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第七話 氷の皇帝と聖鳥

【第二章 氷のような皇帝】のあらすじ


静観する眼差しと、侮蔑と嫉妬が渦巻く凍てついた皇城。


聖鳥に選ばれた花嫁を、孤独と不安が包み込む──


 * * * * *


挿絵(By みてみん)

※ 作品のイメージイラストです。

 その美しい城は、まるで氷で閉ざされたかのように冷たかった。

 それは、光を受けても一片の温もりを返さない──凍てついた宝石のようにも見えた。


 サードニクスの皇城、西棟の二階。

 私が案内されたのは、トリフェーンの私の部屋の数倍はある美しい部屋だった。床には青色の絨毯が敷かれ、寝台やチェストなどの家具は全てダークブラウンを基調として整えられていた。

 寝台の傍にあるチェストの上には花が飾られており、その脇に握っていた白い羽根をそっと乗せる。

 シャンデリアの灯りに照らされて、羽根が虹色に煌めいた。


『──聖鳥が、再び殿下を指しました』


 雪の中で膝をついた侍従官の言葉を思いだし、胸がざわめく。


(聖鳥……再び──一体、どういう意味なの?)


 このサードニクス帝国では、“聖鳥による皇后選定の儀で皇后が選ばれる”ということを聞いていた。

 だが、聖鳥が皇后を選ぶということがどういうことなのか、私には全く想像できなかった。


「本日、玉座の間で、皇帝陛下への謁見と皇后選定が行われるそうです。お支度をいたします」


 背後から響いたのは、お母様から配された侍女の声。

 振り返ると、彼女は衣装箱からドレスを出しているところだった。深紅のドレスを手にし少し沈黙した彼女は、その下から他のドレスを探している様子だった。

 そうして、彼女は淡い水色のドレスを手にすると、こちらを見つめてから静かに立ち上がった。


 * * *


(こんなに美しいドレス、初めて着るわ……)


 鏡に映る自分の姿は、まるで別人のように見えた。

 顔には薄く化粧が施され、結い上げられた髪には真珠のあしらわれたティアラが輝いている。淡い水色のドレスは、柔らかな光沢のある絹地で作られている。


「綺麗なドレスね……」

「……アンブル王女様は何度も袖を通されませんので、綺麗なものばかりですよ」

「ティアラもお化粧も……ありがとう」


 私がそう言うと、侍女は目を伏せて頭を下げた。


 「トリフェーン王国の王女殿下として、恥をかかせぬよう仰せつかっておりますので」と淡々と告げる彼女に、私は笑いかける。


「それでも、感謝しているのよ」

「……私は、皇帝陛下へのお目通りを許されておりません。どうぞトリフェーン王国の王女殿下として、堂々としたお振る舞いを」


 冷たい瞳の侍女は、淡々とそう告げた。


 * * *


 玉座の間への扉が大きく開かれ、私は一礼する。

 初めて目にした皇帝陛下は、氷のように冷たいアイスブルーの瞳をしていた。

 お母様とお姉様はサードニクスの皇帝を“高齢”だと言っていたが、彼は端正な容貌の青年にしか見えなかった。


 皇帝陛下は、玉座に座したまま、まるで私がいないかのように宙を見つめている。

 お母様の侍女たちも冷たい目をしていたが、彼の瞳からはそれとは全く違う冷たさを感じた。


「トリフェーン王国、第二王女のエメロード殿下がお見えになりました」


 侍従に促され、玉座の間へと足を踏み入れる。

 そこには、家臣や騎士たちがずらりと並んでいた。

 一人で現れた私に、玉座の間はざわつき始める。


「美しい姫君だな……」

「エメラルドのような瞳だ」


 囁き声が聞こえ、視線が集まるのを感じる。

 私は真っ直ぐに前を見据えると、目線をわずかに落としてから玉座の前へと歩みを進める。

 そして、視線の合わない皇帝陛下の前でドレスの裾を持ち上げて一礼する。


「トリフェーン王国の第二王女、エメロード・トリフェーンにございます。この度は、皇后選定の御機会を賜り、心より感謝申し上げます。本来ならば姉のアンブルも同席すべきところを、急な病により欠席いたしました。恐れながら、私ひとりで参上いたしましたことをお許しくださいませ」


