表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/41

第二十七話 赤い薔薇と皇帝の怒り(後編)

 すぐにエメロードは寝室へと運ばれ、医官たちが駆けつけた。

 薔薇の花を調べた結果──その棘には、全て毒が塗られていたことが判明する。


「幸い、量は少なくございます。すぐに解毒薬を……」


 だが、薬を注がれても、エメロードは目を覚まさなかった。

 安らかな寝顔のまま、かすかな呼吸だけが続いている。

 その周りを、不安気な表情の侍女たちとルイーズが囲んでいた。


 * * *


 その頃、隣の執務室。


『微量ですが、薔薇の棘には植物由来の毒が塗られていました。先日お調べしたマルジャーン製の化粧品の成分と交じると、猛毒に転じるものです。……もし、皇后殿下が化粧品をご使用になられていたら、間違いなく──』


 影からの報告を受けたアズールは、机の上に置かれた一輪の赤い薔薇を、無言で見下ろしていた。

 

「……皇帝陛下、危険です。毒が残っているかもしれません!」


 エドモンの制止も聞かず、アズールはその花を素手で掴み上げる。指先や手のひらから血がにじんでも、彼は構わず握り潰した。

 赤い花びらが、執務机へと舞い落ちる。


「この程度の毒……私には効かぬ。だが──」


 その声は静かで、氷よりも冷たかった。

 隣の部屋で、静かに横たわるエメロードの姿が浮かぶ。


(何故、彼女ばかりが……)


 握った拳の中で、潰れた赤い花びらが血と混じり合う。


 ──サーペンタイン公爵家。

 この件での確証はないが、間違いないはずだ。


「私の皇后に手を出した者は、必ずこの手で裁く」


 冷たい怒りが、室内の空気を凍らせた。

 アズールの瞳は、凍てついた氷のように鋭い光を宿していた。


 * * *


 一方、侍女たちは皇后の寝室で、祈るようにエメロードを見つめていた。


「皇后殿下は、大丈夫でしょうか……」


「大丈夫よ……皇帝陛下も、解毒薬が直に効くはずだと仰っていたでしょう」


 黙って、眠るエメロードを見つめる侍女たち。


「でも、あんな愛らしい子に、こんなことをさせるなんて……」


 ニーナの震える声が、静寂の中に落ちる。

 ルイーズは静かに答えた。


「誰かが、あの子どもを使ったのでしょう。──許されざることを」


 白薔薇の香が、静かに揺れた。

 その香は、祈りのように漂っていた。


* * *


 その頃──皇都のサーペンタイン公爵邸。


「お父様! あのトリフェーンの女が寵愛を受けているなんて、わたくしは耐えられませんわ!!」


 ローズは公爵夫妻の部屋へ飛び込んでくると、声を荒げた。

 帝国の名門に生まれた誇りと、生まれたときから培われてきた公爵令嬢としての自信が、胸の奥で焼け付くようにうずいている。


(わたくしこそが聖鳥の皇后になり、皇帝陛下の寵愛を受けるはずだったのに……。どうして、あの方もわたくしを見てくださらないの……?!)


「わたくしは、夜会にも顔を出せなくなりましたのよ!」


 「すべて、あの女のせいですわ!!」と目を吊り上げて訴えるローズに、公爵は小さくため息を吐いた。


「ローズ、焦りは禁物だ。小国出の王女に、お前が負けるはずがない。もう少し待てば、必ずやお前が皇后に──」


 公爵の言葉を、ローズは聞こうともしなかった。

 燃えるような瞳のまま唇を噛み締めると、勢いよく部屋を飛び出していく。


「あなた……」と、不安げに公爵夫人が夫を見上げる。

 深く息を吐いた公爵は、眉間に皺を寄せた。


「ローズがおかしな真似をせぬよう見張っておけ……。もし気付かれれば、サーペンタインはおしまいだ」


 公爵の低い呟きが落とされた部屋には、ただ一輪、赤い薔薇の香だけが残っていた。

次回、第二十八話「愛の証」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