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神に選ばれしギルマスですが、メンタルがHPより先に削れます。~社畜リーマンの異世界再建譚~  作者: 無月公主


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7

 死んだ。


 いや、まだ死んでいない。たぶん生きている。だが、気分としてはほぼ死んでいた。


「……死にそうだ……」


 ベッドに突っ伏したまま、俺はかすれた声で呟く。


 あれから、三日が過ぎた。


 部屋割りは最初の日に終わらせた――はずだった。

 終わったと思ったのは、完全に俺の勘違いだった。


 あとからあとからギルドメンバーが合流してきて、そのたびに要望が増えたのだ。


 歩くのが面倒だからワープエレベーターの近くがいい。

 二階にもキッチンが欲しい。

 夫婦用の部屋が欲しい。

 生産職だから作業台が置ける広さが欲しい。

 日当たりはどうなってるんだ――いやここ城だから日当たりもクソもあるか。


「……知るかよ……」


 俺はのろのろと起き上がり、爪のアイコンを押してギルド画面を開いた。


 一覧を見て、また軽くへこむ。


 俺以外のメンバーは、ちらほらレベル2、レベル3になっていた。

 すでに狩りに出ている連中もいて、着実に戦力を整え始めている。


 それに対して俺はどうか。


「料理スキル……レベル上がっただけ……」


 がっくりとうなだれる。


 いや、上がったのは事実だ。事実なんだが、この料理スキル、想像していたような便利スキルじゃなかった。


 レベルが上がれば包丁さばきが神がかるとか、味付けの勘が鋭くなるとか、そういうロマンは一切ない。

 ただ単純に、作った回数が記録されているだけだった。


「何なんだよこのクソ仕様……」


 しかも、同じ料理では十回までしか熟練度が上がらない。


 カブ炒め。

 スクランブルエッグ。

 今の俺のレパートリーは、その二つが主力だった。


 いや、主力というか、それしかまともに作れない。


 そして当然のように、ギルドメンバーたちは二日で飽きた。


「そりゃ飽きるよな……俺だって飽きるわ……」


 ベッドの上に転がりながら、天井を見上げる。


 材料が足りない。

 調味料が足りない。

 圧倒的に、足りない。


 卵が手に入ったのは僥倖だった。そこは本当にありがたい。

 だが、味付けが塩だけでは限界がある。


「味〇素ほしい……」


 切実だった。


「醤油もない……味噌もない……だしもない……どうすればいいんだ……」


 この世界に和食の概念があるかどうかすら怪しい。

 あるとしても、今の俺にそれを探しに行く時間も気力もない。


 思考がぐるぐると回り始めて、ついに限界が来た。


「あーーー!! やめたやめたやめた!!」


 ベッドの上で手をばたつかせる。


 その瞬間。


 むにっ。


「……ん?」


 柔らかい感触が、手のひらにあった。


 ……おっと?


 なんだこれ。

 あの神の使いの桃色ゼリーか? また勝手に部屋に入ってきたのか?


