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結界に弾かれた!

 しばらくすると、シフや賢者リセルも広間へ戻って来た。

「準備が出来た。二人とも、こちらへ」

「はい」

 賢者リセルに案内されて、レックと共に、転移の間に移動する。間隔の狭い似たようなドアの前をいくつか通り過ぎた後、奥にある部屋に入ると、床には淡い光をたたえた術法陣が一つ敷かれており、時折中央で光が弾けている。

「準備は良いか」

 私達は術法陣の中に入ると、賢者リセルの言葉に同時にうなずいた。

「はい」

「では、始める」

 床の術法陣が星形に光り輝き、辺り一面を白に染め上げ、私達は空間を飛んだ。

「これは……空間が……?」

 私は思わず目をまたたいた。転移した先は森の中だったが、目の前の景色の一部がまるで水のように揺らいでいる。手で触れようとしてもまるで手応えがなく、中に入ろうとしたら、通常の森の向こう側へとすり抜けてしまった。

「これが、結界なのかな……」

 けれどこれをどうすればいいのか解らずに首を傾げていると、ふいに風の音がして私はつられるように揺らぐ景色の方へ視線を向けた。

「え?」

 視線の先、揺らいだ景色の中央に光が現れ、それが広がると同時に、その中に今までとは違う景色が映しだされた。木々がざわめく夜の景色だ。その中に、人影が浮かび上がる……。

 あれは……。私は目をこらしてそっちに集中した。

 そこに現れたのは、青緑色のブレザーに明るい紫のタイをした制服姿の少女と、年若く青い長髪に緑目で、とがった耳を持ち、瞳と同じ色の上着を着た妖精らしき少年だった。少女の方は、私と同い歳位で、天然パーマらしい肩にかかる長さの深い茶色の髪を、上半分だけヘアゴムで縛っている。見慣れない制服だ。多分地域が違うのだろう。

「行くわ」

「僕も行きます」

「でもあなたたち妖精族は……」

 闇に弱いはず、と続きそうな言葉を、妖精は遮った。

「今、あなたには、能力(ちから)はあっても知識はない。――ちゃんとサポートしますから!」

 少し迷うような沈黙の後。

「……お願い」

 少女は覚悟を決めたように顔を上げた。

「行きましょう」

 妖精の促しと共に、二人は歩きだした。歩きながら妖精が説明する。

「リアリィ、一般的な実体を持たない闇は、物理的にあなたを傷つけられません。実体を持つ人型の闇――特に宇宙術法を操る異界の闇には注意して下さい」

「解ったわ」


「あれが……リアリィ?」

 妖精は確かにあの制服姿の少女をそう呼んだ。

「俺達を喚んだって奴か?」

「多分。見て……何か来る」

 そう指摘して、私は再び向こうの光景に意識を向ける。


 やって来たのは人魂のような闇を付き従えた、黒いフードの人物だった。

「あれが……異界の闇?」

 リアリィがつぶやく。

「守護石はもらうよ」

「――させない!」

 リアリィと異界の闇が同時に手を振り上げ、属性のない純粋な光と闇の術法力がぶつかり合い、炸裂する。

「切りがないわ、このままじゃ、私はともかく……」

 リアリィは他の妖精達のことが気にかかるらしく、集中力を欠いているようだった。

「リアリィ、本体だけ狙ってください。ザコや、僕達にまで気を遣っていたら、勝てない」

 その妖精の言葉に、リアリィはためらいを見せる。

「でも」

「元々、ザコの相手さえ出来ない、僕達の弱さが原因なんですから。全てをあなたが背負わなくていいんです」

「……私は」

 その時、異界の闇が動き、リアリィもとっさに反応する。

「遅い」

「くっ!」

 二人の術法がせめぎ合い空間に摩擦が起きる。それを見た妖精が驚いた表情でつぶやく。

「二人の術法で、結界に裂け目が……?」

 そしてその隙間から――ねじ込むようにして人が飛び込んで来た。――フィアレスだ!

