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神に選ばれしギルマスですが、メンタルがHPより先に削れます。~社畜リーマンの異世界再建譚~  作者: 無月公主


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 食堂のテーブルには、どどん、と豪勢な食事が並べられていた。


 香ばしく炙られた塩漬け肉。表面にはこんがりと焼き色がつき、脂がじわりとにじんでいる。横には、ずしりと重たそうなハードパンが籠に盛られ、切り分けられた羊乳や山羊乳のチーズが白と淡い黄色のコントラストを作っていた。


 茹で卵はつやつやと殻を光らせ、木皿の上には胡桃や栗が無造作に置かれている。さらに、小さな器がいくつも並び、その中には果実を加工したものが丁寧に入れられていた。


 林檎を煮詰めて作った、やわらかな甘いペースト。

 葡萄をじっくり煮て濃くした、深い色合いの果実煮。

 潰したベリー類は塩気のある肉やチーズに添えられるように分けられていて、見た目にも鮮やかだ。


 どれも派手ではない。

 だが、一品一品にきちんと手が入っているのが分かる。


 ジェストは、席についたまましばらくその食卓を見つめていた。


 まるで、本当に自分が食べていいものなのか確認するみたいに。


「……いただきます」


 やがて小さくそう言って、ジェストは塩漬け肉をひと切れ口に運んだ。


 噛んだ瞬間、その顔がわずかに止まる。


「……」


 次にハードパンをちぎり、林檎のペーストを少しのせて食べる。さらにチーズを口にし、葡萄の煮詰めを添えてみる。


 そのたびに、青い瞳が少しずつ見開かれていった。


「……意外と、美味い」


 ぽつりと漏れた声は、ひどく素直だった。


「意外とって何よぉ」とミカサが唇を尖らせる。


「いや……その……」


 ジェストは戸惑ったように皿を見下ろした。


「異世界の王城の料理みたいだ……すごい」


 その言葉に、近くで腕を組んでいたユークティアが、ほんの少しだけ視線を動かす。


 ジェストはさらに、肉とベリーの添え物を一緒に口へ運んだ。


「ここに来てから……変なキノコとか……生肉しか食ってなかった……」


「は?」


 ミカサの笑顔が止まる。


「まさか、食中毒で死んだとかじゃないよね?」


 ジェストは静かにうなずいた。


「あぁ……食中毒でも一回」


「一回!?」


 食堂の空気がざわつく。


「あと二回は、普通にエリアボスに殺された」


「普通にって何!?」とミカサ。


「三回死んでる時点で普通じゃないだろ」とエクボ。


 俺も思わず額を押さえた。


 こいつ、本当にひどい目に遭ってきたんだな……。


 だが、当のジェストはそのままパンをちぎり、今度は羊乳のチーズをのせて食べていた。食べる手が、さっきより明らかに早い。


 ……美味いんだろう。


 きっと、腹も減っていたんだろう。


 そして何より、ちゃんとした“食事”が欲しかったんだ。


 ユークティアが無言のまま、ジェストの前に果実煮の器を少し寄せる。


「それは肉にも合う」


「……あ、ああ」


 言われるままに試したジェストが、また少しだけ目を丸くする。


「……すごいな。ほんとに、全部ちゃんとしてる」


 その声は、最初よりもずっとやわらかかった。


 ミカサがにこっと笑う。


「でしょ? いーから食べろって言ったじゃん」


「……ああ」


 ジェストは、少しだけうつむいて答えた。


「ありがとう」


その声は小さかったが、確かに聞こえた。


 俺はその様子を見ながら、ふと気になっていたことを口にする。


「なぁ、ジェスト。死んで、異世界での出来事はこっちに何か影響はないのか? 特別なスキルを得られるとか……」


「…………」


 ジェストが顔を上げる。


 青い瞳が、ぼんやりと俺を見た。


「……お前は誰だ」


「モリヒトだよ!! ギルドマスターだ!!」


 即座にツッコむ。


「モリヒト!? いたのか……」


「そーかよ! 影薄くてごめんな! ギルマスだけどな!!」


 思わず机を叩くと、横からエクボがぼそりと言った。


「まぁ、拗ねんなって」


「お前、慰めてるようで全然慰めてねぇからな!?」


 食堂の空気が少しだけ緩む。


 ミカサもくすくす笑いながら、ジェストの前にハードパンの皿を寄せた。


「それで、どうなの?」


「あぁ……」


 ジェストはまだ少し虚ろな顔のまま、左手を持ち上げた。

