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「よろしく……頼むよ。でも、料理経験あるのか?」
俺がそう聞くと、ユークティアはわずかにうなずいた。
「あぁ。こう見えて、実家が定食屋でな。ずっと手伝いをしていた」
「ずっと!?」
思わず声が裏返る。
「どこにそんな時間があったんだよ。お前、ログイン時間いつも十二時間超えてただろ」
「あぁ」
ユークティアは実にあっさり答えた。
「私はショートスリーパーでな。二、三時間の睡眠で、働くかゲームをするかだったぞ」
「……なんて奴だ」
呆れを通り越して、もはや感心すら湧いてくる。
前世というか、ゲーム時代から思っていたが、こいつは根本的に人間のスペックがどこかおかしい。無課金でトップ層にいた理由が、今さらながらよく分かった。そりゃ、そんな生活してたら強くもなる。
だが、そんな俺の感慨などお構いなしに、横から勢いよく声が飛んだ。
「そんなことどうでもいいよ!! モリヒトのまず飯から脱却できるなら!!」
「おいタナカ」
即座に振り向く。
「お前なぁ……。俺だってちゃんと料理してたんだぞ」
「カブ炒めとスクランブルエッグをローテしてただけじゃん!」
「ちゃんと火は通ってただろ!!」
「最低ライン!!」
きっぱり言い切られて、地味に傷つく。
いや、分かってる。分かってるけども。俺だって好きで塩味オンリー生活をさせていたわけじゃない。調味料がないのだから仕方ないだろう。
その時、ユークティアが静かに言った。
「……調味料か」
紫の瞳が、掲示板に貼られた募集一覧へ向く。
「なら、募集掲示板に調味料の募集を出しておこう。それと、私の方でも探しておく」
「ユークティア……!」
思わず声が漏れる。
実務的。あまりにも実務的。
しかも早い。俺が三日かけて悩んでいたことを、この女はものの数秒で整理して解決策まで出してきた。
するとタナカが、きらきらした目で両手を握りしめた。
「ユークティアお姉様ぁ!! 一生ついていきますぅ!!」
飛びつきそうな勢いのタナカを、ユークティアはほんの少しだけ見下ろし――ぽつりと呟いた。
「………タナカは、いつ男に戻るんだ?」
その場の空気が、止まった。
「……は?」
俺の口から、間の抜けた声が漏れる。
近くにいた連中も、一斉に固まった。
「は?」
「え?」
「……は?」
そして一拍遅れて。
「はーーーーーーー!????」
大ホールが揺れた。
タナカはぴくりとも動かない。
ミサカは目を丸くし、キクチは口を半開きにし、ロレイナですら一瞬だけ表情を崩した。
俺は震える指で、ピンクのツインテール少女を指差した。
「タナカ……お前……嘘、だよな?」
返事はない。
「お前って、生粋のメンヘラ女子……だよな?」
俺の認識ではそうだった。
だってそうだろう。言動はめんどくさいし、やたら感情表現は濃いし、アイドルみたいな見た目で、魔女っ子みたいな格好で、しかもテンションが高い。どう考えても“女子キャラを愛でてる女プレイヤー”だと思うじゃないか。
ところが、ユークティアは首をかしげるようにして言った。
「何を言っている。タナカは男性で、うちの定食屋によく顔を出してくれている常連だ」
「おま……おまえ……まじ?」
俺はゆっくりとタナカを見る。
タナカは俯いたまま、無言だった。
その沈黙が、逆に真実味を増していく。
やがて、ぷるぷると肩が震えた。
あ、泣くのか――と一瞬思った、その次の瞬間。
「ひっどおおおおおい!!」
顔を上げたタナカが、いつもの妙に甘ったるい声で叫んだ。
「みんなぁ、タナカはぁ、男でもフェイタルカノンのアイドルだよ♡」
両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、くねっと体をひねる。
「それにぃ……魔女っ子といえばぁ女の子!」
……ああ。
俺はそっと目を閉じた。
(こいつもミカサタイプか)
見た目も声も、本人の信念も、すべてが女寄り。だが中身は男。
フェイタルカノン、思っていた以上に業が深い。
そこで俺は、すっと別の方向に視線を向けた。
黒髪ポニーテールに黒いラバースーツ――相変わらず圧の強い外見のアズマが、露骨に目をそらしている。
「……おい」
「な、なんだ」
「お前は」