「裂け目から……『外』から人が?」

 とまどう妖精の言葉に、リアリィが気付いたように言う。

「あれは、守護一族?」

 赤紫の髪色をした守護一族の青年――フィアレスはそのまま異界の闇と打ち合う。

「チッ」

「リアリィ、今です!」

 妖精の言葉にリアリィが言葉を紡ぎ始める。

「時空よ――」

「甘い」

「くっ!」

 フィアレスが黒い闇玉に妨害されて、異界の闇に振り放された。

「リアリィ!」

 鈍い音がして、リアリィの前に瞬間移動した妖精に、異界の闇の刃が突き立った。

「レイ!」

 思わずと言った様子でリアリィが叫ぶ。

「これで――」

 その隙に異界の闇が、庭にある奥の間に据えられていた守護石を手に取る。リアリィはレイと呼ばれた妖精を支えながら再び術法の詠唱を始めた。さっきとは違う術法のようだ。

「空間よ敵を閉め出せ――」

「くっ」

 異界の闇はタッチの差で空間転移をして脱出した。

「『絶対領域』!」

 リアリィの声が凛として響いた。


 来ないで。誰も――。

 来て。光を。

 光を取り戻して――。


 瞬間、交錯する思念と共に、急激なプレッシャーが押し寄せて来た。空間さえも真っ白に塗り潰されていく。これが、リアリィの力? 空間が……揺れる!

「空間が――レック!」

 私はとっさに手を伸ばして、レックの腕を掴んで引き寄せた。

「うわ……っ」

 レックが声を上げると同時に、揺れる空間の中で、何かが弾けたような音がした。

「うっ」

 全身に走った衝撃に、私は思わずうめいた。続けて、レックの声も聞こえる。

「痛っ」

 レックと共に地面に放り出されて、ダンゴ状態で顔を上げると、石の床が手に触れた。

 そこは森ではなく、元の転移の間だった。

「……戻って、る? ――放り出された?」

「いいからどけ! 踏んでる!」

 レックが足の下で叫んだ。

「あ、ごめん」

 私は急いで横に退いた。

「で、何だったんだ? 何か『光を取り戻せ』とか聞こえたんだけど」

 レックが踏まれた場所を手でさすりながら立ち上がった。

「取り戻す……やっぱり守護石かな? 取られてたよね、あれ」

 私が確認を取ると、レックもうなずいた。

「ああ」

「――所で、見た? さっきの」

「え?」

 意味が解らないといった様子のレックに、両の拳を握って力説する。

「あれ、染めてるんじゃなくて、本気で青い髪だった!」

「言いたいことはそれだけか……?」

 レックが青筋立てて突っ込みを入れた。

「戻ったか」

 賢者リセルが姿を現した。

「リセルさん……」

 妖精界の入り口で見たことを、簡単に説明すると。

「そうか。その青い髪の妖精、この大陸の者ではないな」

「え? そうなんですか」

「妖精は、より精神体に近いゆえに、使う術法の属性が姿に現れる。この大陸の妖精は大方赤の髪色をしている。青の髪と言うことは、恐らく、水の大陸から来た連絡員だろう」

「へぇ……」

 そうだったのか。

「して、リアリィの方だが。今のままでは駄目なようだな」

「あ」

 確かに、そうみたいだ。

「守護石が媒体だということは知っていると思うが」

「はい」

「それがあれば、リアリィの結界を超えられるだろう。元々、あの場所に属する物だ」

「結局そうなるのかよ……」

 レックがぼやく。

「まぁ、乗りかかった船だし……リセルさん、他の皆は?」

「未だいる。今なら間に合うぞ」

「じゃあ、一緒に行こうか、レック」

 そう言うと、レックがほとほとうんざりした様子でため息をついた。

「はぁ」

「嫌なら残る?」

 そう訊くと、レックは顔を上げて。

「――行くよ。うっかりあんただけ、元の世界に戻ったりしたら、シャレになんねーしさ」

 その言葉にうなずく。

「うん、一緒に行こう」


「アイル、どうだった?」

 広間に入ると、アレストが話しかけてきた。

「それが……」

 一通り妖精界の入口であったことを説明すると。

「そうか、なら一緒に行こう」

 アレストがそう言ってくれた。

「ありがとう。頑張るから。皆改めてよろしく」

 全員を見渡してそう言うと、フィアレスはただ沈黙を寄越す。まぁいつものことなので、気にはしなかったけれど。

「うん、よろしくね」

「ああ、こっちもよろしく頼むよ」

 レイナとシフは返事を返してくれた。こうして、六人でベアリス国、西の塔に行くことになった。

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