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神に選ばれしギルマスですが、メンタルがHPより先に削れます。~社畜リーマンの異世界再建譚~  作者: 無月公主


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食堂に、どたどたと慌ただしい足音が響いた。


 次の瞬間、勢いよくドアが開く。


「大変だ! 地図を入手した!」


 飛び込んできた男に、食堂中の視線が集まる。


 身長は百八十ほど。細身だが、無駄のない筋肉がついた実戦的な体つき。力任せではなく、効率で動くタイプ――そんな印象を一目で与える男だった。


 髪は顎にかかる長さのボブカット。いわゆるおかっぱに近いが、左右対称ではない。右は短く、左は長いアシンメトリー。前髪も均等ではなく、右は眉にかかる程度で軽く流し、左は目元に落ちる長めの束が視線に影を落としている。淡い桜色寄りのピンクの髪が、走ってきた勢いで揺れた。


 紫の瞳はやや切れ長で、静かなのに妙な圧がある。黒を基調にしたハイネックのインナーに、紫のラインが入った外套。胸元には幾何学的な紫の宝石のペンダントまで下がっていて、どこか儀式めいた雰囲気すらあった。


 俺はしばらくその男を見て、それから率直に言った。


「え……誰……」


 男はぴたりと止まり、少しだけ気まずそうに言った。


「あ、ごめん。タナカだよ」


「えぇ!?」


 思わず椅子から立ち上がる。


「タナカ!? どうしたんだよ突然! お前、永久不滅のアイドルじゃなかったのかよ……!」


「それは後でだ」


 即答だった。


 しかも妙に真顔である。

 いつものくねくねしたテンションも、語尾の甘ったるさもない。いや、たぶん今はそれどころじゃないのだろう。


「これ見て」


 そう言うと、タナカ――いや、今はもう田中と言った方がいいのかもしれない――は、抱えていた大きな紙束を食堂のテーブルに広げた。


 ばさり、と重たい音が響く。


 広がったそれを見て、俺は息を呑んだ。


「……地図?」


 それはまるで世界地図だった。


 海と大陸、方角、地名。全体の形は、地球の世界地図にかなり近い。北米、南米、アフリカ、ヨーロッパ、オーストラリア――その名残を思わせる地形も見える。


 だが、どこか決定的に歪だ。


 大西洋のあたりには、アトランティス。

 太平洋の一角には、ムー大陸。

 その近くには、パシフィス大陸。

 中南米の北には、メロピス。

 インド洋方面には、レムリア。

 南には、マガニカ。

 さらに、ジーランディア。


 知らないはずの大陸名が、地球の上に平然と重なっていた。


「……嘘……だろ」


 思わず、そう漏れる。


 ただのファンタジー世界地図じゃない。

 これは、地球の地理を土台にしながら、そこへ“失われた大陸”や“伝承上の土地”を現実として足したような地図だ。


 タナカは真剣な顔のまま続けた。


「それでさ……他の人からメールもらったりして、情報を繋ぎ合わせたら、ギルド城って、なんかしらの亜空間にあるわけじゃないみたいなんだ……」


「……どういう意味だ?」


 俺が聞くと、タナカは地図の一点を指さした。


「この世界のどこかに、ちゃんと“ある”ってこと」


 その時、少し離れた場所からユークティアの落ち着いた声が入った。


「……その仮説は正しいと思う」


 全員がそちらを見る。


 ユークティアは腕を組んだまま、淡々と言った。


「何故なら、元いたギルド――インフィニットから、ギルドに帰ってこないかとメールが来ていた。断ったがな」


「……まじか」


 俺は顔をしかめる。


インフィニット。

 ユークティアが以前いた、あのトップギルドだ。戦力も資金も桁違いで、ランキングの上位常連。正直、ギルド単体で見れば、うちとは比べものにならない規模を持っていたはずだ。


