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第二十六話 帰ってきた皇后と不穏な影(後編)

 その夜、エドモンが執務室を訪れた。


「皇帝陛下。以前お命じのあった調査の件で、ようやく証言が得られました」


「……本当か? 何故、エメロードは……」


「サーペンタイン公爵令嬢と皇后殿下が、階段の上で揉み合いになっている所を目撃した者が見つかりました。──そして、皇后殿下が転落した直後、公爵令嬢は逃げ去ったと……」


「ローズ・サーペンタイン……」


 アズールはその名を低く呟く。

 彼女は有力な皇后候補の一人だった女。


 ──欲に呑まれ、嫉妬に狂ったか……。


「……確証はありませんが、状況から見ても偶然とは言い難いかと」


 視線を落としたエドモンに、「そうか……証がなくとも、警戒は怠るな」とアズールが低く告げる。


「……皇后に贈った品に手を出した者は、まだ見つからないのか」

「──その件ですが……皇帝陛下が怪しんでおられた侍女が、亡くなりました」


 その言葉に、アズールが顔を上げる。


「あの侍女の出自は」

「全て消されています」


 執務室に重い沈黙が漂い、眉を寄せたアズールの瞳が鋭さを増す。


「近衛と衛兵の人数と巡回を増やせ。皇后の移動時は必ず近衛三名以上で護衛させろ……そして、サーペンタインの者が来たら充分に警戒するように」

「はっ! ──そして、エリーズ・リヴィエールが罷免された件が明らかになりました」


 告げられた新たな報告に、アズールの眼差しがかすかに和らいだ。

 その様子に、わずかに安堵の表情を浮かべるエドモンが言葉を続ける。


「エリーズ・リヴィエールは皇后の筆頭侍女の座を降ろされ、リヴィエール伯爵家に戻っていました。サーペンタイン公爵家が裏で動き、口外すれば伯爵家を潰すと脅されていたようです」

「……そうか」


(また、サーペンタインか……)


 エメロードが、エリーズは()()()()()()()()()()()と信じていることを思い出し、アズールは静かにまぶたを閉じた。 


(真実を伝える必要はないだろう。……彼女を、少しも傷付けたくはない──)


「サーペンタインを調べろ。……悟られぬように」


 一礼したエドモンが退出すると、執務室には静寂が戻る。

 アズールは立ち上がり、窓の外の月を見上げた。白薔薇の庭が淡く光に包まれている。


(守りたい──彼女を傷付ける、全てのものから……)


 決意を胸に、アズールは皇后の部屋へ向かった。


 静かな皇后の寝室。

 香炉に焚かれた白薔薇の香が、かすかな夜風に溶けて漂う。


 寝台に横たわるエメロードは、まだ疲れの残る顔で眠っていた。

 その傍らには、ルイーズが控えている。


 小さなノックの音にルイーズが振り返ると、アズールが静かに部屋へと入ってきた。


「ルイーズ、下がって良い。あとは私が見ている」

「はっ。私は、扉をお守り致します」


 そう言ってルイーズは一礼し、静かに退室した。

 扉が静かに閉まる音に、部屋には二人きりの静けさが戻る。


 アズールは寝台に歩み寄り、エメロードの白い頬にそっと手を添えた。

 その指先に、確かな温もりがあった。


「エメロード……戻ってきてくれて、ありがとう」


 アズールがそう囁くと、エメロードのまつ毛がかすかに震えた。

 薄く瞳を開け、夢の中のように彼を見つめる。


(……陛下……?)


「私だ……何も心配はいらないから、安心して眠ると良い」


 髪をそっと撫でられたエメロードは安堵の息をこぼし、かすかに微笑んだ。

 アズールはその頬に唇を寄せる。

 それは誓いのように、静かな夜に溶けていった。


 そうして、彼は眠りについた彼女の傍らに身を横たえた。寄り添うようにその手を握り、淡い金の髪にそっと口づける。


「もう、離さない……エメロード」


 その囁きは、彼女の眠りを包む澄んだ甘い香りに溶けた。

 白薔薇の香が部屋を満たし、二人は静かに、同じ夢の中へと沈んでいった。


 翌朝、早朝に目覚めたアズール。

 エメロードの寝顔を見つめ、その額にそっと口付ける。

 朝の光がカーテン越しに淡く差し込み、彼女の金の髪を照らしていた。


(エメロードには、光の中で生きてほしい……)


 静かに扉を閉めると、アズールは執務室へと向かった。


 * * *


(夢、だったのかしら……)


 目覚めてから、優しい囁き声と頬へそっと触れた感触を思い出す。

 隣の執務室にいるはずの陛下の姿を思い浮かべると胸が暖かくなり、私は一人微笑んだ。

 

 支度を済ませると、皇后わたし宛てにひとつの贈り物が届けられた。

 赤銅色の封蝋に刻まれているのは、サーペンタイン公爵家の紋章。窓から差し込む陽射しに、蛇の絡んだ剣が妖しく光っている。


「お見舞いの品、ですって?」


 私は、侍従から差し出された小箱を見つめる。それは、宝石で飾られ美しい装飾が施されていた。


(随分と高級そうな贈り物だわ。……でも、どうして私に……)


 あの夜会の日、呆然と立ち尽くしていたローズ嬢の姿を思い出し、私の胸はざわめいた。

 小箱に煌めく宝石の輝きに、何故か開けるのがためらわれる。

 小箱を手にし沈黙している私に、隣に控えていたルイーズは静かに首を振った。


「皇帝陛下にお伝えすべきかと存じます」


(きっと、また心配をかけてしまうわ……でも……)


 一瞬の迷いの後、ルイーズの視線の奥に宿る忠誠の色を見て、私は小さく頷いた。

 箱を受け取った侍従は、即座に皇帝の執務室へと向かった。


 * * *


 皇帝の執務室。


(サーペンタイン……)


 皇后への見舞いの品を手にしたアズールは、封を切る前に短く命じた。


「……影に回せ」


 報告を受けて戻ってきた黒衣の兵が、淡々と告げる。


「──箱の中身は、マルジャーン製の化粧品と香でした。どちらの品もマルジャーンの薔薇から作られた、最高級品です」


 「箱に細工などは一切なく、毒も検出されませんでした」と続いた言葉に、アイスブルーの瞳が氷のように冷たく光る。


(毒はない、か……)


 机上の書簡を静かに閉じ、アズールは低く呟いた。


「……念の為、厳重に保管しておけ。皇后には決して使わせるな」

「御意」


 庭園の白薔薇が風に揺れ、遠くで鐘の音が響いた。

次回、第二十七話「赤い薔薇と皇帝の怒り(前編)」


※前編・後編として、朝夕に投稿予定です。

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