 爪のアイコンを順に押しながら、ステータスやスキル欄を確認していく。


「ない……何も……」


 スキル欄。

 称号欄。

 状態異常。

 特殊履歴。


 どれも変わった様子はないらしい。


 だが、その時だった。


「……ん?」


 ジェストの手が止まる。


「どうした?」


 俺が身を乗り出すと、ジェストはアイテム欄を見つめたまま答えた。


「……謎の種がある」


「種?」


「こっちで手に入れたものじゃないのか?」


 そう聞くと、ジェストはゆっくり首を振った。


「違う……ようだ」


 そして、アイテムストレージを開く。


 この世界のストレージは、個人が持つ異空間倉庫みたいなもので、一人につき十五個まで物を保存できる仕組みになっている。ジェストはその中から、見覚えのない小袋を三つ取り出した。


 どれも手のひらに乗るくらいの大きさで、麻袋のような質感をしていた。表面には何の説明もなく、ただ《謎の種袋》とだけ表示されている。


「三つもあるのか」


「あぁ」


「ってことは……」


 俺は少し考えてから、顔をしかめた。


「死んだら種がもらえるシステムなのか?」


「……どうやら、そうみたいだ」


 なんだその仕様。

 死んだ先の異世界で苦労した結果、記念品みたいに種をもらって帰ってくるのか。いや、意味が分からん。


 だが、何も残らないわけじゃないと分かっただけでも大きい。


「あ!」


 ミカサがぱっと顔を輝かせる。


「もりひと! せっかく農園作ったんだし、植えてみてもらえば?」


「……あぁ、たしかに」


 城の隣接地に作った農業区画。まだ本格稼働はしていないが、土の整備だけは進めてある。


「ジェスト、どうだ?」


 俺が聞くと、ジェストは小袋を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「あぁ……」


 そして、どこか遠くを見るような目で言った。


「俺が確かに、あの場所にいたっていう……何かを得られるかもしれない」


 その言葉は静かだった。


 けれど、そこにはさっきまでの“どうでもいい”とは少し違う響きがあった。


 異世界での人生が、ただの悪夢じゃなかったと証明できるもの。

 無意味じゃなかったと、自分に言える何か。


 この謎の種は、ジェストにとってそういうものなのかもしれない。


「じゃあ、あとで植えてみるか」


「……ああ」


 ジェストはうなずくと、再び皿の上の食事へ手を伸ばした。


 塩漬け肉を切り、パンをちぎり、果実の煮詰めを少し添える。

 さっきよりも、その手つきは落ち着いていた。


 俺はその様子を見ながら、胸の奥で静かに考える。


 死んだ先の異世界。

 そこで手に入る謎の種。

 そして、“解決しなければ帰れない”人生。


 この世界は、思っていたよりずっと複雑で、ずっと気味が悪い。


  だが同時に――


 そこに何か意味があるのだとしたら、無視はできない。


 ジェストは黙々と食事を続け、やがて皿の上をきれいに空にした。


 塩漬け肉も、ハードパンも、果実の煮詰めも、最後にはひとつ残らず胃の中へ収まっている。食べ始めた時の沈んだ表情に比べれば、ほんの少しだけだが、顔色も戻ったように見えた。


 しばらく無言のまま卓上を見つめていたジェストだったが、やがて小さく息を吐く。


「……よし」


 ぽつりとそう呟いて、立ち上がった。


 たぶん、食べたことで少しだけ気持ちが切り替わったんだろう。

 農園に行って種を植えるのか、それとも一度部屋に戻るのか。どちらにせよ、自分で次の一歩を決めようとした、その瞬間だった。


 すっ――と。


 ユークティアが無言でジェストの前に皿を差し出した。


 しかも、しっかり山盛りである。


 さっきと同じ塩漬け肉に、切ったハードパン、茹で卵まで追加されている。どう見ても“おかわり”だった。


「食ったほうがいい」


「…………」


 ジェストが固まる。


 俺も固まる。


 ミカサも、エクボも、食堂にいた数人も、みんな微妙な顔になった。


 いや、気持ちは分かる。

 分かるんだよ。今のジェストはどう見てもやつれてるし、三回死んで三回人生やり直して帰ってきたとかいう重すぎる経歴までついてる。たしかに、食える時に食わせたいという気持ちは分かる。


 でも。


(いや、そこは空気読もうよ、ユークティア……)

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