戦力ゲット!
次の日、隣街へ調査に行くというアレスト、レイナと別れて、私はレックと共に目的地である北の地へ向かった。
周囲は草原から岩山が点在する荒れ地に変わり、気温が下がって来る。私達が地面の岩や石に注意しながら歩いていると、急に大気を震わせる音が聞こえた。
「ん? 剣戟(けんげき)の音……誰か戦ってる?」
音がする方を窺(うかが)ってみると、巨大な蛇と、誰かが戦っているのが目に入った。
それは、鮮やかな赤紫の髪が目を引く戦士だった。年は私より少し上で、男性だろう。赤を基調に青のラインが入った袖なしの上着と黒のズボン姿。あれは……もしかしてフィアレスだろうか? 手にしているのは、僅かに湾曲(わんきょく)した厚みのある剣だ。火花が散りそうな程鋭いオレンジの瞳が蛇を見据えて剣を振るっている。
「あっ!」
その時、戦士の剣が大きく弾かれるのが見えて、私は思わず剣を握り締め、飛び出していた。
「光よ!」
雷にも似た、光の槍が蛇に向かって降り注ぎ、その動きを一瞬止める。戦士はその隙に、体勢を立て直すと見事な太刀筋で蛇を叩き切った。
「うわー……」
何と言うか、結構壮絶だ。ゲームと違い、生で見ると、ちょっと眉を顰(しか)めたくなる光景だった。しかしまぁ……無事に大蛇は倒されたようだ。気付くと、戦士がいかにも訝しげにこっちを見ていた。
「なぜ助けた」
「なぜって、理由が要るの? ……フィアレス?」
僅かに探るようにそう言うと、すっと相手の視線に鋭さが増し、眉間にしわを寄せて突如こっちに剣先を向けた。どうやらアレストとは逆バージョンらしい。
「何者だ?」
取りあえず、バッサリやられるのは嫌なので、自分達がガイに弟子入りした術法戦士見習いであることを簡単に説明して、相手がフィアレスであるという確認を取ると。
「奴、か……」
フィアレスのどこか陰りを含む表情と、低めの声音には、複雑そうな響きが混ざっていて、少なくとも、気心の知れた知人と言う感じではなかった。
「何かあったんですか」
ガイが助けた……とか言ってたけど、何があったのだろう。
「いや」
フィアレスは頭を軽く振ると、横目でこっちを見据えた。
「お前達は塔で見たことがないが」
「あなたと師匠達が会った後に、私達が拾われたらしいです」
フィアレスが考え込むように沈黙を挟むと、横からレックが声をかけた。
「それより、アンタ何でこんな所にいんだ? 出番未だの筈じゃん?」
レックの言いたいことは解る。ゲームでフィアレスが出て来たのはもう少し後だった。だけど、アレストのいない所で、フィアレスがどう動いていたかは、知らない。ここにいても……おかしくはない。
「何の話だ」
「いいえ、気にしないで下さい」
フィアレスの疑問を、きっぱりと切り捨てて、話を変えた。
「それより、あなたも北の地に?」
「そうだ、と言ったら?」
「良ければ、一緒に行ってくれない?」
『戦力ゲット』の一言が頭を巡った。レックの火が使えない今、戦力は欲しい。
「断る」
うわ、即答。
「何でだよ」
レックが訊くと。
「理由がない」
と答えが来た。理由、か……。あんまり取引みたいなことは言いたくないんだけど。
「じゃあ、さっきの助太刀の礼……とかは駄目ですか。そんなつもりで割り込んだんじゃないけど、こっちも今、火の術法が使えなくなっていて、戦力は欲しいんです」
「――」
フィアレスは、僅かに考えている様子だ。
「北の地までで構いません」
そう言葉を重ねると。
「北の地に何の用だ?」
そのフィアレスの問いに、レックが一言で答えた。
「元の世界に帰んだよ」
相変わらずストレート過ぎな言葉に、私はとっさに説明を足す。
「ええと、ガイ師匠によると、私達が異世界から来たらしくて。で、元の世界には召喚者しか戻せないって話だけど、近くには見当たらなかった。それで、北の地に行けば解るかもってことで」
フィアレスは僅かに目を細めて慎重に口を開く。
「怪しいな」
「私達が? ……まぁ、否定はしないけど」
異世界から来たなんて怪しいに決まってるだろうと思いつつ、私がそうつぶやくと。
「両方だ」
とフィアレスの答えが返った。
「両方?」
何のことだろう。私達と……誰? 私が考え込んでいると。
「いいだろう。ただし、北の地までだ」
「え? ……ああ、ありがと」
やけにあっさりで、ちょっと拍子抜けした。どういう風の吹き回しだろう。まぁ、今はいいか。