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状況把握しよう

 奥の扉から外に出て、昼なお暗い、森の中を進む。ざくざくと三人分の足音と衣擦れの音が響いて、どこか不気味だ。

「お前達、この世界のことをどの程度知っている?」

 唐突にフィアレスが訊く。

「基本的なことは大体知ってると思うけど……確認したいことがあるから訊いてもいいかな。自分達がここにいることに関してはさっぱりだから」

 そう言うとフィアレスは了承した。

「いいだろう」

「妖精界に関しては、あまり表沙汰にはなっていないみたいだけど……」

 ゲームにも出て来なかった存在だ。こっちで勉強した記憶を引っ張り出しながら告げる。

「妖精界とは、人とは違う、人より精神体に近い種族と言われる妖精族が住む場所。結界の向こう……正確には少し違う時空にあるらしい。妖精族は光に属し、闇に弱い。だから光属性の守護石と共にあるのだと言われている。そして、妖精界との接点、入り口となる場所は隠されていて、普通には入ることは出来ない」

 私はちょっと息をついて、話を切り替える。

「で、守護一族の方は……メント国の古い言い伝えによると、五百年前、闇に属する者との大戦があった際、『光の戦士』と共に戦った仲間の末裔が、大戦後も妖精界の外で守護石を護る任についたと言う話だった。――で、実際には合ってる?」

 私が確認を取るとフィアレスはうなずいた。

「あぁ。同じ内容で伝わっている」

「今の状況に関しては、解ることはほとんどない」

 私は言葉を一度切り、考えを纏める。

「こっちは、いきなりこの世界に放り出されて、召喚者を探すために、北の地に来た。理由は知らないけれど、探し人はどうやら妖精界にいるらしい。目指すのは妖精界への入り口まで飛べる賢者の館。ただ、私達だけじゃ入る方法が解らない。で、フィーレに同行してもらってる。そして気になるのは火術法が使えなくなっていること。恐らく、媒体である火の守護石に何かあったと思われる。同時に、守護石と共にいる、妖精族や妖精界にも襲撃時に何かあって道が消えた可能性が高い。もしかしたらそれが召喚の理由で、なおかつ召喚者の側に出なかった事情なのかも知れない。フィーレの方がこの辺りは詳しいんじゃない? 私達に解るのはここまで。大体、何で入口への道が消えた訳?」

「俺にもよく解らん」

「ふーん」

 僅かな沈黙を挟んで、フィアレスが口を開く。

「気になっていたんだが、お前達の世界と、言語が共通なのか?」

「あ、それは、術法がかかってるんだって」

 自分も気になってガイに訊いてみたことがあったのだ。

「術法?」

「この世界で『心声(こえ)』って、直接思考が繋がるテレパシーみたいな術法があるでしょ?」

「ああ」

「あれの応用で、言葉が翻訳されるような術法が、召喚された時にかかってたんだって。文字の方はさっぱりだけどね」

 納得した様子で沈黙したフィアレスに、私は問いかけた。

「そう言えば、私達が師匠に拾われるより前に、フィーレが王都に来たって聞いたけど、その後どうしてた? ずっと北の地に?」

「あぁ、大半はな」

「え、ほぼ三ヶ月? 長っ」

 レックが驚いたように声を上げる。

「修行してたんじゃない? それにここ、まともにやると結構かかると思うよ」

 私達は裏技、もとい裏道を駆使してほぼ最短ルートで『主の間』まで来たのだけれど。この北の地はここの『主』がいるダンジョン以外にも、いくつもの似たようなダンジョンが点在していて、知らない者が攻略しようとすると、かなりの時間がかかる難所なのだ。

