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ここは、ゲームの世界?

 気が付くと、目の前には草原が広がっていた――。

 あまりの精神的打撃で声が出なかった。見渡す限りの広い空間。吹きすぎてゆく爽やかな風の中で、私は一人、目を見開いたまま立ち尽くしていた。

 頭の後ろ、高い位置でポニーテールにしている栗色の髪が風になびいて揺れる。思わずエメラルドグリーンの上着の胸元に付いている交差した飾り紐を握り締めた。ちなみに下は動きやすい水色のキュロットで、足元は靴下のままだった。

 顔は、一応見られる程度の顔だと思うのだが、顔のせいか、性格のせいか、実際の年齢より下に見られることが多い。自分には理由がよく解らないのだが、マイペースでテキパキ仕事をするのが苦手だから子供扱いされるのかな、と思っている。背も高い方じゃないし。

「どこ……ここ」

 目を開くと、東京杉並区の住宅街にある四LDKの一般家庭、久賀家の中にいた筈が、家一軒も見えない場所にいた。そんな馬鹿な。こういう時、取りあえずやることと言えば……。きゅっと表情を引き締めると、私は思いっ切り自分の頬を右の平手で叩いてみた。

「痛っ〜い!」

 乾いた景気のいい音がして、思わず頬をさすったが、目が覚める様子もなかった。……夢じゃない? どうしよう。

 何となく途方に暮れて、辺りを見渡すと、視界の端に、見覚えのある布の色が映った。

 白いフードの付いた、黄色地に肩下から胴体に水色の横線が入った上着と、灰色がかった水色の短いズボン姿。あれは!

「マサト!」

倒れている小さな姿に駆け寄って確かめると、意識がないだけで、他に別状はなさそうだった。この子は、自分の一学年後輩の久賀ちえみの弟で久賀雅人(くがまさと)。ちょっと生意気な物言いをする八歳で小三の少年だ。ちえみを通して知り合ったゲーム仲間で愛称はそのままでマサト。

「ちょっと大丈夫?」

 その子の顔を見て、少なからず落ち着いた自分は、側らに座ると彼を起こしにかかった。

「ねぇ、起きてよ、大変なんだから。いつまでも寝てるんじゃない!」

「う……ん」

 少々乱暴に揺さぶられて、マサトは目を開くと、こちらの顔を見るなり、言い放った。

「いて―な 何すんだよ くそ婆ぁ……」

 その言いぐさに思わずかっとなって、私はマサトの胸ぐらを引っ掴んで叫んだ。

「誰が婆ぁだ! そんなことより何か変な場所にいるんだよ私達!」

「え……?」

 顔を上げた少年の瞳が、一瞬後、文字通り点になった。

「な……何だこりゃ……。あんた、何したんだよ……」

「知る訳ないでしょ、別に何もしてないって」

 私は少し落ち着きを取り戻して、困った視線をマサトに向ける。

「じゃあ何だよここ」

「さぁ……どっちかって言うと、あんたが持ってきたロムの方が怪しいと思うんだけど」

 そう言うとマサトは抗議の声を上げた。

「えー? ちゃんとウイルスチェックしたぜ?」

「既にウイルスとかの問題じゃないと思う……」

「じゃあ何だよ?」

 マサトの問いには答えられる筈もなかった。

「だから知らないってば。取りあえず、どっか人を捕まえて『ここはどこですか?』しかないんじゃない? ……ちょっと情けないけど」

「だっせー……」

「しょうがないでしょ、言葉が通じればいいんだけどね。で、どっち行こうか」

 そうマサトに振ると、いかにも解ってないふうな反応が返された。

「はあ?」

「どっち行ったら人がいると思う?」

 私がもう一度そう問うと。

「知るかーっ!」

 マサトの投げやりな叫びが返って来た。

「じゃ、間違っても恨まないでよ」

 私は適当に方向を決めると、歩き出した。

「どうしてこうなったんだっけ?」

 記憶を辿ってみる。確か今日は、久賀家で、マサトが持って来たゲームをやっていて……。 クリアした後、急に画面が凄い光で真っ白になって……これだ。多分。

『来て』

 そんな少女の声が、聞こえたような気がしたのだが、夢だったのだろうか。

 始まりは、マサトが知り合いからもらったという一枚のロム。中身は個人製作らしいRPGゲームだった。このゲームの内容を気に入ったのはマサトよりもむしろ自分の方だったのだけれど……。まさかクリアするとこんなことになるとは思わなかった。

「何か嫌な予感……いやむしろ面白い予感が……」

「何ぶつぶつ言ってんだよ」

「いや、何でもないよ」

 そう言いながら、私はこの不可思議な現象に少しワクワクしはじめていたのだった。

 しばらく行くと、森に突き当たった。森を正面から見渡すと、中へ続く小道が見えた。

「結構大きそうだね、迂回するのは無理かな」

「げっ」

「ん?」

 答えにならないマサトの声にそっちを見やると、何かを凝視して固まっている。横から覗いてみると、そこにいたのは、手の平サイズの生き物だった。思わず指さしてしまう。

「あーっ! あのゲームの!」

 ゲームに出て来たモンスターの一種で、確か、キリーとか言ったか。体長二十センチ足らず。人の体に翼の付いた外見をしていて、狩りのお供に最適、って。

「エモノハッケン……」

「え?」

 突如、キリーから独特の笛のような鋭い音が、辺り一帯に響き渡る。

「うわ、何かやばそ」

「行こう!」

 慌ててマサトと共に森の中に駆け込んで、その場を離れた。

 森の小道を走って数分。道は途中で急に細い獣道のようになっていて、私は足を止めた。振り返っても、特に誰の姿も見あたらなかった。

「もう、追って、来ないね……」

「みたい……だな」

「ねえ……さっきのさ……連れが人間だったら……逃げなくても良かったんじゃ……?」

 息を整えながら、改めて考えてみるとそんな気もするのだが。

「けどエモノって……逃げるだろ普通ーさぁ」

「まぁいきなり攻撃されたりしたら嫌だしね……。それに、見た? 絶対ゲームのモンスターだったよあれ」

「……ああ」

 マサトも嫌そうながらも同意する。

「ってことは、もしかして……」

 ここが、あのゲームの中なのだとしたら。

「術法が見られるかも知れないよ、本当に! あのキャラにも会えるかも!」

 思わず興奮して、声と同時に自分も跳ね上がりながら叫んだ。

「俺は格ゲーの方が良かった……ってか、何でそんなに嬉しそうなんだ……」

「あ、格ゲーの時は誘わなくていいから」

「……はぁ」

 私の言葉に、マサトは呆れた様子でため息をついた後、改めて聞いて来た。

「で、これからどーすんだよ」

「うーん、こんな時に何だけど、ゲームと言えば、名前入力システムじゃないかな」

「はぁ?」

 マサトが嫌そーな声を出す。無理もない。だがしかし。

「あのゲームにはなかったシステムだけど、登場人物皆名前カタカナだったし、ここは一つこの世界での名前を決めて、馴染みやすく……」

「何、素で馴染もうとしてんだよ! 何でこーなったとか、帰る方法とか言わねーのか!」

 すかさずマサトの突っ込みが入った。

「いやその……。一度やってみたくて」

 私がそう言うと、わざとらしくため息をつかれた。

 ちなみに私の本名は湖林優理(こばやしゆうり)。十六歳で高二になったばかりだ。――かなり今更だが。

 ついでに言えば、ちえみは十五歳で高一。黒い髪を後ろで二つに分けて結んでいる割と真面目でしっかり者の後輩だ。


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