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神に選ばれしギルマスですが、メンタルがHPより先に削れます。~社畜リーマンの異世界再建譚~  作者: 無月公主


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6

 ギルドホールへ向かうと、さっきよりもさらに人が増えていた。


 見覚えのある顔があちこちにある。けれど、その空気は先ほどまでの賑やかさとは違っていた。


 重い。


 ひそひそとした小さな話し声。張りつめたような沈黙。

 そして、その中には、肩を震わせて泣いている者もいた。


「……何かあったのか?」


 俺が足を止めて尋ねると、近くにいたロレイナが静かに答えた。


「ええ……家族ともう会えないって、泣いている子がいてね。それを見て、他の子たちも少し……」


「……そうか」


 短く返しながら、俺はホールの中を見渡した。


 目を赤くしている者。俯いたまま黙り込んでいる者。

 泣いている本人を慰めようとして、逆に自分も泣きそうになっている者もいる。


 ……そりゃそうだ。


 俺にだって、嫁や子どもはいないけど、姉さんもいたし、母さんもいた。


 あの二人がどうなったのか、もう二度と知ることもできない。

 考えれば、胸が…いてぇ…。


 痛いし…悲しいし…こわいし…。

 正直、辛くないわけがない。


 でも…。


(だからって、ここで全員で沈んでも、どうにもならねぇ)


 今は、泣くなと切り捨てるのも違う。

 けれど、泣くだけで立ち止まるわけにもいかなかった。


 俺は一歩前に出て、ホール全体に届くように声を上げた。


「みんな、こんな時にすまない。でも、聞いてほしい」


 ざわついていた空気が、少しずつこちらへ向く。


 泣いていた子も、顔を上げた。

 俺はその全員を見渡してから、ゆっくりと言葉を続ける。


「……まず、はっきり言う。辛いのは分かる。俺だってそうだ。家族がいた奴も、恋人がいた奴も、友達がいた奴も……たぶん、今ここで何も感じてない奴のほうが少ない」


 そこで一度、言葉を切る。


「でも、今の俺たちは、生きてる」


 ホールがしんと静まった。


「この世界の仕組みも、地球がどう終わったのかも、正直まだよく分からねぇ。元に戻れるのかも分からねぇ。……でも少なくとも、俺たちはここで腹が減るし、疲れるし、寝る場所も必要だ」


 現実だ。

 認めたくなくても、これはもう、現実になってしまっている。


「だから、今からギルドの方針を決める」


 俺はそう言って、少し深く息をして、背筋を伸ばした。


「このギルド城は、これから生活拠点として使う」


 何人かが、息を呑んだのが分かった。


「一階ホールには食堂を増設した。住居区画も改装して、個室を大量に作った。全員分の最低限の部屋は確保してある。今日から使えるようにする」


 ざわ……と、小さく空気が動く。


「ただし、広い部屋には限りがある。そこは希望者を募って、あとで調整する。申請期限は一週間。メールでも送ってあるから確認してくれ」


 今度は、少しだけ安心したような空気が広がった。

 泣いていた者の中にも、戸惑いながら顔を上げる者がいる。


「あと、風呂は大浴場じゃなくて、各部屋に小型をつけた。共同生活で余計なトラブルは避けたいからな」


 その言葉に、何人かが「助かる……」と小さく呟いた。

 たぶん俺と同じことを考えた奴もいるだろう。見た目と中身の性別問題は、思った以上に深刻だ。


 俺はそのまま続ける。


「食料については、まずは街での買い出しで回す。ただ、外がどれだけ危険か分からない以上、今後は城の近くに農業スペースも作るつもりだ。外の世界は中世だ。食い物を全部外に頼るのは危ない」


「……そこまで考えてたのか」


 誰かがぽつりと漏らした。


「考えるしかねぇだろ。全員レベル1なんだぞ、俺たち」


 少しだけ苦笑いを混ぜて言うと、重かった空気がほんの少しだけ緩む。


「今はまだ、何が正解かなんて分からない。でも、少なくともこのギルドにいる限り、寝床と飯の心配は減らす。そのために俺は動く」


 そこまで言ってから、俺は少しだけ視線を落とした。


「……泣くな、とは言わない」


 自分でも意外なくらい、素直にその言葉が出た。


「家族を思って泣くのも、友達を思って沈むのも、当たり前だ。無理に切り替えろなんて言わねぇ。そんなの、無理な時は無理だからな」


 ホールの隅で泣いていた子が、ぎゅっと唇を噛んだ。


「でも」


 俺は顔を上げる。


「一人で抱え込むな。ここにいるのは、ただのゲーム仲間じゃない。今はもう、同じ場所で生きていく家族だ」


 声が、思ったより静かに響いた。


「泣きたいなら泣け。けど、腹が減ったら食堂に来い。困ったことがあるなら言え。部屋で一人になりたいなら、それもできるようにした。とにかく……一人で勝手に消えるのだけはやめろ。心配するからな」