「お前達は違うのか」

「ごめん、少し違う。なるべく最短で逃げ隠れ上等で術法力温存しながら来た」

「それにしては、戦闘に割り込んで来たな」

「あー、あれは、つい」

 私は頭に手をやりながら言葉を切って、話を変えた。

「フィーレは、何を視にここへ?」

「守護石の行方だ」

――繋がった。フィアレスはずっと、守護石を追っていたんだ。そのことに妙に納得した。

 視線は前に向けたまま、フィアレスが語り出した。

「――数ヶ月前、異世界からの住人が、『運命の戦士(フェイト・ソル)』候補として妖精界へ来た」

「え?」

 フェイト・ソル? 聞き慣れない言葉だ。フィアレスの説明が続く。

「運命の戦士(フェイト・ソル)とは運命の戦士(うんめいのせんし)と書く」

 そう言って一応つづりを地面に書いてくれたが、やはり文字は解らなかった。

「要するに妖精族の力を継ぐ、異世界の人間のことだ。人としての闇への耐性と、妖精族の術法を受け継ぐ……もう一つの伝説」

「もう一つの?」

「表の伝説は知っているか? 闇の術法士には、光の戦士が立ち向かうと言う奴だ」

「あ、それなら聞いたことあるよ」

 この世界では割と有名な話だ。

「表に対し裏の伝説――妖精界の伝説では、異世界から来る闇に対しては、妖精族の力を継いだ、異世界の戦士が戦うと言うことになっている」

「異世界には……異世界?」

「俺はよくは知らんが、約三ヶ月前、異世界から召喚された運命の戦士の名は――リアリィ。その直後に起きた闇との戦闘で、妖精界と共に行方不明のままだ」

「行方不明〜?」

 何だかまずい予感。

「だが、異世界から召喚をなせる者など稀だ。もしかすると、リアリィがお前達の召喚者かも知れん」

「で、今からそいつの所に? 妖精界にいるのか?」

 レックが訊く。

「おそらくな。賢者の館から飛ばしてもらうしかあるまい」

「賢者……か」

 ゲームにも出て来た人物で、確か火の術法戦士だ。その館にある術法陣からは様々な場所へ『飛ぶ』ことが出来るらしい。

「賢者リセルは、五百年前、闇との大戦に参加したと言われる、伝説に近い存在だ。我々や妖精界とも縁が深い人物だと言われるが、詳しく知る者はいない」

 フィアレスが解説していると、ふいに霧が出て来て周囲を包んだ。

「『賢者の結界』だ。普通の人間では迷わされて、館に辿り着けないようになっている」

「これが……」

 ゲームでも同じ設定だった。通れるとしたら特殊な術法士か、正確な通り道を知っている守護一族の者だ。

「絡め取られる前に、行くぞ」

「解った」

 迷いのない足取りのフィアレスから、離れないように続く。どの位歩いただろう。急に何かが弾けるような高い音と共に、周囲の霧が光の粒に変わった。

「これは……」

 結界の霧が、冷たい氷の粒となって散って行く。

「結界が破られたな。この付近だけだが」

「って、誰に?」

 驚きを秘めたフィアレスの言葉に、レックが訊く。

「この『力』もしかして……レック、覚えてない?」

「え?」

 私には何となく心当たりがあった。守護石に依らない氷――温度を下げる能力。

「何者だ」

 剣を構えたフィアレスに、相手は驚く様子もなく声をかけて来た。

「あれ、あんたは確か――」

 その声にはやはり聞き覚えがあり、そして、その後ろから声がした。

「知り合いか? シフ」

「ああ、少しね」

「……あ」

 相手全員の正体に気付いて、私はフィアレスの前に飛び出した。

「シフ、アレスト、レイナ……!」

「全員知り合いか?」

 フィアレスの問いにうなずく。

「うん、そうだよ」

 やっぱり今のはシフの『力』だったのか。こっちの世界に来てからは、見る機会はなかったのだけれど。ゲーム内のルートによっては、ここでシフの『力』が見られた筈だ。

「お互い、人数が増えてるみたいだな」

 アレストの言葉に、後ろを顧みる。

「そうだね」

 向こうで何があったか、聞いてみようか。

「アレスト、あの後どうだった?」

「あぁ、それが……」

 アレストは少し言い難そうな表情を見せた後、告げた。

「剣の出所は突き止めた。闇の術法士が商人とすり替わって、呪いの品を流していたんだ。だが、未だ裏にありそうでな。術法に縁のない俺では、限界がある。ガイの助言もあって、賢者リセルに会いに来た」

「そう、師匠が」

「ああ。守護石には詳しいって話だ。細かい理屈はシフに聞いてくれ」

 アレストはそう言うと、眉を寄せて疲れたように息をついた。

「……アレスト?」

「いや……今回のこと、レイナに付いて来てもらって、俺の方は助かった訳だが……あの子には、酷だったかも知れないと思ってな」

「酷……そんなに酷かった?」

「ちょっとな」

 アレストは言葉を濁すと、真剣な表情でつぶやく。

「幼いうちから、あんなものは見せない方がいいんだ」

――そんなに、酷かったのだろうか。闇の術法士との戦いは。

「でも、アレストがいなくても、レイナには視えてしまうのかも知れない。私達に、視えないものまで。光も闇も、術法の力も。レイナの目には映るのかも知れないよ」

「ああ。……それも酷な話かも知れないな」

 アレストは軽くうなずいた後、少し遠くを見ていた。

「けど、それを決められるのはレイナだけだと思う」

「そうだな。俺も……負けてられないな。――そっちはどうだった?」

 私は説明しようとして、ふと気付いた。

「あ、そう言えば、アレストには言ってなかったっけ? 私達が異世界から来たってこと」

「えっ、何だって? 異世界? 初耳だぞ、そんなの。冗談じゃないよな?」

「冗談なんかじゃないよ!」

 アレストは目をまたたかせて私達を見つめた後、どこか納得したようにつぶやいた。

「そうか……だからあいつは弟子にしたのか……」

「え?」

「あいつの異世界好きは知っているか?」

「ああ……まぁ一応」

 ゲーム内では特に触れられてはいなかったが、ガイは異世界には最初から興味しんしんのようだったし、それはこの三ヶ月で実感していた。

 そしてガイからは、五百年前、光の戦士と共に戦った一族の末裔が王の一族なのだとか、遙か昔の時空の接点痕が残っているとか言われている王都レオカリスに心を惹かれ、それらのロマンを研究するために、そこの宮廷術法士になったのだという話を聞かされていた。

