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ギルドホールへ向かうと、さっきよりもさらに人が増えていた。
見覚えのある顔があちこちにある。けれど、その空気は先ほどまでの賑やかさとは違っていた。
重い。
ひそひそとした小さな話し声。張りつめたような沈黙。
そして、その中には、肩を震わせて泣いている者もいた。
「……何かあったのか?」
俺が足を止めて尋ねると、近くにいたロレイナが静かに答えた。
「ええ……家族ともう会えないって、泣いている子がいてね。それを見て、他の子たちも少し……」
「……そうか」
短く返しながら、俺はホールの中を見渡した。
目を赤くしている者。俯いたまま黙り込んでいる者。
泣いている本人を慰めようとして、逆に自分も泣きそうになっている者もいる。
……そりゃそうだ。
俺にだって、嫁や子どもはいないけど、姉さんもいたし、母さんもいた。
あの二人がどうなったのか、もう二度と知ることもできない。
考えれば、胸が…いてぇ…。
痛いし…悲しいし…こわいし…。
正直、辛くないわけがない。
でも…。
(だからって、ここで全員で沈んでも、どうにもならねぇ)
今は、泣くなと切り捨てるのも違う。
けれど、泣くだけで立ち止まるわけにもいかなかった。
俺は一歩前に出て、ホール全体に届くように声を上げた。
「みんな、こんな時にすまない。でも、聞いてほしい」
ざわついていた空気が、少しずつこちらへ向く。
泣いていた子も、顔を上げた。
俺はその全員を見渡してから、ゆっくりと言葉を続ける。
「……まず、はっきり言う。辛いのは分かる。俺だってそうだ。家族がいた奴も、恋人がいた奴も、友達がいた奴も……たぶん、今ここで何も感じてない奴のほうが少ない」
そこで一度、言葉を切る。
「でも、今の俺たちは、生きてる」
ホールがしんと静まった。
「この世界の仕組みも、地球がどう終わったのかも、正直まだよく分からねぇ。元に戻れるのかも分からねぇ。……でも少なくとも、俺たちはここで腹が減るし、疲れるし、寝る場所も必要だ」
現実だ。
認めたくなくても、これはもう、現実になってしまっている。
「だから、今からギルドの方針を決める」
俺はそう言って、少し深く息をして、背筋を伸ばした。
「このギルド城は、これから生活拠点として使う」
何人かが、息を呑んだのが分かった。
「一階ホールには食堂を増設した。住居区画も改装して、個室を大量に作った。全員分の最低限の部屋は確保してある。今日から使えるようにする」
ざわ……と、小さく空気が動く。
「ただし、広い部屋には限りがある。そこは希望者を募って、あとで調整する。申請期限は一週間。メールでも送ってあるから確認してくれ」
今度は、少しだけ安心したような空気が広がった。
泣いていた者の中にも、戸惑いながら顔を上げる者がいる。
「あと、風呂は大浴場じゃなくて、各部屋に小型をつけた。共同生活で余計なトラブルは避けたいからな」
その言葉に、何人かが「助かる……」と小さく呟いた。
たぶん俺と同じことを考えた奴もいるだろう。見た目と中身の性別問題は、思った以上に深刻だ。
俺はそのまま続ける。
「食料については、まずは街での買い出しで回す。ただ、外がどれだけ危険か分からない以上、今後は城の近くに農業スペースも作るつもりだ。外の世界は中世だ。食い物を全部外に頼るのは危ない」
「……そこまで考えてたのか」
誰かがぽつりと漏らした。
「考えるしかねぇだろ。全員レベル1なんだぞ、俺たち」
少しだけ苦笑いを混ぜて言うと、重かった空気がほんの少しだけ緩む。
「今はまだ、何が正解かなんて分からない。でも、少なくともこのギルドにいる限り、寝床と飯の心配は減らす。そのために俺は動く」
そこまで言ってから、俺は少しだけ視線を落とした。
「……泣くな、とは言わない」
自分でも意外なくらい、素直にその言葉が出た。