 沈黙。


 それは気まずい沈黙じゃなかった。

 みんなが、ちゃんと聞いている沈黙だった。


 やがて、ミカサがぱん、と手を叩いた。


「はいはーい! 部屋の相談とか買い出し希望とか、あとでボクも聞くからねー!」


 少し明るい声が入ったことで、空気がわずかに和らぐ。


 エクボも前に出て、低い声で言った。


「ギルドとしての最低限の体制は、これから整える。問題があれば遠慮なく出せ。ただし、勝手な行動は控えろ。今は情報が少なすぎる」


 副ギルマスらしい、無駄のない言葉だった。


 その時だった。


「……モリヒトさん」


 おずおずと、泣いていた一人が口を開いた。

 まだ声は震えていたが、ちゃんと前を向いていた。


「……ありがとうございます」


 その一言をきっかけに、張り詰めていた空気が少しずつほどけていく。


「とりあえず、部屋見てみたいかも」

「食堂あるの助かる……」

「メール確認しとく」

「農業できるなら、ちょっと興味ある」


 小さな声が、少しずつ前向きなものに変わっていく。


 俺はそれを見て、胸の奥で固まっていたものが、ほんの少しだけ緩むのを感じた。


 たぶん、これで全部解決するわけじゃない。

 今日の夜、一人になってまた泣く奴もいるだろう。

 俺だって、たぶんそうだ。


 それでも。


 こうして、少しずつでも前に進むしかない。


「……よし」


 俺は大きく息を吐いた。


「じゃあまず、部屋の案内から始めるぞ。質問ある奴はまとめて来い。あと、泣いてた奴も遠慮すんな。優先して休めるようにする」


 そう言うと、ホールのあちこちから、少しだけ笑いが漏れた。


 その笑いに救われながら、俺は改めて思う。


 昔の俺なら、こういう空気の中心に立つのは苦手だった。会社では上から無茶を押しつけられ、下には気を遣い、板挟みのまま擦り減るだけだったからだ。管理だの統率だの、そんな言葉を聞くだけで胃がきりきりした。


 でも、ここは少し違う。


 目の前にいるのは、仕事だから付き合っている相手じゃない。利害だけで繋がった他人でもない。こいつらは、俺がゲームの中で知って、喧嘩して、笑って、長い時間を一緒に過ごしてきた仲間だ。


 もちろん、見た目はだいぶ変わった。いや、変わりすぎている奴もいる。猫耳少女になってるミカサとか、今見ても脳が混乱する。だが、それでも中身まで別人になったわけじゃない。騒がしくて、勝手で、でも肝心な時にはちゃんと支えてくれる連中だ。


 だからだろうか。


 この城を、ただの拠点じゃなく、みんなが少しでも安心できる場所にしたいと思ったのは。


 泣いている奴がいるなら休ませたい。腹を空かせている奴がいるなら食わせたい。先が見えなくて震えている奴がいるなら、せめて今日寝る場所くらいは用意したい。


 そんなことを考えている自分に、少しだけ驚く。


「……ま、やるしかねぇか」


 小さく呟くと、ミカサがすぐ隣で耳をぴくりと動かした。


「何か言った?」


「いや。ギルマス、やってくしかねぇなって。」


「ふふ。似合ってるよ、モリヒト」


「そうかよ」


 照れ隠しに視線を逸らすと、エクボが腕を組んだまま低く言った。


「最初から、そういう男だっただろう」


 その言葉に、俺は少しだけ目を見開く。


 そうだったのかもしれない。自分じゃ気づいていなかっただけで、俺は最初から、こうやって誰かの居場所を守りたかったのかもしれない。


 なら――今度こそ、ちゃんとやってやる。


 地球が終わろうが、世界が変わろうが、このギルドだけは潰さない。

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