 そんな連中が、わざわざユークティアに“戻ってこないか”と声をかけてきた。


 それだけでも異常なのに、ユークティアはさらに続けた。


「……インフィニットは、何かの戦争に巻き込まれているようなことをメールに書いていた」


「戦争……」


「ああ。SSS・サーガのほとんどを吸収しても、まだ足りないと……そう書いてあった」


 食堂の空気が一段、重くなる。


 SSS・サーガ。

 確か、規模だけならかなり大きいギルドだったはずだ。戦闘職の層も厚く、人数で押すタイプの集団だった記憶がある。そこを“ほとんど吸収”してなお足りない。


 つまり。


「……亜空間なら、戦争に巻き込まれない」


 俺は地図の上に視線を落としたまま、低く言った。


「つまり、やっぱり亜空間じゃないってことか」


 誰もすぐには言葉を返さなかった。


 この城がどこか切り離された安全地帯なら、外の戦争と直接つながるはずがない。だが、現実には別ギルドが戦力をかき集め、戦争への対応を迫られている。


 ということは、俺たちもまた、その延長線上にいる。


 まだ見えていないだけで。


「それで」


 タナカ――いや、田中か――が、ぐっと身を乗り出した。


「ギルドに、空を飛べる奴いなかったか?」


「空を?」


 俺は少し考えた。


「それはまだいないだろ。空中浮遊は……」


 そこまで言って、ふと頭に引っかかる。


「……いや、いるかもな」


「え?」


 ミカサが目を丸くする。


「俺らって、装備そのものは崩れてるけど、アバター――いや、衣装までは全部取り上げられてるわけじゃないだろ。身に着けていたものは、かなり残ってるはずだ」


 自分の服の裾をつまみながら言う。


「俺はアバターじゃなくて、装備をそのままつけるタイプだったから、初期装備の旅人服だけどな」


 それから、俺は田中を見た。


「特にお前なんて、アイドル衣装山ほど持ってるだろ。その中に浮遊アイテムがあるはずだ」


「…………たしかに」


 田中は素直にうなずいた。


 だが、次の瞬間、その顔がすっと曇る。


「でも………………男になっちまった」


 沈黙。


 ああ、そういうことか。


 つまり、女性用アバターの衣装が着られないのだ。


「あぁ……」


 ミカサがなんとも言えない声を漏らす。


 エクボも、ジェストも、ユークティアも、キクチも、揃って残念そうな顔になった。


 かなり深刻な問題なのだろう。

 浮遊アイテムが使えない以上、このギルド城がどの大陸に位置しているのか、見当がつかない。


 地図の上で位置を推測するにも限界がある。周辺の植生や空の色、流通品、魔物の傾向から絞ることはできても、上空から見られない以上、決定打に欠けるのだ。


 その時だった。


「……貸してくれれば、私が着てみてこよう」


 静かにそう言ったのは、ユークティアだった。


 一瞬、食堂がしんとする。


 だが、その言葉を聞いた瞬間、田中の顔がみるみる赤くなった。


「……っ」


 耳まで真っ赤だ。


「え? どうした? 田中」


 俺が素直に聞くと、田中はぶんぶんと首を振った。


「い、いや、なんでも」


 なんでもある顔だった。


ミカサがすぐに身を乗り出した。


「私が着てもいいんだよ?」


 さらっと言う。


 だが、田中は咳払いをひとつすると、何事もなかったように左手を上げ、爪の印を押した。半透明のパネルが開き、衣装ストレージの一覧がずらりと並ぶ。


「じゃあ……えっと。じゃあ……ユークティア、衣装を譲渡するよ」


「ああ」


 ユークティアが短くうなずく。


 田中が何度か操作すると、パネルの向こうでアイテム移動の表示が走った。


 ぴこん、と軽い音。


 次の瞬間、ユークティアの前に、淡い紫と白を基調にした衣装一式が現れた。ふわりと広がる布地に、細かな装飾。肩から背中にかけて薄い羽衣のようなパーツがつき、腰回りには宝石飾り。どう見ても、空を飛ぶためだけの実用品ではない。


「ん……これか」


 ユークティアがそれを持ち上げる。


 そして、少しだけ眉を寄せた。


「……これは?」


 田中が視線を泳がせた。


「も、もう着ないから、あげるよ。オマケ」


「そうか……。ありがとう」


 ユークティアは本当にそれ以上深く考えていないらしく、素直に礼を言った。


 だが。


 俺は、その二人を見比べながら、じわじわと妙な違和感を覚えていた。


 田中のやつ、さっきから明らかに様子がおかしい。

 ただ衣装を貸すだけにしては、妙に照れていた。

 そして“譲渡”ではなく“あげる”と言った。

 しかも最後に、わざわざ“オマケ”までつけた。


 ……ん?


 いや、待て。


 なんだ、その流れ。


 なんでそんな、ちょっとした贈り物イベントみたいな空気になってるんだ?


 俺はユークティアを見る。


 無表情。いつも通り。まったく気にしていない顔。


 次に田中を見る。


 まだほんのり赤い。しかも目を合わせようとしない。


 そして、もう一度ユークティアを見る。


 ……いや。


 ん???


 ん????

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