第8話 記録商店街と三人の絆
「セピア様、これはどうですか?」
ミルが手に取ったのは、真っ赤なシャツだった。
「いや、ちょっと派手すぎない?」
「では、これは?」
今度は虹色のジャケット。
「もっと派手になってる!」
記録商店街の洋服屋で、私たちはセピアの服選びに奮闘していた。
「ミル、センスが独特すぎる……」
「効率的に目立つ服を選んでいるだけです!」
「効率とファッションは関係ないから!」
セピアは苦笑しながら、私たちのやり取りを見ている。
「じゃあ、これは?」
私が選んだのは、薄い青のシャツ。セピアの瞳の色に合いそうだ。
「いいかも」
セピアが試着室から出てくると、ミルと私は息を呑んだ。
「素敵……」
「セピア様、とてもお似合いです!」
いつもと違う雰囲気のセピア。影はないけれど、確かにそこに存在している。
「そう? なんか照れるな」
頬を赤らめるセピアが、また可愛い。
「他のも試してみましょう!」
ミルが張り切って、次々と服を持ってくる。カジュアルなTシャツ、フォーマルなジャケット、なぜかコスプレ衣装まで。
「これは違うでしょ!」
「でも、セピア様なら何でも似合います!」
「そういう問題じゃ……」
結局、シャツを3枚とジーンズを2本購入。セピアは嬉しそうに袋を抱えている。
「ありがとう、二人とも」
「次は私たちの番ですね!」ミルが目を輝かせる。
「え?」
「せっかくだから、みんなで新しい服を買いましょう!」
それもいいかも。
今度は私とミルが試着する番。ミルは可愛い系の服が似合うけど、本人はクール系を着たがる。
「この黒いワンピースとか」
「ミル、それだと記録管理AIっぽすぎる」
「それが狙いです!」
「もっと可愛いのにしようよ」
ピンクのワンピースを渡すと、ミルは顔を真っ赤にした。
「こ、これは恥ずかしいです……」
ミルが自分の状態を分析し始める。
「顔面温度が通常より4.2度上昇。いわゆる『照れる』という現象ですね。肌の露出面積と羞恥心の相関関係が……」
「ミル、分析しないの!」
「で、でも、この制御不能な表情筋の動きを理解しないと……」
「でも似合ってる」セピアが優しく言う。
ミルのシステムログが一瞬フリーズする。
「セピア様の賛辞により、さらに温度上昇……もう分析を諦めます」
着替えて出てきたミルは、本当に可愛かった。普段のクールな雰囲気とのギャップがいい。
「ユイも何か選んで」
「私? うーん……」
セピアが一着選んでくれた。白いサマードレス。
「これ、ユイに似合いそう」
「そうかな?」
試着してみると、思ったより良い感じ。普段はジーンズばかりだけど、たまにはこういうのもいいかも。
「きれい」
セピアの素直な感想に、顔が熱くなる。
「ユイ、とても素敵です」ミルも褒めてくれる。
三人とも新しい服で、なんだか特別な気分。
「写真撮ろう!」
セルフタイマーをセットして、三人で並ぶ。
「はい、チーズ!」
カシャリ。
「良い写真ですね」ミルが確認する。「保存効率も最適です」
「ミル、そこ?」
みんなで笑い合う。
商店街を歩いていると、美味しそうな匂いが漂ってきた。
「クレープ屋さんだ!」
「クレープ?」ミルが首を傾げる。「データでしか見たことありません」
「じゃあ、食べてみよう」
三人分注文する。私はいちご、セピアはチョコバナナ、ミルは悩んだ末にカスタードクリーム。
「はじめての味です」
ミルが一口食べて、目を丸くする。
「甘くて、もちもちして、幸せです!」
「大げさだなあ」
でも、ミルの反応を見ているのは楽しい。
公園のベンチで、クレープを食べながらのんびり過ごす。
「ねえ」セピアが言う。「こういう普通の時間って、いいね」
「うん」
「はい」
戦いも大事。世界を守ることも大事。でも、こういう穏やかな時間も、同じくらい大切。
「あ、ミル、クリームついてる」
「え? どこですか?」
「ほっぺた」
セピアがハンカチで拭いてあげる。ミルの顔が真っ赤になった。
「あ、ありがとうございます……」
「ユイも」
「え?」
気づくと、私の口元にもいちごのソースが。
「もう、子供じゃないんだから」
でも、拭いてもらうのは悪くない。
夕方になって、荷物を持って帰路につく。でも、ミルが立ち止まった。
「どうしたの?」
「あそこ……」
ミルが指差した先には、小さな写真館があった。『記憶写真館』という看板。
「入ってみる?」
中に入ると、老紳士が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。記念写真かい?」
「はい!」ミルが即答する。
写真館の中は、古いけれど温かい雰囲気。壁には、たくさんの家族写真が飾られている。
「じゃあ、こちらへ」
セットの前に案内される。背景は、古い西洋の書斎風。
「並んで……はい、もう少し寄って」
三人で肩を寄せ合う。真ん中にセピア、両脇に私とミル。
「良い笑顔だ」
老紳士がシャッターを切る。
「一週間後に受け取りに来てください」
「一週間?」
「ああ、うちは昔ながらの現像方法でね」
なんだか、私の使ってるフィルムカメラみたい。
写真館を出て、時計塔への道を歩く。
「楽しかったです」ミルが満足そうに言う。
「うん」
「また来よう」セピアも嬉しそうだ。
その時、空に亀裂が走った。
「また崩壊が……」
でも、今日のところは小規模で済みそうだ。
「急いで戻ろう」
三人で走り出す。新しい服は、ちょっと動きにくいけど。
「ユイ、ドレスで走るの大変じゃない?」
「ちょっとね」
「私も、このワンピース、ひらひらして……」
「でも、可愛いからいいじゃん」
「そ、そうですけど……」
こんな会話をしながら走れるなんて、平和な証拠かも。
時計塔に着いて、着替えを済ませる。
「今日は楽しかったね」
「はい。また行きたいです」
「今度は写真も受け取りに」
そう、一週間後の楽しみができた。
夕食を作りながら(今日は三人でパスタ)、ミルが言った。
「私、気づいたことがあります」
「何?」
「普通の日常って、実はとても特別なんですね」
セピアが優しく微笑む。
「そうだね。当たり前だと思ってることが、実は奇跡の連続」
私も頷く。
「だから、大切にしないとね」
三人で食卓を囲む。新しい服の話、クレープの味、写真館の老紳士。
そんな他愛ない話が、とても愛おしい。
明日はまた、戦いがあるかもしれない。でも今は、この温かい時間を噛みしめよう。
「いただきます!」
「「いただきます!」」
窓の外では、《写し世》の夜が静かに更けていく。
でも、時計塔の食堂は、笑い声でいっぱいだった。




