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神に選ばれしギルマスですが、メンタルがHPより先に削れます。~社畜リーマンの異世界再建譚~  作者: 無月公主


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 俺達はそのあともしばらく、管理ルームでそろって頭を抱えていた。


 目の前には、淡い光を放つ城内の立体図。操作盤に指を滑らせるたび、廊下が伸び、壁が消え、部屋の形が組み替わっていく。ゲームの頃なら、こういう作業は楽しかった。見た目重視で派手に盛って、細かい不便なんて気にもせず、勢いだけで決めてもどうにかなったからだ。


 だが今は違う。


 風呂、部屋、食堂、生活導線。

 人が本当に暮らす場所として考えた瞬間、それまで軽く見えていた項目が急に現実の重みを持って迫ってくる。どれか一つ雑に決めれば、あとで必ず誰かが困る。しかも、その「誰か」は大体ギルドマスターである俺のところに文句を持ってくる未来が見えていた。


「……で、風呂はどうするんだ?」


 腕を組んだまま、エクボが低い声で言った。


 俺は操作盤の前で唸る。


「それを考えてんだよ。大浴場を作るのは簡単なんだけどな……」


「だよねぇ」


 ミカサが椅子の背にもたれながら、いかにも楽しそうに口元をゆるめる。嫌な予感がした。こういう顔をしてる時のこいつは、ろくなことを言わない。


 案の定、次の瞬間。


「モリヒトと混浴なら、ボク……いいよ?」


「何がだ?」


 反射で真顔になった俺に、エクボが横から大真面目な顔でぼそりと呟いた。


「ナニだろうな」


「お前まで乗るな」


「いや、事実確認だ」


「いらねぇよそんな確認!!」


 思わず額を押さえる。だめだ。この二人と話していると、議題がものすごい勢いで明後日の方向へ飛んでいく。


 ミカサはきょとんと首をかしげた。


「え、でも大浴場って便利じゃない?」


「便利かどうかの話じゃねぇんだよ。だめだだめだだめだ。水着着用にしたって事故る未来しか見えん」


「事故って?」 


「精神的な意味でだよ!!」


 今のギルドを思い浮かべる。見た目は可愛い猫耳娘、中身は男。妙に色気のある外見のやつ。正統派美少女そのもののやつ。逆にやたらガタイのいい奴までいる。そんな連中が一つの風呂に集まったら、絶対に何かが起きる。起きなくても、誰かが余計なことを言って揉める。揉め事は最終的に俺の胃に来る。


 つまり却下だ。


「……なら、個室ごとに風呂をつけるしかないな」


 エクボの一言に、俺は深くうなずいた。


「ああ、それが一番安全だろうな」


 俺は改装画面を開き、住居区画の設定を再調整していく。共用の大浴場予定地を削除。そのぶん、各部屋に小型の浴室とトイレ、簡易洗面台を追加した。ホログラムの中で、豪奢な客室案が次々と簡素な生活空間へと変わっていく。


 結果として、城らしい贅沢さはだいぶ薄れた。天蓋付きの寝台や無駄に広い応接間は消え、代わりに置かれたのは必要最低限の家具だ。どちらかといえば学生向けの寮や、設備のいいワンルームに近い。


「……まあ、上出来か」


 完成予想図を見て、小さく息をつくと、エクボも短く言った。


「だいぶ現実的になったな」


「お城っていうより、寮っぽくなったけどねぇ」


 ミカサがくすくす笑う。


「住めりゃいいんだよ。見栄えより安全性だ」


 そう返しつつ、俺は次の項目へ視線を移した。


「……あとは部屋割りだなぁ」


 ワンルーム型の部屋は大量に作った。今いる人数分以上はある。だが、誰がどこを使うかは決めなければならないし、不公平感が出ると面倒だ。


「広い部屋がいいって人もいるだろうしね。役職持ちとか、生産職で荷物が多い人とか」


 ミカサの言葉に、俺はうなずく。


「ああ。だから、今日から使えないことには意味がない。基本は小部屋を全員に割り振る。広い部屋が欲しい奴は一週間以内に申請、それで調整するか」


 小指でメールボタンを押し、メッセージ作成画面を開く。件名は【住居区画の使用について】。本文には、仮部屋の利用開始、広い部屋の申請期限、今後の家賃設定の予定、共有設備の使用ルールまで書き込んでいく。


 ゲーム時代なら一言「各自よろしく」で済んだ。けれど現実では、そういう雑さが後々火種になる。読んでませんでした、知りませんでした、聞いてませんでした。そう言われる前に、先に全部文字で残しておくのが一番だ。


「……よし、と」


 送信を終えた俺は、肩を回して次の課題を口にした。


「あと問題は食堂か」


「料理スキルって、今どうなってるんだろうね」


 ミカサに言われ、俺は改めて自分のステータスを開いた。戦闘系、生産系、補助系。見慣れたスキル一覧が並ぶ。だが、その数字を見た瞬間、思わず顔をしかめた。


「……全部レベル1か」


 料理スキル、採集スキル、筆記スキル、言語スキル。種類そのものは残っているのに、数値は見事なまでに最低値。積み上げたはずの便利さが、現実化と同時にリセットされたらしい。


