13
ギルド城の門前には、モリヒト、エクボ、ミカサ、ジェスト、タナカが集まっていた。
その前に立つユークティアは、すでに田中から譲渡された浮遊衣装を身にまとっている。
淡い紫と白を基調にした一式。ふわりと広がる布地には細かな装飾が施され、肩から背中にかけては薄い羽衣のようなパーツが揺れていた。腰回りには宝石飾りまでついていて、どう見ても“飛行用装備”というより“アイドル天女衣装”である。
「じゃあ、いくぞ」
ユークティアは短くそう言うと、地面を蹴った。
次の瞬間、衣装の裾がふわりと浮き、彼女の体はそのまま空へ持ち上がる。無駄のない動きで一気に高度を上げ、紫と白の衣が青空に溶けるように小さくなっていった。
「……すご」
思わずミカサが呟く。
「ほんとに飛んだ……」
「あの衣装、ちゃんと機能するんだな……」
俺も空を見上げながら感心する。
すると、隣でミカサが、にやにやした顔でタナカを見た。
「ねぇ、タナカ」
「な、なに」
「ユークティアのこと、好きでしょ」
その一言に、場の空気が一瞬で止まった。
(それは誰もが思っていたことーーー!!)
俺の心の中で、全力のツッコミが炸裂する。
タナカは肩をびくっと震わせ、顔を真っ赤にした。
「………っ。いや、その……彼女とは……リアルの時、定食屋で……その……」
しどろもどろになりながら、視線をあちこちへ逃がす。
「リアルで会っていたから……恥ずかしくなって……。ゲームじゃないし……この世界」
「へぇ~」
ミカサが完全に面白がっている顔で身を乗り出す。
「でもさぁ、リアルで会うって、どっちかがエヴォルシアでカミングアウトしなきゃ無理でしょ? ユークティア、自分から言うタイプじゃないじゃん?」
そこで、にやりと笑った。
「ってことは、田中。ユークティアを誘ったんだぁ~」
「お、おい、からかうなよ!!」
タナカの声が見事に上ずる。
耳まで真っ赤だ。
もはや否定になっていない。
俺とエクボとジェストは、なんとも言えない顔でそのやり取りを見守っていた。
いや、見守るしかないだろう、これは。
だが、その時だった。
「おい、戻ってきたぞ」
俺が空を指さす。
小さくなっていたユークティアの姿が、こちらへ向かってまっすぐ降りてきていた。
ふわり、と着地。
そして、開口一番。
「大変だ!!!」
全員がぎょっとした。
「どうした!?」
「何があった!?」
「敵か!?」
口々に叫ぶ俺たちに、ユークティアは真剣な顔で言い放った。
「地形が分からない……」
「は?」
一瞬、理解が止まる。
「……え?」
「地形が、分からない」
真顔で二度目を言われて、今度こそ全員がずっこけそうになった。
「おまっ……!」
「上空から見たんじゃないのかよ!」
「見た。だが、どれがどこか分からない」
あまりにも堂々と言い切られて、逆に何も言えなくなる。
タナカが頭を抱えながら、食堂から持ってきた地図を慌てて広げた。
「ほら! これ! これ見て、もう一回照らし合わせてきて!」
「ああ。分かった」
ユークティアは実に素直に地図を受け取る。
その横で、ミカサがぼそっと呟いた。
「……ユークティアって、ゲームのやりすぎで、勉強とかできなさそう」
「そういえば」
ジェストが、どこか遠い目をして続ける。
「ユークティア、計算が苦手だったな。分配の時とか、何度かミスしていた」
「あー……あったな……」
思い出してしまう。
ユークティアは戦闘能力も育成能力も化け物じみていたが、数字の管理になると急に怪しくなることがあった。素材の分配や報酬計算で、たまにすごい勢いで間違えていたのだ。
「可愛いじゃないか」
ぽつりと、タナカが言う。
間髪入れずに出たその一言に、俺は心の中でうわぁっとなった。
だめだこいつ。
もう隠す気が全然ない。
ミカサなんて、笑いをこらえきれていない。
そんな空気の中、再びユークティアが空へ飛び立ち、しばらくして戻ってきた。