 そう告げるも、言葉は返ってこなかった。

 ただ、玉座の上から降る冷たい沈黙が空気を凍らせ、窓の外に降りしきる雪の気配だけが感じられた。


 冷え切った空気に、静まり返る玉座の間。

 頭を下げたまま視線を落としていると、近づく足音があった。


「エメロード殿下はこちらへ……早速ではございますが、聖鳥オパリオスによる皇后選定の儀を執り行わせていただきます」


 その穏やかな声に顔を上げると、そこには見覚えのある侍従官の姿があった。

 一礼した彼は、かすかに微笑みを浮かべていた。


(この方は、ケープをくださった方だわ……)


 少し緊張のほぐれた私は、侍従官に案内されて、玉座の間の奥に視線を向けた。

 その群青色の垂れ幕で飾られた小部屋には、白く美しい鳥がいた。敷き詰められた青い石の上で、眠るように伏せて静かに目を閉じている。


(あれが、帝国を守ると言われている聖鳥……あの羽根は、まさか……)


 部屋のチェストに置いた白い羽根──この城を初めて訪れたとき、舞い落ちてきた大きな鳥の羽根を思い出す。


「エメロード殿下、どうぞ聖鳥の前へお進みください」


 一礼して、指示された通り聖鳥の前に進み出ようとすると、紫水晶のような瞳がゆっくりと開かれた。


(宝石のようだわ……)


 その澄んだ紫の瞳と視線が交わり、私は思わず息を止めた。

 そして、聖鳥は静かに立ち上がると、真っ直ぐに私を見つめた。


 静まり返る中で、傍らにいた侍従官が息を呑む音が聞こえた。

 集まる視線に震える足をそっと踏み出すと、聖鳥の前へと進み出る。

 私を見つめる聖鳥の、紫水晶の瞳が不思議な輝きを放つ。


(瞳に、吸い込まれそう……)


 その瞬間、どこからともなく澄んだ鈴のような音が響き──

 聖鳥は大きく羽を広げ、高らかに一声鳴いた。


「聖鳥が……!!」


 ざわめく玉座の間で一際大きな声を上げたのは、奥に控えていた老臣だった。視線を向けると、涙を浮かべて私を見つめている。その体は、少し震えているようにも見えた。


「聖鳥が、ついに皇后殿下をお選びに!!」


(どういうことなの……私が、選ばれた?)


 玉座の間が歓声に包まれる中、私はただ立ち尽くす他なかった。

 ただ、玉座に座す皇帝陛下は、立ち上がりもしなかった。


(──?)


 不意に、視線を感じて振り返ると年配の男性と目が合った。その装いから、高位の貴族のようだ。

 けれど、私を見つめている煉瓦色の瞳は、ひどく揺らいでいた。


(どなたかしら……)


 その男性は顔を隠すように俯くと、他の貴族たちの後ろへと移動した。


(……?)


 そのとき、扉の脇に立っている近衛兵の姿が、目の端に一瞬だけ映った。

 私を見つめる、真っ直ぐで鮮やかな赤い瞳──一瞬のことだったが、なぜか強く印象に残る。


「エメロード殿下、いかがなさいましたか」


 後方に控えていた侍従官から、声を掛けられる。

 私は、静かに首を振った。

 再び視線を戻すと、もう先ほどの兵の姿は見えなかった。


(見間違い……かしら)


 その場で私を見つめていたのは、期待や羨望、そして好奇の眼差しだけだった。


 * * *


 その晩、皇帝の執務室。


「皇帝陛下、報告がございます」

「申せ」

「──鼠が一匹、忍び込んだようです」


 そう告げた黒衣の男を、鋭いアイスブルーの瞳が見つめる。


「……西のグロッシュラーか」


 低く呟かれたアズールの言葉に、黒い衣をまとう兵が頭を伏せたまま答える。


「断言はできませんが、動きが不穏です」

「構うな。……今は、余計な風を立てる時ではない」


 アズールは窓の外を見やり、わずかに息を吐いた。


「刺激しない程度に、警戒を強めておけ。不穏な動きがあればすぐに知らせろ」

「御意」


 影が去った静かな執務室。

 窓辺から見える遠い西の空には、灰色の雲が垂れ込めていた。

次回、第八話「婚礼の儀」


※ 12/29(月)〜1/3(土)まで、毎日更新します。

(12/29(月)のみ、朝晩の更新)

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