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「で? そのギルドホールとやらには、どうやって行くんだ?」
俺は眉をひそめながら、頭上をぷかぷか浮遊するピンクゼリー――自称・神の使いを見る。
「そのステータス画面の、右下にあるギルドマークを押すのら!」
「また爪か……」
画面右下には確かに、見慣れたギルドマークのアイコンが浮かんでいる。
「……押すぞ?」
「おすのら!」
ピッと触れた瞬間、視界が一気に白く染まった。
「うおっ……!?」
重力が抜け、地面との接地感が消える。視界がぐにゃりと波打ち、空間そのものが歪んでいく感覚に、思わず叫びそうになる。
「なななな、なにがどうなってっ……!?」
「落ち着くのら~! これは“ワープ”なのら~!」
うるせぇ!! そういうのは先に言えや!!
目をきつく閉じ、足元の感覚を必死に保とうと踏ん張る。十秒も経っただろうか、ふっと地面に足が着いた気配があった。
恐る恐る目を開ける。
「……っ!?」
そこにあったのは、見間違えようのない建物だった。
――俺のギルド城だ。
重厚な黒石の壁に、白金の装飾が施された高い塔。鋭く天を貫くような尖塔と、堂々たる主城。玄関前の石畳には、ギルド創設時に全メンバーで刻んだ紋章が、今も輝きを失わず刻まれている。
「俺の……城……っ!!」
言葉が漏れる。思わず涙が出そうになる。
これを作るために、どれだけの資金を稼いだか。どれだけ戦い、交渉し、裏切りに耐え、何度ギルチャで泣いたことか。
現実の俺の住処は、隣のいびきが壁越しに聞こえるボロアパートだった。でも、この城だけは違った。
ここは、間違いなく――俺の“努力の結晶”だった。
ゆっくりと扉に近づき、震える手でそれに触れる。
ぎぃ……っ。
重厚な音とともに扉が開いた、その瞬間――
「モリヒト~~~!!待ってたよ~~!!」
「ぐぉっ!?」
ふわりと、柔らかい何かが俺に飛びついてきた。
反射的にバランスを崩しそうになるが、ぐっと踏みとどまる。だが、胸元に押しつけられたのは……柔らかくて、あたたかくて、生々しい感触……!
「お……お前まさか……ミカサか!?」
俺の胸にしがみついていたのは――褐色の肌に、オレンジ色の髪。そしてぴょこんと立った猫耳が揺れる、琥珀色の瞳の少女。
ミカサだ。ギルド創設初期からずっと俺を支えてくれた、第一号の加入メンバー。
「あったり~! もりひと~! こわかったよぉ~!」
泣きべそをかきながら頬をすり寄せてくる。
「ほんとに怖かったのか……? 俺なんて、地球が終わった記憶すらねぇんだが……」
困惑の声を漏らす俺の背後から、低く重たい声が響いた。
「……来たか、モリヒト」
「っ!」
振り返る。そこに立っていたのは、焦げたような褐色の肌に、鋼のような青髪を刈り上げた男。目つきは鋭く、表情はほぼ皆無。
「……エクボ……!? 久しぶり……だな」
「あぁ。お前が来るのを待っていた」
副ギルマス、エクボ。
俺が最も信頼していた男だ。ぶっきらぼうだが、誰よりもギルドを支えてくれていた。
(……やっぱり、本当に……みんな)
信じられない思いで周囲を見回す。
すると――
「ロレイナ!」
「キクチ!」
「アズマ!」
「タナカ……!」
懐かしき仲間たちが次々と姿を現す。
◆ロレイナ。金髪ロングの美麗エルフ。ヒーラー担当。ゲーム内では“姫”と呼ばれていたが、現実では中年のおっさん。
◆キクチ。赤髪ウルフヘアのチャラ男。実は面倒見がよく、火力職の最前線を張るアタッカー。
◆アズマ。黒髪ポニテのラバースーツ姿。見た目セクシーな美女だが、なぜか今は性別が“男”になっていて、通称“漆黒の不審者”。
◆タナカ。ピンクのツインテールに小柄な体型。まるでアイドルのようだが、火力職最強の爆裂魔法使い。
「……全員、そろってるのか?」
「いや、まだだ。ギルド城より、先にレベリングを始めてる者もいるようだ」とエクボ。
「あぁ……そうか、レベリングな……。お前らは?」
「モリヒトを待ってたに決まってんじゃん!!」とミサカが勢いよく胸を押しつけてくる。