「地道に上げていくしかないな」


「食料は街で買えばいいんじゃない?」


「それがな……」


 そこで俺は、ふと自分でも嫌になる事実を思い出した。


「……俺、最初の森、まだ抜けてねぇわ」


「え?」


「スタート地点が森のど真ん中だったんだよ。あそこから逃げるように走って、神の使いに追いつかれて、そのままワープしてきただけだ。つまり俺、まだ街までの道知らねぇ」


「あー……」


 ミカサが納得したように間の抜けた声を漏らす。自分で言っていても情けない。ギルマスなのに、最寄りの町へ行く道すら分からないとかどうなんだ。


 するとミカサが軽い調子で手を挙げた。


「それなら、ボクが買ってくるよ」


「お前が?」


「うん。ボク、メルグレシアン王国スタートだったから。もう街には入ってるし、商店の場所もだいたい分かるよ」


「……そうか。それは助かるな」


 正直、かなり助かる。今の俺が外へ出たら、買い出しどころか迷子になって帰れなくなる自信がある。


「じゃあ金を渡すよ。必要な分――」


「えぇ~、いいよ別に」


「いや、よくねぇよ。立て替えさせるわけにいくか」


 俺がきっぱり返すと、ミカサは少しだけ目を丸くして、それからふっと笑った。


「ほんと、そういうとこだよねぇ」


「何がだ」


「ちゃんとしてるとこ」


「褒めてるなら素直に受け取っとけ」


 軽口を返しながらも、頭の中では次の段取りを組み立てていた。食料調達、備蓄、調理担当、配給方法。そこまで考えたところで、さらに別の問題が浮かぶ。


「……いや、待て。農業スペースも作っておいた方がいいな」


「買えばいいじゃん」とミカサが言う。


「今はな。でも、この先ずっと外から買える保証はないだろ」


「うーん……農業スキル持ちもいるしね。でも、それこそ外で土地を買って、好きにやってもらえばよくない?」


「それも考えた。でもな」


 俺は城内ホログラムを見つめながら、ゆっくり言った。


「よく考えてみろ。ギルド城って、少なくとも今は安全地帯だ」


「……うん」


「けど外は違う。国同士の戦争とか、領地争いとか、もう始まっててもおかしくない」


 そこでミカサがぱっと目を見開いた。


「あー! それ、あるかも! メルグレシアン王国で、兵士募集の張り紙見たよ!」


「やっぱりか……」


 嫌な予感が、確信に変わる。この世界は“ゲーム”だった頃から国家間の関係がきな臭かった。それが現実になったなら、平和なままでいる保証なんてどこにもない。


「なら、なおさら城内か、せめて城の隣接地に農業区画を作るべきだな」


「安全地帯の中で回せるように?」


「ああ。食料を自給できれば強い。全部は無理でも、多少あるだけで全然違う。それに農業やりたい奴が出るかもしれないしな」


「たしかに」


「もちろん、収穫物は全部個人のものってわけにはいかないけどな。何割かはギルドに納めてもらう形で調整する」


「うん、それなら納得する人も多そう」


 横で黙って聞いていたエクボも、低く言った。


「悪くない。食料の確保は最優先だ」


「だよな……」


 ようやく一息つく。やることは多い。いや、多すぎる。城を住める形に整えて、部屋を割り振って、ルールを作って、食料の道筋を立てて、外の情勢まで警戒しなきゃならない。ギルド運営って、もっと楽しい部分だけ切り取られてるもんだと思ってた。


「……そろそろホールに戻って、今いる連中にも共有した方がいいか」


「そうだね。あとで“聞いてない”とか言われたら面倒だし」


「その面倒を避けるために、今から行くんだよ……」


 げんなりしながら言うと、ミカサがくすっと笑う。エクボはもう先に扉の方へ向かっていた。


「行くぞ、ギルマス」


「お前、その呼び方だけは妙に重いな……」


 ぼやきつつ、俺も管理ルームを後にする。


 重厚な黒石の壁に、白金の装飾が走る廊下。高い天井に灯る照明が、床に刻まれた紋章を淡く照らしていた。ここは確かに、俺達のギルド城だ。見た目だけなら、昔憧れた“最強ギルドの本拠地”そのものだろう。


 だけど中でやっていることは、風呂の仕様確認に部屋割り、農地確保の相談である。夢があるのかないのか分からない。


 それでも、不思議と嫌じゃなかった。


 たぶん一人じゃないからだ。ミカサがいて、エクボがいて、ホールにはあの騒がしい連中が待っている。問題は山ほどある。頭も痛い。胃もそのうち危ない。けれど、全部を投げ出したいとは思わなかった。


 むしろ――なんとかしてやるか、と思えた。


 俺は小さく息を吐いて、扉の向こうへ足を踏み出す。


 この城を、本当に人が生きていける場所にするために、今はもう、立ち止まっている暇はなかった。

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