短く問いかけると、アズマは何故か少し慌てた。
「お、俺はちゃんと男に戻ったぞ!!」
「そうかよ……」
俺は真顔で答える。
(俺はお前が女だと思ってたよ、アズマ)
まったく。
なんなんだこのギルド。
いや、そもそもゲーム時代から、その片鱗はあった。
エヴォルシアには《VCリング》という便利アイテムが存在していた。装備していれば、好きな声色に調整できる。いわゆるボイスチェンジャー機能だ。人気声優っぽい声も、可愛い女の子っぽい声も、低く渋い美声も、課金と設定次第でどうとでもなった。
つまり。
見た目も声も、いくらでも偽装できたのである。
そして俺は今、ようやく理解した。
真面目をモットーにしているはずのうちのギルドは――
「……ネカマの巣窟だったのかよ」
ぽつりと漏らした俺の言葉に、大ホールは一瞬だけ静まり返った。
そのあと。
「失礼だなぁ♡」とミカサ。
「魔女っ子は性別を超えるんだよ!」とタナカ。
「いや俺はちゃんと戻ったって言ってるだろ!?」とアズマ。
「今さら何言ってるんだ」とエクボ。
「お前だけは最初から男だっただろうが!!」
俺の叫びが、大ホールいっぱいに響いた。
◇◆◇◆◇◆◇
しばらくして、食堂には鶏もも肉の塩焼きが並んでいた。
皮目はこんがりときつね色に焼かれ、じゅわっと染み出した脂が皿の上で艶めいている。付け合わせは、その鶏の油で丁寧に焼かれたカブとタマネギ、ニンジン、そして細かく刻まれたカブの葉。さらに、小さな器には、りんごをすりおろして煮詰めた淡い黄金色のソースまで添えられていた。
食堂に満ちる匂いが、もう違う。
ただ火を通しただけの飯じゃない。
ちゃんと“料理”の匂いだった。
「…………」
俺はしばらく無言で立ち尽くした。
隣でタナカが、きらきらした目で皿とユークティアを交互に見ている。
「えっ、なにこれ……お店じゃん……」
「店だが?」とユークティア。
「いやそうだけどそうじゃなくて!! ここギルドの食堂だよね!? え、なに、急にレベル上がりすぎじゃない!?」
ミカサも、いつものふざけた調子を忘れたように目を丸くしていた。
「すご……もりひとの塩スクランブルエッグ時代、完全に終わったね」
「過去を黒歴史みたいに言うな」
そう返しながらも、俺の視線は目の前の皿に釘付けだった。
焼き目の入り方が綺麗だ。
野菜の火の通り方も均一で、色味までちゃんと考えられている。
しかも、りんごのソース。そんな発想、俺には一ミリもなかった。
「……食っていいのか?」
「そのために作った」
ユークティアが短く言う。
俺は恐る恐るナイフを入れた。皮はぱりっと音を立て、その下の身は驚くほどやわらかい。ひと口食べると、塩だけのはずなのに肉の旨味がしっかり立っていて、噛むたびにじゅわっと脂が広がった。
そこへソースを少し絡める。
「――っ」
甘い。けど甘すぎない。
りんごのやさしい酸味と、煮詰めたことで出た濃さが、鶏の塩気と妙に合う。重くなりすぎず、肉の旨味をちゃんと引き立てていた。
さらに付け合わせのカブを口に運ぶ。鶏の脂を吸って、表面は香ばしく、中はとろりとやわらかい。タマネギは甘みが増し、ニンジンも青臭さが抜けている。カブの葉のほろ苦さまで、全体の味を締めていた。
「……うま」
思わず、素で漏れた。
その一言を聞いた瞬間、周囲が一気にざわめく。
「やばい、本当にうまいんだ!!」
「並べ並べ!! なくなる前に!!」
「お前ら、俺を味見係か何かだと思ってるだろ」
次々と皿を手にした連中の反応も、俺と大差なかった。
「えっ、うまっ!」
「なにこれ、肉やわらか!」
「野菜がちゃんと野菜の味する!」
「ソースがしゃれてる! しゃれてるぞ!」
「おい、これ本当にうちの食堂か!?」
食堂の空気が、一気に変わる。
その中心で、ユークティアは相変わらず無表情に近い顔をしている。
「調味料が足りない。香草も不足している。だが、今あるもので組むならこの程度だ」
「この程度……?」
俺は思わず聞き返した。
「もっと良くできるのか?」
「ああ」
迷いなく、ユークティアはうなずく。
「肉の下処理も詰められる。ソースも、酸味と香りの幅が足りない。スープをつけてもよかったが、今日は人数が増えそうだったから手を回しきれなかった」
淡々と言ってのけるその姿に、俺は半ば呆れた。
こいつ、マジか。




