忘れられた側室と王子様
「俺はお前など認めない」
苦虫を千匹ぐらい噛んだような顔で私が側室として仕えることになる王は初夜の夜、出会うなりそう言い放った。
「……………俺が愛しているのは王妃だけで、側室など要らない。お前などいらない。権力や贅沢が狙いなら残念だったな。側室とするのは大臣どもがうるさいからだ俺がお前に情をかけることなど金輪際ないと心しておけ」
よほど鬱憤が溜まっていたのか一息にそれだけ言うと王は私に背中を向けて部屋を出て行った。扉の向こうに消えていく背中と共に騒ぐ人の声が聞こえたがそれもすぐに聞こえなくなる。私はゆっくりと先ほどの発言を吟味し、王宮に来るまでの実家の騒動を思い出し、政治的な情勢を思い浮かべ、そして、小さく笑った。
「貴女ぐらいでしょうね。親の権力欲のために王の側室にされた上に当の王から「いらない」発言されたくせにそれを喜んでいる女性は」
ぽかぽかと日差しが気持ちよい昼下がりに一人のんびりと芝生に座って持ってきたポットから注いだ紅茶を飲みながらのほほんとしていた私の隣で同じように紅茶を飲んでいた男の子は呆れたようにそう言った。
彼は王の一人息子であり王太子。王の愛してやまない王妃の息子である。御年十歳になる彼は年に似合わぬ聡明さと悪知恵をたたえた瞳で父親に疎まれている愛人である私に何故だかちょくちょく会いにくる。
「あら、なんのことでしょうか?」
王太子の言葉にとぼけると何故だか楽しそうに笑われてしまった。
「喜んでいるでしょ?だって貴女は結婚なんてゴメンだったから王の側室になりたくて、でも男女の関係にはなりたくなかった。だから、今のこの状況は貴女にとって理想だ」
そうでしょ?と笑いかけてくる王太子には答えは返さなかった。だが、王太子は満足そうに紅茶をカップに注ぐ。
「父上母上とも一見仲が悪いように装っているけど実は裏で共謀してますよね?母上は身分が低い。だから貴族達はそこを突いて側室を送り込もうとする。父上は母上以外愛する気はないというのに貴族達はあきらめない。だから、父上は一計を案じた。貴女というこれ以上にない身分の令嬢を側室として迎える。だが、その相手は一切省みられない。王の訪れもない。これ以上ないほどの冷遇を与えられる。他の貴族が娘達を送りだすのをためらうほどの、ね」
くるりとカップを回せば琥珀色に映る景色が混じる。世間に信じられている真実が王太子によってくるりと見方を変えるみたいに。
「貴女は防波堤だ。王夫婦を護るための。そして側室という立場も結婚とういものを嫌がる貴女を護る防波堤。利害関係の一致した関係です。この国の王と王妃と側室は」
心地の良い声を聴きながら私は紅茶を飲む。溶け込んだ歪んだ世界を飲み込むように。
「それが真実だとして」
空っぽのカップを見つめながら私は問いかけた。
「貴方はそれを暴いて何がしたいのでしょうか?」
彼の言葉が真実かどうか肯定も否定もしなかった。ずるい返しに王太子は笑う。
「別に何も。今の状況を崩すことは何もしません。今は」
「?でしたら殿下は何をなさりたかったのですか?」
私の疑問に王太子は大人びた笑みを浮かべた。
「そういえば母上が妊娠したみたいです」
「え!それは本当ですか?」
突如伝えられた吉報に私は手を叩いて喜んだ。立場上、仲の悪いふりをしているが王妃さまとは年が離れているとはいえ親しくさせて貰っているのだ。
そして私は、まんまと話題を変えられたことも気づかずにいたのだった。
十年後。私が二十五歳、彼が二十歳の時。王太子を十歳になった男女の双子で生まれた弟妹の片割れである弟に譲り渡した彼に求婚されることによって表舞台に再び引っ張り出されることになったりするのだがそれは十年後の話。
今はほのぼのと王妃様へひそやかに送るお祝いの品についてあれこれと考えることに忙しい私とそんな私の言葉に上機嫌で頷く王太子の姿しかない。
「とても喜ばしいことですね!」
「そうですね。本当に(都合が)良いことだと思いますよ」
未来に己に降りかかる騒動を知らず、私はその元凶に微笑んだ。