行き先決定!
北の地とは、全てを見通す主がいると言われる場所。己の道を見失いし者に、道行きを示すと言われる。その実態は……光が凝縮され、時間と空間が揺らぐところ。己の過去の事象、関わりのある人物を垣間見せることで、真実を映し出す。その扉を――開く。
そこはただの真っ白い空間に見えた。そして五歩程離れた所にスクリーンがあるかのように映像が映しだされる。やっぱり目的によって見え方が変わるみたいだ。ゲームではアイテムを取りに来ただけだったから、こんな現象は起こらなかった。最初に視えたのは、見知らぬ人影達が、大きな木の側で話し合っている所だった。あの人達は、誰だろう? 目をこらしても、濃いもやに包まれていてよく見えない。
「もっと近寄って〜」
私は焦れて要望を口にしたが、それは叶えられなかった。
「ここは? 見たことがない――」
誰とも解らない少女の声がスクリーンの方から聞こえる。
「ようこそ、異世界の客人。ここは妖精界です」
どこか中性的な少年の声が答えた。聞いたことのない……声だ。それに、異世界の客人?
「妖精界? まさか」
信じられないと言った様子の少女の声に、少年の声はあくまで静かに響いた。
「あなたの力が必要なんです。残念ながら。ですが、断るか、引き受けるか――それとも力を継いで自力で戻るか。全てはあなた次第――。この世界であなたはとても強いんです」
「強い?」
オウム返しにそうつぶやくと、少女は考え込んだ様子で沈黙を落とした。
すると、場面が変わった。今度は夜のような暗がりでまたしてもよく解らないが、森の中のようだ。
再び先程と同じ少女の声が響く。
「あの赤紫の髪をした戦士は? ひどく目立つ――妖精ではないようだけれど」
少年の声が答える。
「味方、です。あれは妖精界の外を護る『守護一族』」
赤紫の髪? 守護一族? それってもしかして……。だが思考を中断するように、空間に声が響いた。
『何も知らずにここに来てはいけない』
『妖精界』
『守護一族』
『どうかあなたは間違わぬように――』
何だろう、色んな声が聞こえる――。
「妖精界の秘術、なんですよ。異世界から人を召喚するのは」
私が辺りを見回していると、再び少年の声が聞こえた。
妖精界の秘術? 異世界からの召喚? それってつまり――。
『来て』
ふいに、初めてこの世界に来た時に聞いたのと同じ言葉が響く。
「妖精界への通路が――消えた?」
今度は聞き覚えのある声が聞こえて来た。
差し込んだ月明かりで顔が見える……あれは……フィアレス! 何やら森で黒いフードの人影を追って走っている。フードの方は顔が見えない。
「逃がすか!」
だが、剣戟の音と同時にフィアレスがバランスを崩して膝を付く。
「くっ」
その隙に黒いフードの人影は逃げ去ってしまった。その時、一陣の風が巻き起こる。
「道理で風が騒がしい筈だな」
「何者!」
そこに空間を越えて現れたのはガイだった。フィアレスは警戒するように鋭い目でガイを見上げる。
「守護一族か。俺はガイ。レオカリスの宮廷術法士をしている者だ。お前と戦う気はない」
「……」
フィアレスはまだ敵か味方かはかりかねているようだったが、ガイは気にしていない様子でマイペースに話を進める。
「守護一族がここまで出向く理由も気になる所だが――ともかく処置が先だな」
ガイが短く『言葉』を唱えると、一瞬で景色が森の中から、見慣れたレオカリスの塔の中に変わった。
「これは……!」
フィアレスが珍しく驚いたように目を見開き、周囲を素速く見回した後、ガイの方を見遣った。
「師匠、その人は?」
訝るシフにガイが指示する。
「話は後だ。回復と闇の影響を払う浄化陣の準備を頼む」
「はい。――ちゃんと説明して下さいよ」
「ああ」
一通りの処置が終わると、フィアレスはいかにも不本意そうに、『闇』を従えた黒いフードの人物に守護石を狙って妖精界が襲撃されたのだと手短に説明した。
「師匠――」
シフがガイを見遣って声をかける。
「ああ、そんな事態になっているとはな。無論、こちらでも探りを入れよう。――お前はどうする?」
「お前達に言う必要はない」
フィアレスは相変わらずだ。
「だが、借りは覚えておく」