(いや、コイツ中身は男なの知ってるんだけどな……)
「モリヒト!」
「モリヒト!」
「モリヒト!!」
あちこちから名前を呼ばれる。懐かしさで胸が熱くなる。が――
「ギルド倉庫の金庫、開けていい?」
「………み、みんな?」
「いやー、性別変更代がまだ足りなくてさ~」
「俺、初心者武器だけでも欲しくて~」
「私は純粋にモリヒトを待ってたんだよ?」とミカサが胸を押し当ててくる。が、俺は知っている。その“中身”は野太い声の野郎だと。
(……性別、アバターのままなのか。何人男が女になってるんだこれ)
俺は顔をしかめ、こめかみを押さえながら小さく溜息をついた。
「……いいのか、それでお前ら……」
誰に向けるでもなくそう呟きながら、ギルドホールの奥――倉庫へと足を向ける。
重厚な扉に手をかけ、ぎい、と音を立てて開くと、そこに広がっていたのは見慣れた――いや、懐かしすぎる――景色だった。
床一面に刻まれた巨大な魔法陣。その中心には半透明の球体モニターが浮かび、そこから幾重ものウィンドウがぱぱっと展開される。視界の隅には、アイテム一覧、資金管理、メンバーアクセス記録、納品ログなど、ゲーム時代そのままのUIが表示されていた。
「……そうか、ここもゲーム通りか」
胸の奥がじわりと熱くなる。
まるで、帰ってきたような気分だ。
とはいえ、感傷に浸ってばかりもいられない。今の俺はレベル1。初心者と大差ない状態で、まともにモンスターと戦える保証すらない。
「で、アイテムは……」
恐る恐る、インベントリウィンドウを開く。
正直、空っぽでも文句は言えない。最悪、城だけが残ってるパターンも覚悟していた。
――が。
「……うおっ、マジか」
目を疑った。
倉庫内の資産欄には、燦然と輝く金額が表示されている。
“100,000,000,000 G(100億ギル)”
思わず、指が震えた。
(……残ってたのか。まじかよ……)
装備や消耗品も一通り残されている。課金アイテムこそ未使用分だけになっているが、それでも十分すぎる在庫だ。
(案外……優しい世界かもしれん)
そう思った瞬間、胸の奥で別の感情がよぎる。
(……ありがたいけど、これどう使うかで、今後が全部決まるな)
100億ギル。とてつもない額だ。
(今のギルド人数は……)
左手の中指を見て、“ギルド”アイコンをタップ。
――ギルド名:【フェイタルカノン】
――現在の所属人数:78人
「……え?」
思ったより、少ない。最大時には200人近くいたはずだ。
そのとき、またしても――頭の後ろから。
「サブキャラは抜いてあるのら!」
「うおおっ!? びっくりさせんなっての……!」
心臓に悪い。相変わらず、ゼリーは突然に現れる。
「そうなのら? すまんなのら」
ぷるぷると身体を縮めて揺れるゼリー。謝罪する姿だけは妙に素直で、少しだけ怒る気が失せる。
「えっと……100億を78人で割ったら……」
脳内で自動的に電卓が動き出す。
ゲーム時代、資金配分は何度もやった。イベント前、対人戦前、レイド前――口座管理は日常だった。
「……1億2820万5128ギル、か」
数字は確かに大きい。だが――
(1億って言っても、この世界じゃ微妙なんだよな……)
エヴォルシアの経済バランスは、ゲーム時代から狂ってた。
ポーション1本5000G。宿一泊で3万G。土地を買おうものなら数千万が当たり前。
“日本円換算”なら夢のような大金でも、ここでは“そこそこ裕福な中流層”レベル。
一生、宿暮らしするだけなら十分。でも――
「……もし、この世界で“生きる”ってなると……話は別だな」
狩りに出れば装備が減る。ポーションは消える。仲間が倒れれば治療費がかかる。
まともにレベリングしながら、装備更新して、探索して、時には街を守って――
そうやって“暮らす”となると、1億なんて、正直ギリギリだ。
けど、全員レベル1。完全なるリスタート。
逆に言えば――この“1億”は、夢を詰め込んだスタート資金とも言える。
「……ホールに戻って、分配すっか」
ふぅ、と息を吐き、俺はウィンドウを閉じた。
(さて――ギルドマスターの仕事、始めるか)




