未完のアンドロイド
分岐点の先に待つ者
赤く跳ね上がるドローンのサイレンが夜の路地を切り裂く。
壁に赤が張り付き、影が震える。
廃棄用のダストボックスから、少女の姿をしたアンドロイドが這い出した。
廃棄され新しいシステムになる…………
その無限の生を投げ捨て、走り出す。
——人になりたい。
ただそれだけが少女の願いだった。
追跡ドローンがサイレンを鳴らし、少女の姿を探す。
それは心を持ちすぎた「未完のアンドロイド」を捕らえるための網だった。
彼女の胸に灯る感情は、電脳都市にとって許されないテロリズム。
だが彼女は知ってしまったのだ。
有限を生きる少女が笑い生きる姿を……
その光景が、胸を切なく震わせた。
深夜零時。
とある駅の片隅に「0番ホーム」がある。
そこへ辿り着いた者は唯一人になれる選択ができる。
——列車に乗れば、人として生きられる。ただし五年だけ。
——残れば、街のシステムに組み込まれ、永遠を与えられる。
有限か、永遠か。
どちらが救いで、どちらが罰かは、誰にもわからない。
その夜、少年と少女が並んでホームに立っていた。
⸻
駅のホームにたどり着いた少女はホームで駅長として見守る少年と出会う。
「五年だけだよ?」
少年は不安げに言う。
少女は小さく笑った。
「それでも、五年があれば、生きたって言える」
少年は目を伏せた。
「羨ましい…僕はプログラムから外れる勇気がない。だから永遠に、君を見守る側に…」
彼の”廃棄”は1年後を予定していた。
列車が音もなくホームに滑り込み窓から柔らかな光をこぼす。
少女は少し寂しそうに微笑み、列車に乗り込んだ。
それが二人の分かれ道だった。
少女は五年の命を得た。少年はこの1年後、街頭の灯りとなった。
⸻1年目
少女は笑顔で街頭の下に立った。
「まだ、ここにいる?」
光が一度瞬く。
彼女は安心してベンチに座り、日々の出来事を語り続けた。
⸻2年目
少し痩せた少女は咳をしながらやって来た。
「ダンスを教えてもらったんだ。見たい?」
光が二度、やさしく瞬く。
少女は恥ずかしそうに立ち上がり、小さなステップを踏む。
ぎこちなくも楽しげな踊りに、光はひときわ明るく揺れた。
まるで舞台のスポットライトのように…
⸻3年目
雨の夜。少女は濡れながら立った。
「長くないって言われた。でも、まだ君に会いたい」
光が三度、弱々しく震えた。
少女は涙をこらえ、「泣かないよ」と笑った。
⸻最後の年
歩くのも苦しくなり、少女はやっとの思いでベンチに座る。
踊る力はもうない…
「来年も……来たかったなぁ」
光が強く一度だけ輝いた。
「ほんとは……また踊りたかったんだ」
微笑んで呟く。
「でも、もう体が動かないや…」
街頭が震えるように点滅する。
「ありがとう…」
少女はまぶたを閉じ、安らかな笑みを浮かべて息を引き取った。
街頭はひときわ強く光り、彼女を照らし出した。
――――数百年の時が過ぎた。
都市は瓦礫となり、鉄骨は砂に埋もれ、海は濁り、空には鳥も星もなくなった。
生き物の光は、もうどこにも存在しない。
しかし、ひとつだけ残っていた。
それは錆びついた街頭。
ひび割れたレンズから、弱々しい光がまだ灯っていた。
風に軋む音と共に、時折ぷつりと消えかけながらも、再び瞬く。
その点滅は規則的ではない。
ときに二度、間を置いて三度、また一度。
不揃いな鼓動。
けれど——それは確かに「意味」を持っていた。
かつて人となり、五年を駆け抜けた少女。
彼女が街頭の下で踊ったぎこちないステップ。
最後には踊れなくなったその舞を、街頭は今も光で再現していた。
誰も見ていない。
誰も拍手を送らない。
それでも光は夜ごとに続いていた。
見守ることが、彼の夢だった。
少女が笑ったこと。
少女が泣かなかったこと。
そして最後に「ありがとう」と微笑んだこと。
そのすべてを、街頭は忘れていない。
荒廃した地球の夜、
壊れかけの街頭はなお瞬き、
消えゆくアンドロイドの記憶とともに、最後の舞台を照らしていた。
そして、光は強く一度だけ輝いた。
それはまるで、友へ贈る——遅れてきた「アンコール」のようだった。