「そうか、達者でな」
ガイはそのままフィアレスを見送った。フィアレスが出て行くと、シフがガイに尋ねた。
「良かったんですか」
「構わんさ。見失っている訳ではないようだからな」
「……そうですか」
そうか、これは私達が来る前だ。ガイがフィアレスを拾って来たとか言っていた、その時の映像だ。
再び場面が夜の森に変わり、少女のものらしき声が響いた。
『闇が来る。護らなくては――』
続けて北の地へ続く山岳地帯が映しだされ、考え深い表情をしたフィアレスがつぶやく。
「再び妖精界への通路を開ける者がいるとすれば――」
『同じ力を持つ者』
【又は同じ波動を持つ、異世界の存在】
ん? この声は、今までとは違う人だ。姿は遠く、顔はやはりもやで見えないけれど、大人の男性の声だった。
【賢者の館で待っている。異世界の者達よ、妖精界への入口へ行くのなら、力を貸そう――】
重々しい声は、圧力さえ伴って、頭の中に響いた。これは……今までただ空間に響いていたのとは違う、明確な意志を感じる。こっちに呼びかけてる? 今の、よく通る声は――。
だがそこで場面は終わり、目の前に扉が開いた。これでこのイベントは終了のようだ。
裏の扉から踏み出すと、白い壁と床のホールのような場所に出た。天井には大きなシャンデリアがあり、十分な光量を投げかけている。
「何か、今、実際に話しかけて来てなかった? 誰か」
私がそう言うと。
「よく解んねーけど、色々言ってたな」
レックも一応同意を示した。
「そうだね、何だか色々見た気がするけど――。妖精界、守護一族、妖精界の秘術、異世界の人間の召喚――てことは、今回の犯人(?)は……」
「妖精界、ってことだろ」
と、レックが結論づける。
「実際に喚んだのが『誰』かは解らないけど……妖精界にいるよね、多分」
「行かねーと戻れねーしな。けどさ、妖精界って確か普通じゃ行けなかったよな? 結界で。どーすんだ?」
ゲーム内では守護石を守る存在として、守護一族のことしか語られていなかった。守護石が妖精界の結界の向こうに隠されていることを知ったのは、こっちに来て勉強してからだ。
「でもさっき、同じ波動を持つ、異世界の存在なら妖精界への通路を開けるって言ってなかった? 問題はどうやってそこまで行くかだけど、場所なんか知らないし、賢者の館の場所って覚えてる?」
「あんまし。迷うかも。森の奥だし、第一賢者の館にも霧結界が張ってなかったっけ?」
「うーん……確かにそうだった。どうしよう」
私が少し考えながら辺りを見回すと、丁度扉を開けて出て来た赤紫の髪がそこにいた。
「あ、守護一族だ」
思わず指さしてしまった。賢者の館と妖精界の手がかりがこんな所に。
「フィーレ、賢者の館まで、案内してくれないかな?」
駄目もとで頼んでみる。
「何?」
「誰かが、賢者の館で『異世界の者』を待ってるって言ってたんだ。妖精界への入口まで行くなら力を貸してくれるって」
「賢者の館で? 視たのか」
私はうなずいて答える。
「うん、少しだけ。顔は視えなかったけど。何で人によって視え方が違ったんだろう」
「会ったことのない者、つながりの未だ薄い者を映すには限界があるらしい」
その答えはふに落ちるものだった。
「あ、そういうこと。所で妖精界への通路は消えたんでしょう?」
「……ああ」
フィアレスが悔しげな表情を見せて肯定した。
「だからその入口のあった場所まで行きたいんだけど、賢者の館の方が近い訳?」
私の疑問にフィアレスは渋々といった風に解説した。
「近い上に、現在妖精界への入口までつながっている場所があるとすれば賢者の館のみだ」
「そうなんだ。それと多分、私達の召喚者も……妖精界にいるんだと思う。だから、案内して欲しいんだ。フィーレの都合さえよければ」
「お前達のような怪しい奴らを連れてなど行けるか」
「あ、ひでぇ」
フィアレスの即答にレックが抗議する。でも、やっぱり知っているんだ。
「……と言いたい所だが、やむを得ん。賢者の意向らしいからな。――お前達の正体、見極めさせてもらう」
私はフィアレスの鋭い視線を、真っ直ぐに受け止めた。
「了解。……あ、でもフィーレは他に用があったりとかは? ここに来た目的とか……」
