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管理ルームの中は、昔のままだった。
何度も見慣れた、レトロなコントロールパネル風の操作盤。半透明の光で浮かぶ城内マップ。右側には、施設拡張の候補一覧が縦に並び、見覚えのあるアイコンが整然と瞬いている。ゲームの中で、何度この画面を開いただろう。攻略の合間に設備を増やし、効率だけを求めて拠点を整えていた頃の記憶が、胸の奥からじわりと浮かび上がってきた。
「……懐かしいな」
モリヒトは小さく呟き、指先で操作盤をなぞった。
改装費用を確認する。表示は記憶通り、一か所につきおよそ二千万ギル。今の個人資金なら問題なく払える額だった。少なくとも、一つ二つの改装で詰むことはない。
「最初は……一階のホールだな」
今のホールは広いだけで、あまりにも殺風景だった。攻略拠点としてならそれでもよかったが、今は違う。ここはもう、一時的な集合場所ではない。全員レベル一で、地球にも帰れない以上、これから先はここで生活していくことになる。必要なのは見栄えではなく、暮らせる環境だ。
「……食堂、追加で」
決定ボタンに触れた、その瞬間だった。
「……ん?」
モリヒトの眉がぴくりと動く。
「どうしたの、モリヒト?」
隣で画面をのぞき込んでいたミカサが、不思議そうに首を傾げた。腕にぴたりとくっついたままの距離感はいつも通りだが、今はそれを気にする余裕がない。
「いや……改装したのに、所持金が減ってない」
「え?」
おかしい。確かに改装は反映されているのに、支払いだけが発生していない。
胸の奥に妙なざわつきを覚えながら、モリヒトはギルド資金の表示を開いた。
そこに並んでいた数字を見て、言葉が止まる。
――680,000,000G
「……は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
さっきまで、ギルド資金はたったの百五十九ギルだったはずだ。それがいつの間にか、六億八千万ギルになっている。桁を見間違えたのかと思って何度見直しても、表示は変わらない。
「おいおいおい……まさか……」
震える指で、自動日誌を開く。
そこには、寄付記録がずらりと並んでいた。
《ミカサ様が二千万ギルを寄付しました》
《エクボ様が二千万ギルを寄付しました》
《タナカ様が二千万ギルを寄付しました》
《キクチ様が二千万ギルを寄付しました》
《ロレイナ様が二千万ギルを寄付しました》
《ユッキー様が二千万ギルを寄付しました》
《エゾシー様が二千万ギルを寄付しました》
その先にも、まだ名前は続いている。
ホールにいた全員が、黙って自分の資金からギルドへ寄付していたのだ。しかも、示し合わせたように一人二千万ギルずつ。
「……まじかよ、あいつら」
改装費用が心配で、自分だけでどうにかしようとしていた。その考えを見透かしたみたいに、仲間たちは先回りして支える選択をしていたらしい。
「……まったく、お前らは……」
呆れたように息をつきながらも、口元がゆるむのを止められなかった。
ミカサはそんなモリヒトの横顔を見て、ふっとやわらかく笑った。少し離れた場所で腕を組んでいたエクボも、いつもの皮肉っぽさを引っ込めた顔で肩をすくめる。
「よかったじゃねえか。お前、一人で背負い込む気満々だったろ」
「うるせぇ。ちょっとだけだ」
「ちょっと、で済む顔してなかったが?」
エクボの言葉に、ミカサがくすりと笑う。
モリヒトは鼻を鳴らして画面に向き直った。
「……よし。感動してる場合じゃねぇな」
ここはもう、単なる攻略拠点じゃない。地球が終わった以上、俺たちはこの城で暮らしていく。なら必要なのは、豪華な城じゃない。住める城だ。
「まず、必要なものから片づけるぞ」
「たとえば?」
「食堂、浴場、洗濯設備、個室の増設、共有スペースの整備。あと移動効率を考えて、ワープエレベーターも設置だな」
「そんなのまであったんだ?いつもはマップで選んだら飛べたからわからなかった!」
「確かに。ゲーム時代は要らなかった機能だな。」
モリヒトは操作盤に手を走らせた。
一階ホールには長机と椅子を備えた食堂を追加。奥には厨房を拡張し、簡易調理設備と保存庫を設置する。低レベル帯でも扱える食材を長持ちさせるため、冷却魔導棚も組み込んだ。
続いて空き区画を住居スペースへ変更する。大部屋の雑魚寝では、疲れも抜けないし、生活の摩擦も増える。仕切りではなく、扉つきの個室を並べる形に設定した。
「個室まで作るの?」
「当たり前だろ。プライベート空間ゼロの共同生活なんて、三日で崩壊する」
「わぁ、説得力」
「ブラック企業勤めをなめるな」
真顔で返しながら、さらに条件を詰めていく。
部屋の広さは小・中・大の三段階。基本は全員に小部屋を無償提供。中部屋以上は倉庫利用や事情がある者だけ要相談。大部屋には維持費も設定する。
「家賃とるんだ……」
「だからこそだ。身内だからって全部あいまいにすると、あとで絶対もめる。最初にルールを決めるのが大事なんだよ」
その声は、妙に現実味があった。たぶん会社でもゲームでも、似たような火種を何度も見てきたのだろう。エクボが横からぼそりと呟く。
「こういう時のお前、無駄に頼もしいよな」
「“こういう時だけ”みたいに言うな…胃がいてぇよ。」
ミカサが吹き出し、管理ルームの空気が少しだけ軽くなる。
改装後のホログラムが、次々と更新されていった。殺風景だったホールに食堂が生まれ、住居区画には整然と個室が並ぶ。中央塔には青白い光を帯びたワープエレベーターが追加され、城全体が“生活の場”として輪郭を持ち始めていた。
「……すげぇ」
思わず、モリヒトはそう漏らした。
攻略のためでも、ランキングのためでもない。みんなが休めるように。飯を食って、風呂に入って、眠って、また明日を始められるように。そのための改装だった。
「モリヒト」
「ん?」
「なんか、ほんとに……またギルドが始まるんだね」
ミカサの言葉に、モリヒトの手が止まる。
また始まる。
終わったんじゃない。地球は終わったらしいが、少なくとも俺たちのギルドは、ここからもう一度始められる。
「……そうだな。今度は遊ぶための城じゃなくて、生きるための城だ」
「かっこいー」
「うるせぇ」
照れ隠しに次の画面を開いた、その時だった。
「……よし。次は風呂だ」
「おおー!」
「男湯と女湯、どう分けるの?」
ミカサの無邪気な一言で、モリヒトの手がぴたりと止まる。
「……あー」
「どうした?」
エクボが怪訝そうに眉を上げる。
モリヒトはこめかみを押さえた。
「いや……このギルド、見た目と中身の性別が一致してないやつ、多すぎるなって……」
一瞬の間。
それから、ミカサとエクボの表情がそろって固まった。
「あっ」
三人の声が、見事なくらい重なる。
仲間の居場所は作れそうだ。だが、平穏な共同生活への道のりは、どうやら最初から思った以上に険しいらしい。
――やっぱり、前途多難だった。




