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ゲームと違う展開!

 扉を開くとそれなりの広さがあり、何本かの茶色の太い柱が薄暗い天井を支えている。中央には黒ずくめの格好をした三人の術法士達がいて、その向こうには、闇の陣に包まれた火の守護石の姿が見える。術法士達の一人、真ん中で陣を囲む術法士を見て、シフが声を上げた。

「お前は! ベアリス国の、宮廷術法士か!」

「何! 裏で呪われた武器を流していた元締めは……お前か?」

 アレストが剣を抜き、身構える。

「……仕留め損ねたな」

「わっ!」

 突如、宮廷術法士の周りから火の波が放たれて、私は思わず飛び下がった。

「下がれ!」

 同時にシフの声が響く。瞬間、大気が凍り周囲の温度までが冷たく下がった。襲い来る『闇の火』を目の前に現れた氷のシールドが弾く。辺りに散った光の粒は触れると冷たい。

 このダイヤモンドダストは……『賢者の結界』が解けた時と同じ?

「シフ……」

 固い表情で前を見据えるシフに向かって、アレストが気遣うようにその名を呼ぶ。

「ほぅ、レオカリスの『異端の力』か。その安定の悪さゆえに体術を磨いたと言うのは本当か?」

「くっ!」

 その言葉に、シフの表情が痛みを含んで宮廷術法士を睨め付ける。

「異端かどうかは知らんが、シフの力は強くて綺麗だよな」

 アレストが当たり前のようにそう口にした。

「えっ」

 シフが驚いた様子で目を見開いた。

「うん……綺麗だったわ」

 レイナもうなずく。

「レイナ……」

 シフは今度はレイナの方を見遣った。

「いーなぁ二人共。あれを間近で見られたなんてさ。レオカリスにいる時は、見る機会なかったもんね」

「あんたってそーゆーの好きだよな……」

「お前達、戦う気あるのか?」

 レックと二人でぼやいていると、フィアレスの嫌そうな突っ込みが入った。

「大丈夫」

 やる気は十分だと強気な瞳でうなずいてみせた。

「……皆……。よし、全力で行くよ!」

「おう!」

 シフの幾分吹っ切れた声を皮切りに、全員反撃に入る。真っ先に飛び出したのはやはりフィアレスで、続いてアレストだ。

「水よ、我が意に沿いて、彼の者を守護せよ」

 私は、結界とは違い、行動を制限しない水の守護でフィアレスを包み、一番低かったフィアレスの術法耐性を上げた。

「土よ、我らに耐える力を!」

 レイナの土の守護が、辺りの味方を包む。こっちは物理防御を高める術法だ。

 アレストとフィアレスは、それぞれ相手の一撃をかわし、接近戦に持ち込む。こうすれば、大した術法が使えず、こちらが有利だ。アレストの刃の軌跡と共に、赤い血飛沫が飛ぶ。

――闇の術法士とはいえ、やはり血は赤いようだ。

「ねぇレック、これってやっぱり……人殺しかな」

 私は背中越しにレックに問いかける。

「さぁ?」

「ここは異世界だって言ってた。ゲームの世界じゃなくて」

「だったらどーしろって? 手加減して勝てると思ってんのかよ」

「解ってる。甘い考えだって。でも出来るなら……殺したくない」

 それが出来る自分ならいいのに。

「そんな余裕ねーだろ? 大体いきなり術法ぶっ放して来る奴ら相手にさぁ」

「それも解ってる。いざって時は相手より自分の命を優先する。――ちょっと辛いけどね」

 そう、自分には、殺されても殺せないなんて――言えない。その事実が、なんだか辛い。

「気にしすぎなんだよ、正当防衛だろ?」

 でなければ異常(非常)事態だ。

「ホントこっちの世界に甘いんだから」

 レックは呆れた口調で言った。

「うん、でもさ、人を――本当は人以外でも――殺さなきゃならない状況って、やっぱり哀しい。憎い訳でもないのに」

 でも今はそんなことも言っていられない。表情を引き締めて、剣を握り直す。

「元の世界には絶対帰る。そのために、死ぬ気はないから」

 フィアレスとアレストは、それぞれの相手を倒し、守護石に加えられている闇の力を止めるため、陣の左右にある装置へと向かった。

 宮廷術士がシフに再び問いかける。

「下らないと思わないか」

「何?」

「世界に否定される孤独……お前になら解るのではないか?」

「っ!」

 シフが息を呑み、二人は戦いながらも言葉をかわす。

「光は……必ずしも万人を幸せになどしない」

 シフは何かを悟ったかのような声音で、決意を口にする。

「そうかも知れないね。だけど構わないさ。それでも……あんたと同じ路は行かない!」

 シフと宮廷術法士の対峙は、シフの方がやや優勢だ。自分も加勢しようと踏み出した、その時。

「やれやれ、役に立たないね」

 知らない声が聞こえた。いや、どこかで聞いたような……?