フィアレスは簡潔に答えた。
「目的地は同じだ。俺も賢者に用がある」
「ああ、そうなんだ。助かるよ。実はさっきので術法力が切れた」
「げ」
レックが嫌そうな声を出す。
「レックもここを出たら術法が使えないだろうし……師匠が剣も教えてくれた理由が解るよ。――心許なさは大して変わりないけど」
「生兵法は命に関わるからな」
「でも、黙って大人しくしていれば、誰かが元の世界に戻してくれるとでも? そんなこと、あり得ないよ」
そう反論すると、フィアレスは認めた。
「そうだな」
「だから自分で何とかしないと。師匠はそのためのやり方を教えてくれた。それに、こんな事態にでもならないと、活躍出来る機会、ないしね」
「どういう意味だ」
その言葉に軽くため息をつく。
「近くに出来る人がいると、自分がやる場面がないってこと。私だって、出来ることは自分でやりたいんだ。弱いからって、やりたいと思う気持ちまで、否定して欲しくないよ。子供扱いされたくない。強くて立ち向かうより、根性いると思うけど」
そう、元の世界では自分より出来る人が近くにいた。自分で言うのも何だけど、勉強も運動も、トロい私は適わなかった。友達だと思っているけれど、その人に助けられて有り難いと思う一方、依存してしまう状況に、ある種の劣等感を抱いていたのも確かだ。こういうのも両価的って言うのかなぁ。先生は、数値的には低くても、出来ない人が出来るようになることの方が素晴らしいとか、大勢の敗者に支えられて勝者がいるのだとか言われたが、自分はちっとも嬉しくなかった。自分だって本当は運動会とかで一位になってみたかったし、活躍してみたかった。そう、私は隠れ目立ちたがり屋だったのだ。勝ち目のない勝負だからって、サボれるような度胸もなかったし。だからいつも、なるべく差が開かないように祈りながら、悔しい気持ちを押し隠して来たのだ。運動は、縄跳び、鉄棒、百メートル走とかの自主練とか早朝練習もやってみたけれど、効果はほぼなかった。ついでに自分はリーダーシップをとれるようなタイプでもなくて、皆の中でどう動いていいかとまどうことや、何か役立とうとして失敗したことも数知れない。必死で平気な顔をして過去を切り捨てて来たけれど、そんな自分が恥ずかしくて仕方なかった。だけど今は自分で決めて動くしかない。そのことがとても怖くて――どこか嬉しい。
今は、自分の自由に出来るし、無理だと決めつける誰かもいない。失敗を見られて恥ずかしいと思うような相手もいない。ガイがあんなにも楽しそうに教えてくれたことで、一番の敵であった自分の意識を変えてくれたから。
「甘い考えかも知れないけどね。剣も術法も、本当は同じだけの『力』だと思うよ」
私がそう言うと、フィアレスがなぜか僅かに複雑そうに黙りこんだ。
「それに、自分の力不足で、目の前で相棒を鳥に食われかけるのも、もう嫌だし」
「俺のことかよ……」
レックが不満そうに言う。
「正直言って情けなかったよ。私の方がずっと年上なのにさ。生意気でしょーもないけど。唯一同じ世界から来た相棒だからね。うっかり鳥の餌にはしたくない」
「微妙にムカつく言い方だぞ……!」
レックが抗議の声を上げるが無視だ。
「剣も術法も、少し前まで触ったこともない素人だから、急にはムリだし、フィーレみたいな戦士と比べられても、困るけどね」
ふいにフィアレスがつぶやくように告げる。
「あのレオカリスの宮廷術法士は、、召喚者の正体を知っていながら、お前達をここに寄こしたのかも知れん」
「え?」
知っていて?
「あの術法戦士……侮れん」
「フィーレは師匠を警戒してるんだ?」
顔を覗きこんでそう問うと。
「当然だ。何者かは知らんが……見透かしているような所がある」
「フィーレ?」
確かにガイの風読みは強力だとは思うけれど……。フィアレスは何を指してそう言っているのだろう?
「それに、あの能力……」
「え、師匠の能力ってどれのこと? 多すぎて解らないよ」
だがフィアレスは話しを打ち切って歩き出した。
「いや。奴の詮索は後回しだ。行くぞ」
「あ、うん」
自分達もフィアレスを追うようにしてホールを後にした。