「あん♡ 揉んじゃいやん♡」


「うわぁっ!?」


 飛び起きた。


 そこにいたのは、ゼリーではなかった。


 褐色の肌にオレンジ色の髪。ぴょこんとした猫耳。やたら艶っぽい笑みを浮かべたミカサが、俺のベッドの端に座っていた。


「お前かよ!!」


「お前とは失礼だなぁ、もりひと~♡」


「何だお前!! どうやって俺の部屋に入った!!」


 するとミカサは、えへんとばかりに胸を張る。


「副マス権限♡」


「……あ」


 思い出した。


 エクボだけに権限を集中させるのも不便かと思って、ミカサにも副ギルマス権限を渡していたのだ。

 つまり、こいつは管理権限で普通に入れてしまう。


「これで毎日一緒に寝れるね♡」


「帰れ!!」


「えぇ~」


 全然帰る気配がない。

 むしろ楽しそうに猫耳をぴこぴこ動かしている。


「何に悩んでるの?♡」


「いちいち色っぽい声出すな!!」


「もぅ、連れないんだからぁ」


「そのノリで来られると余計に疲れるんだよ……」


 俺は深く深くため息をついた。


「はぁ……料理だよ」


「料理?」


「誰か代わってくれないかなって思ってる。こっちは材料もない、調味料もない、レパートリーもない。カブ炒めとスクランブルエッグだけで三日目だぞ。そりゃ飽きるだろ」


「ふーん」


 ミカサは意外と真面目な顔になった。


「じゃあ、募集出せば?」


「募集……」


 一瞬、思考が止まる。


「……あ」


 あ、じゃない。


 なんでそんな単純なことにも気づかなかったんだ俺は。


 料理ができる奴を募ればいい。

 買い出し担当を募ればいい。

 食堂の運営を分担すればいい。


 ギルドなんだから、最初からそうすればよかったのだ。


「……俺、アホか!!」


 思わず頭を抱える。


 するとミカサが、にまにまと笑いながら身を寄せてきた。


「もぅ♡ もりひとって、なんでも自分でやらなきゃって思いすぎなんだよぉ♡」


「その気色悪い声やめろ!!」


「気色悪いはひどくない!?」


「でも……そうか。募集か」


 俺はゆっくりと起き上がり、頭の中で必要なものを整理していく。


 料理担当。

 買い出し担当。

 できれば食材管理ができる奴。

 あと、調味料やレシピの知識がある奴も欲しい。


「ホールに募集掲示板でも立てるか……」


「お、いいじゃん!」


「ついでに、食堂当番表も作る。もう俺一人で回すのは無理だ」


「うんうん。それがいいよ」


 ミカサが珍しくまともにうなずく。


 俺は爪のメールボタンに触れながら、じわじわと現実的な解決策が見えてきたことに気づいた。


 全部を一人で抱え込む必要なんて、最初からなかったのだ。


 ギルドなんだから。

 仲間がいるんだから。


「……よし」


 少しだけ、胸のつかえが下りる。


「募集、かけるぞ」


「えらいえらい♡」


「だからその甘ったるい声をやめろって言ってんだろ!!」


 俺の怒鳴り声に、ミカサはけらけらと笑った。


 ……ったく。


 うざい。うざいが、少しだけ助かったのも事実だった。



◇◆◇◆◇◆◇



 それから俺は、大ホールの入口近くに募集掲示板を設置した。


 木製の大きな掲示板に、依頼、相談、募集、提案の四項目を分けて表示できるよう設定し、あわせてメールで全ギルド員に通知を飛ばす。


 ――今後、ギルド内の各種募集は、大ホールに設置した掲示板を利用すること。

 食堂当番、買い出し、生産職、修繕担当、その他提案もここへ。


「……よし、これで少しは回るだろ」


 俺が腕を組んで頷いた、その直後だった。


「あ?」


 ほんの少し目を離した隙に、掲示板の一番目立つ場所へ一枚の紙がぺたりと貼られていた。


 《モリヒトのマズイ飯脱却チャンス》


「おい」


 ぴくり、とこめかみが引きつる。


「これを書いたのがタナカだって、俺にはバレてるからな!!」


「えっ!?」


 少し離れた場所で、ピンクツインテールの小柄な少女――タナカが、びしっと肩を跳ねさせた。


「な、なんでぇ!?」


「イタズラ防止で、貼ったやつの名前見れるようにしたからな。ちなみに文字を作成したやつの記録も残る」


「こわ!? モリヒトこわ!? 監視社会!?!?」


「ギルド運営なめんな!!」


 タナカがわたわたと両手を振り回す。周囲からくすくすと笑いが漏れ、大ホールの空気が少しだけ明るくなる。


 ……まあ、こうやって騒げるなら、悪くない。


 そう思った時だった。


「料理人」


 低く、よく通る女の声がした。


「私がやってもいいだろうか?」


 その声に、俺は反射的に振り向く。


 そこに立っていたのは、一人の女だった。


 赤く長い、くせのある髪。光を受ければ、燃える火のようにも見える。瞳は深い紫。鋭い目つきと引き締まった立ち姿が、彼女をただ者ではないと物語っていた。


 身にまとっているのも、いかにも前線向きの軽装鎧だ。露出が多いわけではないのに、妙に威圧感がある。戦士。しかも、かなり場数を踏んでいるタイプの。


 大ホールのざわめきが、わずかに遠のく。


 周囲の視線が彼女に集まる中、俺だけは、別の意味で息を呑んでいた。


(……うそ、だろ)


 見間違えるはずがない。


 その声も、その目も、その立ち方も。


 俺は、彼女を知っている。


 いや――知っているなんてものじゃない。


 この女の名前を、俺は忘れたことがない。


「お前……」


 喉が、ひどく乾く。


 目の前の女は、まっすぐに俺を見返していた。


 そして俺は、ようやくその名を心の中で呼ぶ。


 ユークティア。

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