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第三話 帝国からの知らせ

 ──その知らせは、まるで冬の風のように唐突に訪れた。


 トリフェーン王国に、東の隣国サードニクス帝国から一通の書状が届いたのは、中庭に雪が白く積もる朝のことだった。

 王城の空気が一瞬にして張り詰める。

 届けられた封書には、帝国の紋章──聖鳥オパリオスの翼が白銀の封蝋に刻まれていた。

 

「……サードニクス帝国からの書状でございます」


 王の侍従が深々と頭を下げ、封書を王の前に差し出す。

 閉じられた白銀の輝きに、国王ジャッドは胸の奥がひやりと凍るのを感じた。

 彼が重々しい手つきで封蝋を割り、それを開くと、静まり返った玉座の間に紙のこすれる音が響いた。


 やがて、その表情が凍りつく。


「すぐに、王妃と王女たちをここへ」


 国王の言葉に、侍従は深く腰を折ると玉座の間を後にした。


 * * *


 ジャッドの手にする帝国からの書状を見つめ、王妃アデルが不安げな表情を浮かべている。


「陛下……帝国からは、何と?」


 アデルの問い掛けに視線を上げることもせず、ジャッドは沈黙ののちに低く読み上げた。


『サードニクス帝国の皇后選定の儀において、貴国の第一王女アンブル殿下および第二王女エメロード殿下を登城させられたい。

聖鳥に選ばれた方は、速やかにサードニクス皇帝の后として婚姻を結ぶこととする。

これは、帝国古来から伝わる掟“聖鳥が指した縁は速やかに結ぶ”に従うものである』


 読み上げるジャッドの声は、低く淡々としていた。


「なんという、勝手な……」


 静かに玉座に座すジャッドを見つめ、アデルが声を震わせた。

 その時、玉座の間の扉が開く。


「お父様、お母様、何かございましたの?」


 鮮やかな深紅のドレスの裾を翻して入ってきたのは第一王女アンブルだった。その後ろからは、白いレースのドレスをまとった第二王女エメロードが続く。


「サードニクス帝国より、皇后選定の儀への招待が来たのだ……お前たち二人に──」


 ジャッドの言葉が終わる前に、アンブルが悲鳴のような声を上げた。


「どうしてこのわたくしが、あんな寒い国に嫁がねばなりませんの!? それに、サードニクスの皇帝はお父様よりも年上のはず──もし王子だとしても……わたくし、絶対に、絶対に嫌ですわ!!」

「アンブル、落ち着きなさい」


 アデルがやんわりとその肩に手を置き、王の方へ向き直る。


「陛下、アンブルをあの寒い帝国に嫁がせるなど、あまりにも酷うございます。この子はトリフェーンの宝石ですもの。あんな冷たい国で、それも高齢の皇帝の後妻だなんて……」


 言葉とは裏腹に、その声音はどこか甘やかで、確信に満ちていた。


「第一王女は、急な病で登城は出来ないと帝国への書状でお伝えくださいませ……」


 そして、アデルはゆっくりと振り返り、後方に控えていたエメロードを見据える。


「──帝国に着いてから、あなたからもきちんと伝えるのですよ……それと、もし皇帝との婚姻が決まっても、わたくしたちは参列できませんからね」


 「帝都までは遠く、この城を空けるわけにはいきませんから……」と微笑みを浮かべたまま放たれたその言葉に、空気が凍りついた。

 エメロードは小さく息を呑み、戸惑いを隠せずに立ち尽くす。


「……お母様、私は──」

「あなたなら務まるでしょう?」


 アデルの声は柔らかかったが、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。

 その背後に佇むアンブルは、エメロードを見つめ薄く笑っている。


 ジャッドは、何も言わなかった。

 ただ、重く沈んだ沈黙が玉座の間を支配していた。


 * * *


 その日の午後。

 アデルとアンブル、そしてエメロードが退出した後の玉座の間に、王の低い声が響いた。


「エメロードに、侍女と護衛と──帝国に出向くのに恥じぬ装いを支度してやれ。帝都の冬は冷えると聞く……防寒着も持たせるように」


「かしこまりました」


 一礼して退出した侍従が玉座の間を出たその時、落ち着いた柔らかな声が呼び止めた。


「支度については、私が差配いたしますわ」


 優雅に現れたアデルが、いつもの穏やかな微笑を浮かべて言う。

 その裏に、何を思っているのか誰も読み取れなかった。


 そして彼女は、王妃付きの侍従に静かに命じた。


「エメロードに付ける侍女と護衛は一人ずつ。防寒着やドレスは私が侍女に準備させます。どうせ帝国に嫁ぐことが決まれば、侍女も護衛も必要ありませんもの……そうでしょう?」


 その声には、蜜のような響きと冷たい刃が同居していた。


 ──そして、エメロードに用意されたドレスは、すべてアンブルのお下がりだった。

 宝飾品も、姉が気に入らずに仕舞い込んだ簡素なものばかり。

 元より、エメロードに帝国でまとえるようなドレスも宝飾品もなく、与えられたものを黙って受け取るしかなかった。

 そして、防寒着は、用意されなかった。

 それでもエメロードは、アデルに静かに礼を述べた。


 エメロードの部屋。古びた絨毯の敷かれた床には、王妃付きの侍女から無造作に置かれた一つの衣装箱があった。中には、アンブルが着なくなったドレスと古びた宝石箱が詰められている。


(サードニクス……帝都ディアマンの冬は雪に覆われると聞くけれど、どんな国なのかしら……)


 エメロードは、日の当たらない北向きの窓を静かに開けた。

 開かれた窓から陽射しは差し込まず、冷たい風だけが吹き込み、頬が冷えていく。


「ここよりは、暖かいと良いのだけど……」


 遥か遠くを見つめる翠玉の瞳が揺れる。

 その瞳は不安をたたえながらも、どこか遠く──見えぬ未来の光を探していた。

次回、第四話「雪が降る日に」

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