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ホールに戻ると、さっきよりも人が増えていた。
ロレイナが椅子に腰をかけ、タナカはテーブルの上で足をぶらつかせながらポーションのラベルを眺めている。アズマは壁によりかかりつつ、何やら黒革の手帳に書き込んでいて、キクチは持ち前の軽さで誰かと肩を組んで談笑していた。
まるで、何もかもがゲーム時代のまま――そんな錯覚を覚えるほど、自然な空間だった。
俺は一つ、深く息を吸い込み、声を上げる。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
ざわめきが止まり、全員の視線がこちらへと向けられる。
一呼吸おいて、俺は正面から宣言した。
「ギルド倉庫に残ってた金を、一旦みんなに分配しようと思う」
その瞬間。
――空気が止まった。
誰も何も言わない。
目線がわずかに泳ぎ、ロレイナとエクボがちらりと視線を交わす。キクチが口を開きかけて、すぐに閉じた。
(……ん?)
(なんだこの反応。もしかして……嫌なのか?)
思わず背筋に冷たい汗が滲む。
(まぁ、そうだよな……)
思い返せば、このギルド資金は、メンバーの善意の塊だった。
課金アイテムを売ってまで資金を提供してくれた奴もいたし、エクボに至っては俺が長らくログインできなかった間、ギルマス代行として実質的にこのギルドを回してくれていた。
そんな中――ぽっと帰ってきた俺が「金、みんなに分けるぞ」と言い出せば。
そりゃ、誰だって警戒する。
そんな不安が膨らみかけた、その時だった。
「……モリヒト」
落ち着いた、低い声。
エクボだ。
「お前、その金……一人で使わないのか?」
「は? 使うわけないだろ」
即答だった。
「これは……みんなで貯めた金だぜ? 当たり前じゃん。俺が独り占めとか、あるわけない」
言い切った瞬間――
「あ~~~ん♡ 好き好きモリヒトぉ~~~♡♡」
――ドンッ!!
何かが飛び込んできて、胸に豊満な何かが押し付けられる。
「ぬおぉっ!?」
衝撃でのけぞる。反射的に距離を取ろうとしたが、すでにしがみつかれていた。いつものミサカである。
「いえーい!」
「もりひと最高ー!」
「っしゃ!勝った!!」
「だから俺は分配派だって言っただろ!? 俺の勝ちだ!!」
ホール内が一気に沸いた。ハイタッチを交わす者、机をドンッと叩いて笑う者、「流石モリヒト!」と口々に叫ぶ者まで現れる。
「……な、なんだ、なんだ?」
俺がぽかんとする中、アズマが壁にもたれたまま、にやにやしながら手をひらひらさせた。
「いやぁ、悪い。ちょっとした賭けをしてたんだよ」
「……賭け?」
「モリヒトが、ギルド資金を独り占めするか、みんなに分けるか。二択だったんだ」
「おいおいおい……!」
どう反応すれば正解だ、これ。
「いやさ、さっきフレンドから連絡があってな」
キクチが片手を上げて補足する。
「ギルド《SSS・サーガ》のギルマス、レッカが――ギルド資金独り占めしたうえで、ギル員全員追放して、今ギルド城に引きこもってるって話があってよ」
「うわ……」
顔をしかめずにはいられなかった。
「人間、金が絡むと本性出るっていうけど……」
「そう。だから全員、ちょっとだけ疑ってたの。モリヒト、お前がどう出るか」
タナカが無邪気に足をぶらつかせながら言う。
その目に悪気は一切ない。それだけに、胸にくる。
「……お前らなぁ」
情けなさと、苦笑いと、でも少しだけ誇らしさが混じる感情が胸を突く。
そんな中、ぽつりと――エクボが呟いた。
「だが……よかった」
「……え?」
「俺は信じてたがな。お前はそんな奴じゃないからな」
エクボのぼそりとした言葉が、心臓の奥にまっすぐ届く。
胸が、きゅっと締めつけられる。
「エクボ……」
顔を逸らしながらも、静かに信頼を告げてくれた副ギルマスは、短く言い放つ。
「じゃ、あとは任せた。俺はレベリングに行ってくる」
さっさと踵を返して、ホールの出口に向かって歩き始めた。
……って、はやっ!
「……って、おいコラ待てコラァ!! エクボぉ!! この野郎!! 分配なしにするぞコラァ!!」
勢いよく叫ぶ俺の声に、ぴたりと足が止まる。
エクボはゆっくりと踵を返し、無表情のまま戻ってくると、一言だけ。
「……冗談だ」
「いや絶対本気だっただろ今の!」
思わず肩を怒らせて詰め寄ると、エクボは動じることなくうなずいた。
(この野郎……まったく顔に出ねぇ……)
頭を抱えながら、俺は手元に視線を戻す。
「じゃ、分配すっぞー」
爪に浮かぶ小指の“メール”アイコンをタップ。
ゲーム仕様どおりなら、ギルドマスターの権限でメンバー全員への一斉送信が可能なはずだ。
件名:【資金分配のお知らせ】
本文:ギルド再始動にあたり、ギルド倉庫資金の一部を全員に配布します。各自確認を。
―ギルマス・モリヒト
送信前に、念のためギルドメンバーリストと加入履歴を確認する。
(よし、現時点で新規加入者なし。自動日誌も異常なしっと)
一斉送信ボタンをタップ。
――ピコンッ。
ウィンドウが光り、各メンバーの画面に通知が飛ぶ。
「おおっ、来た来たー!」
「マジか! 本当に分配された!」
「ありがてぇ……!」
「モリヒト、マジ天使」
「そのまま嫁に来い」←誰だてめぇ
ホールの中は一気にお祭り騒ぎになった。笑い声、歓声、バカ騒ぎが飛び交う。
(……これでいい。これで、ちゃんと“ギルド”は始められる)
俺は少しだけ笑みを浮かべながら、資金一覧のウィンドウに目をやった。
【ギルド資金:159ギル】
(……見事なスッカラカンだな)
どこか清々しくなって、ふっと息を吐く。
その時、すっと俺の横に影が立った。
「モリヒト、これからどうするの?」
ミサカだった。いつの間にかぴたりと俺の隣に立っていて、猫耳がぴこぴこと揺れている。
「うーん。ギルド城の改装っすかな。ここで生活するなら、ちゃんと住めるようにしておかねーとな」
「でも、お金かかるよ?」
「……あぁ。それは俺の金でやるよ」
その答えに、ミサカはぱちりと瞬きをし――ふわりと微笑んだ。
まるで、“お前のそういうところが好き”とでも言いたげに。
「……なんだよその顔」
「別に~」
にやにやと笑いながら、ミサカは俺の腕にしがみついてくる。
胸の感触があたたかい……が、こいつ中身が男だってのを俺は知っている。
いやほんと、色々と複雑だな。
そのまま、俺たちは背後からついてくるエクボと一緒に、ギルド管理ルームへと向かった。