「なっ!」

 宮廷術法士の後方、守護石の上方の空間が歪み、人影が空中に浮かんで現れた。黒の法衣を着たその姿は、揺らぐ闇に包まれている。それはリアリィの結界の所で垣間見た異界の闇に似ていた。

 剣を構えながら、その乱入者を観察する。フードと闇で顔はよく見えない。

 だけど、若い……? 同じ位か、それとも……。

「少しは役に立ってもらわないと」

 そう言うと、少年らしき人影はは切りかかったフィアレスの一撃をひらりとかわし、聞き慣れない『言葉』を短く唱える。

「ぐっ……うう……!」

 宮廷術法士の姿が闇に包まれ、苦悶の声が上がった。

「闇の術法士か!」

 アレストが切り込むよりはやく、その人影は空中を滑るように飛び下がる。

「フフ……じゃあね」

 そう言い残し、現れた時と同様、空間の歪みに姿を消した。

「異界の闇……!」

「何?」

 アレストが聞き返すより先に、フィアレスが今度は宮廷術法士に向かって行く。闇に包まれたその姿は、既に皮膚に鱗が浮き上がり、人ならぬものへと変化しつつある。フィアレスが振りおろした剣を、宮廷術法士は腕で受け止めた。そして見る間に巨大なドラゴンとなり、咆哮を上げる。

「うわっ、ゲームにない新展開……!」

 私は思わず口に出していた。そう、ここで戦う相手は宮廷術法士達だけだった筈だ。レックも呆然とそれを見上げた。

「すげっ……つーか、どうすんだコレ……」

 ドラゴンが息を吸い込む。

「下がれ!」

 そう言いつつ飛び下がったアレスト達がいた辺りを、風の竜巻が襲った。

「あっ、いけない……!」

 レイナの声に視線を向けると、守護石に竜巻が直撃し、ガラスが砕けるような響きと共に、守護石が砕け、紅く、透き通る破片が周囲に飛び散った。鮮やかな火の守護石の破片は、やけに綺麗で――どこか哀しい。

 フィアレスは無言で再び切り込む。援護するように、レイナが放った光る矢尻が、ドラゴンの頭部に突き刺さった。レイナの手の中で、いつもの杖は形を変え、弓となっている。

 そうか。レイナは森の木々が従う、土の民。木製の杖を変化させることで、術法、物理、空中への攻撃全てをカバーしているんだ。

ドラゴンが咆哮し、私を狙って踏み出した。

「水よ、我が力となれ!」

 放たれた水の壁が、ドラゴンの勢いを殺す。その隙に攻撃範囲から飛び退く。

「浄化の光よ……!」

 レイナが再び光る矢を放った。矢が刺さったドラゴンは、傷口から黒煙を上げ、咆哮を上げるものの、それ以上の変化はない。

「駄目だわ、浄化出来ない……」

「レイナ?」

 その意味を問おうとした時。

「危ない!」

 レックの声がして、反射的に振り返る。

「あっ!」

 後方から崩れた柱が倒れかかって来る! ――避け切れない!

 私が思わず目を閉じると、大きな音と地響きがした。

――――?

 痛みはない。大気を震わす衝撃と、重い音が響いたのに。同時に全身を煽(あお)る風と、目の前に広がる色。――青みを帯びた黒? 目の前に広がる見覚えのある色の髪。力を込めた巨大な風の杖が軽々と振り回され、柱を粉砕していた。