「特に弟子を取る予定はないと言っていたんだが、やはり例外はあるみたいだな」

「ふうん……」

 するとシフも『例外』なのだろうか? ゲームでは登場時からシフはガイの弟子だった。先程霧結界を破った、守護石の力に依らない『異端』の力をシフが持っていることと、何か関係があるのだろうか。確かにガイならシフの『力』を面白がって弟子にしてもおかしくないとも思うんだけど。

「だから元の世界に帰る方法、探しに行くんだよ」

 私が考えていると、レックが口を挟んだ。そうだ、アレストに事情を説明してる最中だったっけ。

「そうだったのか……見た目では解らないものなんだな。多少服が違う位で」

 アレストは私達を上から下まで見て、感心したようにそう言う。私は話を戻して続けた。

「で、帰るには召喚者を見付けないと駄目って話で、北の地に行ってた訳だけど。どうやら妖精界にいるらしいって解って。賢者の館には、妖精界の入口に通じる『道』があるんだって」

「へぇぇ……。で、赤紫の髪のあいつは?」

 アレストがフィアレスに視線を送る。

「あ、フィアレスって言って、北の地に向かう途中で会ったんだよ。師匠やシフは知り合いらしいけど」

「あいつもか。相変わらずガイは顔が広いな」

「で、ここまで案内してもらった」

 そう言いながら、思い出していた。ゲームの中で、アレスト達がフィアレスと出会ったのは丁度この辺りだったということを。

「ここを知ってるってことは、何者なんだ? 賢者の館なんて一般には知られてないだろ」

「守護一族。詳しくは知らないけどね」

 アレストはフィアレスをどこか遠く眺めて。

「そうか。あれが……見るのは初めてだな」

「知ってるんだ?」

「まぁ、話はガイに聞かされたからな」

「なるほど」

 取りあえず納得した私はアレストから離れて、先程から地面を見ているレイナに声をかけてみた。 

「レイナ、どうだった? アレストと行動してみて」

 レイナは足元の小石を軽く蹴飛ばして、少し冴えない表情で答えた。

「やっぱり……。――ううん、悪い人じゃないとは、思うんだけど……」

「ん? どういうこと?」

「…………」

 レイナは迷うように沈黙した。

「レイナ、大丈夫?」

「……うん、上手く言えないだけ……」

「そう、ならいいんだけど……今度は私達もいるから、一緒に頑張ろう?」

 そう言うと、レイナは顔を上げて微笑んだ。

「そうね、ありがとう」

 いつか話してくれるだろうか? 私は次に視線をシフに向けた。

「シフ、どうしてここに?」

「師匠の代わりさ。流石に今、師匠が城を離れる訳には行かないからね」

「それって、どういう意味?」

 私がそう聞くと、逆にシフに問い返された。

「あんた達、術法の調子はどうだい?」

「あ! 火が、使えないけど」

「サイアクだよ」

 レックがため息混じりに言い捨てる。

「やっぱりね」

「それで、シフが?」

「そうだ。どうやら火術法が使えない原因である、火の守護石の一件と、アレストが追っていた、闇の術法士の一件は裏で繋がっているらしくてね。守護石の足取りを追うために私達が動くことになった」

「そうなんだ」

 するとアレストがフィアレスに向かって口を開いた。

「そう言えば自己紹介が未だだったな。俺はアレスト。メント国の守護騎士だ。今は目立つとマズイんで、正装ではないんだが。闇の暗躍と守護石に関して、賢者に相談したくてな」

「ああ」

 フィアレスはどこか迷惑そうだ。

「愛想ないな」

 さして怒ってもいない口調でアレストが言う。

「いっつもこんなんだよ」

 レックが投げやりな調子でグチった。

「そうか」

 その時、シフがフィアレスに向かって、尋ねた。

「ところで、我々も賢者の館に行きたいのだが、同行しても構わないか?」

「どう? フィーレ」

 私が確認を取ると、フィアレスは渋々といった様子で応じる。

「……仕方がないな。ただし、結界を壊したのはお前達だな?」

 フィアレスの詰問に、シフは僅かに迷うように視線を揺らせたけれど。

「――ああ、私だ」

 シフにしては歯切れが悪い口調で、そう答えた。

「賢者には話を通しておくことだ」

「あぁ、それは……悪かった」

 フィアレスの言葉に、シフはやはり多少沈んだ調子の声で謝る。

「俺ではなく、賢者に言うことだ」

 フィアレスはそう言うと、先に立って歩き出した。

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