今度は、さっきより少しだけ自信ありげな顔をしている。
エクボが腕を組んだまま問うた。
「どうだった」
ユークティアは一拍おいて答えた。
「うん……日本だと思う。多分」
「多分かよ!!」
俺の叫びが、門前に響き渡った。
結局、そのあと。
「もういい、私が行く」
とミカサが半ば呆れたように言い出し、ユークティアから例の浮遊衣装を受け取って装備することになった。
淡い紫と白を基調にした、どう見ても飛行調査用ではなく幻想系ステージ衣装みたいな一式だが、ミカサは妙に手慣れた様子で身につけていく。猫耳と相まって、こっちはこっちでやたらと完成度が高かった。
「……なんか腹立つくらい似合うな」
「でしょ~?」
くるりと一回転してみせたミカサが、得意げに笑う。
「じゃ、ちょっと見てくるね」
そう言うと、ミカサは地面を蹴った。ふわりと衣装が浮き、猫耳をぴょこぴょこ揺らしながら、今度は本当に観察できる奴が空へ上がっていく。
◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらくして。
地図はギルドホールの掲示板に貼り出された。
大きく広げられた世界地図の前に、俺たちは自然と集まっていた。ミカサが見てきた周辺地形の情報も、横に簡単なメモとして書き足されている。
「……日本か」
俺がぽつりと呟くと、ミカサが腕を組んでうなずいた。
「ちょーっと周辺も見てきたけど、先住民の町はなかったかな。でも、私が冒険してるところには国が確かに存在してたから、隅々まで探してみないと分からないけどね」
そして掲示板の地図の一角を指で叩く。
「もしギルド順位で土地が決まってるなら、納得の場所って感じ」
「……滋賀のあたりか」
地図を見ながら、エクボが低く言った。
「琵琶湖はあったか?」
「あったよ」
「なら、まあ……異世界だから細かいことは考えなくていいか」
その言い方が妙に引っかかって、俺はエクボの顔を見た。
「ん? 何か気になることが?」
「いや」
エクボは地図から目を離さずに答える。
「琵琶湖って、四百万年くらい前から今の場所にある古い湖だろ。幻の大陸が復活して、先住民は西洋風の中世文明だ。もし琵琶湖がなかったら、“地球の昔の姿なのか”とか、色々考えちまってな」
「……ああ」
俺も小さくうなずいた。
分かる。
こうして地図を見せられるほど、逆に現実感がなくなる。
日本っぽい。地球っぽい。けど、明らかに違う。
アトランティスやムー大陸なんて、俺たちがいた世界では“あるかもしれない幻”でしかなかったはずだ。
「…………まだ、地球が終わったなんて信じられないよな」
自分でも意外なくらい、素直にその言葉が出た。
「いつかログアウトして、帰れるんじゃないかって……思ってしまう」
ホールが少しだけ静かになる。
誰もが、たぶん一度は考えたことだったからだ。
「だよな」
エクボも短く返す。
「ここが現実だって理解できないまま、先住民を殺してる奴もいるだろうしな」
「……そうだよな」
俺は地図を見たまま、息を吐いた。
魔物相手なら、まだ割り切れる。
だが、“先住民”となると話は変わる。
こっちの人間がNPC感覚で手を出して、後で取り返しがつかなくなることだって、たぶんある。
「…………色々、考えないとな……」
そう呟いた俺に、ミカサがすぐさま食い気味で言った。
「そうだけどさ! モリヒト、いい加減にレベル上げしないと!」
「う……」
痛いところを突かれた。
世界の構造だの、地図だの、戦争だの、考えることは山ほどある。だが、それ以前に俺自身が弱い。ギルマスなのに、料理スキルしか伸びていない現状は、さすがにまずい。
「……ごもっともです」
素直にうなだれるしかなかった。
すると、そのやり取りを少し離れたところで聞いていたジェストが、ぽつりと口を開く。
「……ところで、農場はどこだ」
「……あ」
俺は固まった。
完全に忘れてた、という顔のまま。