「無事か?」

 返事の代わりに、ゆっくりと立ち上がる。そこには見慣れたガイの後ろ姿があった。

「師匠……どうして」

「守護石が砕けたのが気になってな。やばそうだったから、来た。弟子を護るのが師匠の務めだからな」

「師匠……。ありがとう、助かりました」

 寸前で気付いたとは言え、あのままだったら、腕か足の一本はやられていた筈。本当に、助かった。

「ガイ! 来たのか!」

 アレストの言葉にガイは素ばやく周囲を見回して。

「話は後だ、ここはもう持ちそうにないぞ」

 ガイがドラゴンと仲間達との間に、強制的に結界を張る。ドラゴンとの戦闘で、塔が崩れかけていた。

「脱出するぞ、アイル、レック術法力をくれ。シフは結界を」

「「「はい」」」

 三人の声が重なる。私は術法力を送るため、手を伸ばして、ガイの肩に手を置く。

 ガイはレイナに向き直った。

「シフの補佐を頼めるか?」

「ええ」

 レイナがシフの後方に立つ。風の結界に冷気が重なり、シフが結界を引き継いだ。

「フィアレス、お前もこっち来いよ。範囲を絞るんだ。術法で『飛ぶ』からな」

 アレストがフィアレスにそう声をかけた。

「さっきの『奴』のようにか。空間を『飛んだ』な」

「ああ」

「奴は何者だ」

「宇宙の中でも奴は特殊な術法士らしい。ま、俺にとってはあまり関係ないけどな」

「特殊な宇宙術法。あの力まるで……」

 言いかけたフィアレスの言葉を遮るように、突如、ガラスが砕けるような音が耳をつんざいた。

「え――」

 瞬間感じた暗黒の気配と同時に、突然ガイが動いて――離れた手に、思わず追うように手を伸ばす。

「あっ!」

 ドラゴンの闇の火槍(かそう)に、結界が突き破られた瞬間、ガイはシフの前に飛び出していた。槍に腹を貫かれたガイは、そのまま最後の『言葉』を唱え、術法を完成させた。

 駆け寄って伸ばした私の指先が、ガイの背に触れた瞬間、腕がガイの背中をすり抜けた。まるで、幻のように、指が、触れない。

「師匠っ!」

 叫ぶと同時に、風景がかき消えた。飛沫した、血の色を瞳に残して。


 気が付くと、塔から少し離れた場所に出ている。

ドラゴンの雄叫びと同時に、塔の上層階が崩れる音が辺りに響く。思わず見上げると、ドラゴンが全身に傷を負い、よろめくように、塔から森の方へと滑空して行くのが見えた。その姿が木々に阻まれ、見えなくなる。

 そこまで見届けた後、改めて辺りを見回すと、ガイの姿がなかった。私は不安で胸が一杯になり、重傷を負った筈のガイの姿を探して叫んだ。

「師匠? どこですか、師匠!」

「……嘘だろ? まさかあいつが……」

 アレストも呆然と周囲に視線を送っている。

「あの人の、気配がしないわ……」

 レイナがつぶやく。

「え? レイナ、術法は発動したのに……!」

 なぜガイはいないのか。

「どうしてかは、解らないけど……」

 レイナはとまどうようにそう返事をした。

「あの状況で、より遠くに飛ぶことなど不可能に近い」

「フィアレス?」

 アレストの疑問に、フィアレスが冷静な口調で答える。

「奴の宇宙術法は、妖精族が得意とするものと似ている。なぜ奴がそれを使えるのかは知らんが、通常、大勢を連れて飛べるものではない。まして、それで遠くへなど無理だ。奴がその辺にいないのなら、あそこだろう」

 フィアレスは上半分が崩れた塔を指さした。全員が息をのむ。

「……そんな」

 だけど、あの時、すり抜けた、指。自分の無力と絶望を感じて、拳を握り締め、フィアレスを睨むように見据えた。

「あそこに……一人だけ飛べなかったって言うの」

「止めろ、それ以上言うな……!」

 ずっと黙り込んでいたシフが一番責任を感じているのだろう、辛そうに私の言葉を遮ると、アレストが取りなすように提案した。

「シフ……。そうだな。取りあえず一度体勢を立て直そう」

「…………アレスト」

 私が一縷の望みを込めて見つめると、アレストは解っていると言うようにうなずいて。

「その代わり、ここの探索は『忍び』に依頼しよう。その方が多分確実だ」

「解った」

 そして、最寄りの街までの移動を開始した。

「レイナ、そう言えば、何でドラゴンに浄化を?」

 歩きながらそう話しかけると。

「あれは、闇の呪いだったから。普通の呪いとは違ったけど……。もしかしたら、浄化出来るかも知れないと思ったの」

「そう」

「本当は、殺す以外のやり方を、望める筈なの。術法とは、そういう力……。――ううん、きっと、どんな力だって……」

「……レイナ……」

 レイナは自分の望みに真っ直ぐだ。塔でのレックとのやり取りを思い出す。同時に少しだけ反省した。元の世界に戻るため、と言うのは、人を傷付ける理由にはならないだろうか。

 私の戦う理由と、目的は……。


 近くの街で宿を取ると、それぞれの部屋へと引き上げた。私とレックはセットで二人部屋だ。まぁこの方が裏話をするには都合がいいのだけれど。レイナがアレストとの同室を断って一人部屋を取っていることを考えると、多少複雑な気分になる。多分レイナにも色々と思う所があるのだろうとは思うけれど。

「……話、随分変わったよな」

 レックの言葉にうなずく。

「そうだね。まさか師匠があんなことになるなんて思わなかったよ」

 ゲームでは、火の守護石は砕けてしまうけど、ガイが犠牲になるような話ではなかった。本来ならあそこでアレストが光の戦士として目覚め、宮廷術法士とは決着が付いていた筈だ。

 あの異界の闇が現れて――全てが狂ってしまったような気がする。

「なぁ、アイル」

「ん?」

「いや、後でいいや」

「そう? じゃ、明日ね。……仮眠しよ……」

「あっそ……ってもうパジャマで寝てるし。はえーよ」

 私が眠りに落ちる寸前に見たのは、ぎゅっと右手を握り締めたレックの姿だった。

「俺だって、戦える。絶対、元の世界に帰るんだ」

 そうレックがつぶやいたのがかすかに聞こえた――。

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