、割と気分がいい。シフが抜けるならベストタイミングだったかも知れない。そんなことを思う。

「これは……」

 フィアレスが珍しく目を見張った。

「どう言うことだ? 火の守護石が失われた今、火を操れるとは」

 シフの疑問にレックは胸を張って自慢げに言う。

「どう? 驚いた?」

「ああ、どうやったんだ?」

 アレストの素直な賞賛を込めた問いかけに、レックが握っていた掌を開いた。

「へへ、簡単だよ」

「「あ……!」」

 アレストとシフが納得したように同時に声を上げた。レックの掌には、赤く輝く欠片が一つ。

「これって、守護石の欠片?」

 レイナの言う通りだった。昨日の戦闘の時、どさくさに紛れて拾っていたらしい。

「なるほど……いい着眼点だな。守護石の欠片を直接媒体にするとは――師匠がいたら喜びそうだが……」

 シフは少し辛そうにそうつぶやいた。

「まさか守護石をそんなことに使うとはな」

「悪い?」

 レックがフィアレスの方を横目で見遣ってそう言うと。

「大事にしろ」

 フィアレスはぶっきらぼうにそう言っただけだった。

「……解ったよ」

 相変わらず愛想ないなぁ、とレックはぶつぶつつぶやきながらも守護石の欠片をポケットにしまった。

 そのまま、全員で転移ポイントへの移動を開始する。

 私は少し、気になっていることがあった。皆、迷ったりしないのだろうか。戦う理由や、そのやり方に。――誰かに、訊いてみようか。

 答えは当然予測出来るのだけど。その理由を訊きたくて、フィアレスに声をかけた。

「フィーレはさ、人と戦うこと、迷ったりはしない?」

「ないな」

 フィアレスは迷いなくそう答えた。

「だと思った」

「迷えば死、それだけだ」

 そう言う場所に、フィアレスはいたのだ。

「迷えるのは平和な証拠、かな」

「死ぬ覚悟があるなら、止める理由もない」

 フィアレスはそう言ったけれど、問題なことに自分にはその覚悟がなかった。

「命が惜しいから、迷うんだ。殺したくないと言いながら、私は命惜しさに――殺せるから。矛盾、してる。師匠なら、例えどんな状況でも、師匠のままでいられる気がする。でも、私はきっと無理だ。私にとって、『死』は――痛くて苦しい。それはなぜか、否定される『痛み』と同じ気がする」

「――?」

 フィアレスが意味を問うように視線を向ける。

「私はきっと、望むやり方を選べる位、許されたい」

「許す? 何のことだ」

「欲しいのは望むままに挑戦出来る、勇気と言う名の『能力』。それには、自分の『存在』が世界に許されていると言う基本的な確信が不可欠なんだ」

 それは、今までの自分に欠けていた物。ガイが教え、与えてくれた大事なこと。

 あの場所はとても温かくて、私はやっと、今まで無理をして自分を押し殺して生きてきた、元の世界での、自分の劣等感に気付いたのだ。

「力だけじゃ駄目だから。それだときっと違う。望むのは、どんな状況でも『自分』でいられる能力。それが――欲しい」

 フィアレスは少しの沈黙の後。

「俺には守護石を護る能力が全てだ。だが、お前はお前で目指せ」

 突き放すようにも聞こえる言葉だけど、フィアレスは、違う物も認められる人だ。そう感じたことが、不安以上に少しだけ強く自分の背中を押す。

「うん、頑張るよ」

 自分は、はっきりと意思を込めて答えた。

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