「家族を思って泣くのも、友達を思って沈むのも、当たり前だ。無理に切り替えろなんて言わねぇ。そんなの、無理な時は無理だからな」
ホールの隅で泣いていた子が、ぎゅっと唇を噛んだ。
「でも」
俺は顔を上げる。
「一人で抱え込むな。ここにいるのは、ただのゲーム仲間じゃない。今はもう、同じ場所で生きていく家族だ」
声が、思ったより静かに響いた。
「泣きたいなら泣け。けど、腹が減ったら食堂に来い。困ったことがあるなら言え。部屋で一人になりたいなら、それもできるようにした。とにかく……一人で勝手に消えるのだけはやめろ。心配するからな」
沈黙。
それは気まずい沈黙じゃなかった。
みんなが、ちゃんと聞いている沈黙だった。
やがて、ミカサがぱん、と手を叩いた。
「はいはーい! 部屋の相談とか買い出し希望とか、あとでボクも聞くからねー!」
少し明るい声が入ったことで、空気がわずかに和らぐ。
エクボも前に出て、低い声で言った。
「ギルドとしての最低限の体制は、これから整える。問題があれば遠慮なく出せ。ただし、勝手な行動は控えろ。今は情報が少なすぎる」
副ギルマスらしい、無駄のない言葉だった。
その時だった。
「……モリヒトさん」
おずおずと、泣いていた一人が口を開いた。
まだ声は震えていたが、ちゃんと前を向いていた。
「……ありがとうございます」
その一言をきっかけに、張り詰めていた空気が少しずつほどけていく。
「とりあえず、部屋見てみたいかも」
「食堂あるの助かる……」
「メール確認しとく」
「農業できるなら、ちょっと興味ある」
小さな声が、少しずつ前向きなものに変わっていく。
俺はそれを見て、胸の奥で固まっていたものが、ほんの少しだけ緩むのを感じた。
たぶん、これで全部解決するわけじゃない。
今日の夜、一人になってまた泣く奴もいるだろう。
俺だって、たぶんそうだ。
それでも。
こうして、少しずつでも前に進むしかない。
「……よし」
俺は大きく息を吐いた。
「じゃあまず、部屋の案内から始めるぞ。質問ある奴はまとめて来い。あと、泣いてた奴も遠慮すんな。優先して休めるようにする」
そう言うと、ホールのあちこちから、少しだけ笑いが漏れた。
その笑いに救われながら、俺は改めて思う。
昔の俺なら、こういう空気の中心に立つのは苦手だった。会社では上から無茶を押しつけられ、下には気を遣い、板挟みのまま擦り減るだけだったからだ。管理だの統率だの、そんな言葉を聞くだけで胃がきりきりした。
でも、ここは少し違う。
目の前にいるのは、仕事だから付き合っている相手じゃない。利害だけで繋がった他人でもない。こいつらは、俺がゲームの中で知って、喧嘩して、笑って、長い時間を一緒に過ごしてきた仲間だ。
もちろん、見た目はだいぶ変わった。いや、変わりすぎている奴もいる。猫耳少女になってるミカサとか、今見ても脳が混乱する。だが、それでも中身まで別人になったわけじゃない。騒がしくて、勝手で、でも肝心な時にはちゃんと支えてくれる連中だ。
だからだろうか。
この城を、ただの拠点じゃなく、みんなが少しでも安心できる場所にしたいと思ったのは。
泣いている奴がいるなら休ませたい。腹を空かせている奴がいるなら食わせたい。先が見えなくて震えている奴がいるなら、せめて今日寝る場所くらいは用意したい。
そんなことを考えている自分に、少しだけ驚く。
「……ま、やるしかねぇか」
小さく呟くと、ミカサがすぐ隣で耳をぴくりと動かした。
「何か言った?」
「いや。ギルマス、やってくしかねぇなって。」
「ふふ。似合ってるよ、モリヒト」
「そうかよ」
照れ隠しに視線を逸らすと、エクボが腕を組んだまま低く言った。
「最初から、そういう男だっただろう」
その言葉に、俺は少しだけ目を見開く。
そうだったのかもしれない。自分じゃ気づいていなかっただけで、俺は最初から、こうやって誰かの居場所を守りたかったのかもしれない。
なら――今度こそ、ちゃんとやってやる。
地球が終わろうが、世界が変わろうが、このギルドだけは潰さない。




