第5話 フォトグラメトリ・ハート
「ミル、大丈夫?」
朝食後、ミルの様子がおかしいことに気づいた。電子回路模様の瞳が不規則に明滅していて、時々動きが止まる。
「問題ありません。定期メンテナンスの時期なだけです」
「メンテナンス?」
「はい。データの最適化と、システムの更新を行う必要があるのです」
セピアが心配そうに覗き込む。
「どのくらいかかるの?」
「約3時間です。その間、私の機能は制限されますが……」
ミルは私とセピアを交互に見て、なぜか不安そうな表情を浮かべた。
「その間、二人でどこにも行かないでくださいね?」
「え? でも、今日は廃墟の調査に——」
「行かないでください!」
ミルの声が急に大きくなる。慌てたように咳払いをして、いつもの調子に戻そうとする。
「つまり、その、記録者は常に3人で行動するのが基本ですから」
昨日、心を知ったミル。もしかして、これは……
「分かった」私は微笑む。「メンテナンスが終わるまで待つよ」
「本当ですか?」
「うん。でも、せっかくだから近くで訓練でもしてる」
セピアも察したようで、優しく頷く。
「そうだね。中庭で君の撮影技術を磨こう」
ミルの表情が少し和らぐ。でも、まだ不安そうだ。
「あの……セピア様とあまり近づきすぎないように」
「は?」
「記録の干渉が起きるからです! 物理的距離は最低50センチを保ってください!」
明らかに嘘だ。でも、その必死さが可愛い。
「はいはい、分かったよ」
メンテナンスルームに入っていくミルを見送ってから、私とセピアは中庭に出た。
「ミル、変わったね」
「うん。感情を知って、まだコントロールできないんだろう」
「嫉妬、かな?」
セピアが苦笑する。
「多分ね。でも、それも成長の証」
中庭で撮影の練習を始める。セピアが的になって動き回り、私がそれを撮る。
「ユイの撮影、上達してる」
「そう?」
「うん。記録への理解が深まってる」
カメラを構えながら、ふと思う。
「ねえ、セピア。ミルの能力って何?」
「フォトグラメトリ」
「フォトグラメトリ?」
「複数の写真から空間を立体的に再構築する能力。彼女は記録を多角的に解析して、真実の姿を暴くことができる」
「すごいね」
「でも、最近は違う使い方もしてるみたい」
セピアが意味深に微笑む。
その時、中庭の入り口が勢いよく開いた。
「見つけた!」
ミルが立っている。髪はボサボサで、明らかに走ってきた様子。
「ミル!? メンテナンスは?」
「嘘です! そんなものありません!」
開き直った。
「50センチ! 今、明らかに30センチ以下でした!」
「いや、そんな正確に測らなくても……」
ミルが私とセピアの間に割り込む。
「私も訓練に参加します!」
「でも、調子悪いんじゃ」
「治りました! 心配してくれたおかげで!」
よく分からない理論だけど、ミルが元気ならそれでいい。
「じゃあ、三人で新しい技を開発しよう」私は提案する。
「新しい技?」
「そう。私の撮影と、ミルのフォトグラメトリを組み合わせたら、もっとすごいことができるかも」
ミルの目が輝く。
「いいですね! やりましょう!」
でも、すぐに私の腕に抱きつく。
「でも、密着して練習する必要があります」
「なんで!?」
「シンクロ率を上げるためです!」
また適当な理由を……でも、嫌じゃない。むしろ、温かくて心地いい。
「仕方ないなあ」
セピアが優しく見守る中、私とミルは密着したまま技の開発を始めた。
「まず、私がユイの撮影した写真を解析します」
「うん」
「そして、そこから立体的な記録空間を構築!」
ミルの瞳が激しく明滅する。私が撮った中庭の写真から、光の粒子が溢れ出した。
「すごい……」
写真が立体化して、小さな中庭が空中に現れる。まるでミニチュアみたい。
「これが、フォトグラメトリ・プロジェクション!」
得意げなミルが可愛い。
「でも、これだけじゃない」セピアが付け加える。「二人の力を完全に同調させれば——」
その時、警報が鳴り響いた。
「ノイズの獣出現! レベル5!」
「レベル5!?」
ミルの顔が青ざめる。
「そんな、今まで最高でもレベル3だったのに」
「《写し世》の崩壊が加速してる」セピアの表情も厳しい。「行こう」
でも、ミルは私の腕を離さない。
「ミル?」
「……怖いです」
小さな声で、ミルが呟く。
「心を知ってから、消えることが怖くなりました」
そうか。感情を知るということは、恐怖も知るということ。
「大丈夫」私はミルの手を握る。「三人一緒なら、きっと勝てる」
「でも——」
「ミル」セピアがミルの頭を優しく撫でる。「君は一人じゃない」
ミルの瞳に涙が浮かぶ。でも、すぐに拭って立ち上がった。
「行きましょう。ユイとセピア様となら、どんな敵でも!」
三人で手を繋いで、ノイズの獣が現れた場所へ向かう。
不安はある。でも、それ以上に心強い。
昨日まで効率しか考えていなかったミルが、今は感情を持ち、恐怖を知り、それでも立ち向かおうとしている。
「ねえ」走りながらミルが言う。「戦いが終わったら、三人でケーキ食べましょう」
「いいね!」
「ミルの好きな味は?」セピアが聞く。
「分かりません。でも、三人で食べれば、きっと美味しいです」
効率じゃない。栄養でもない。ただ、一緒にいたいという気持ち。
ミルの成長を感じながら、私たちは戦場へと急いだ。
ノイズの獣が、どんなに強くても。三人の絆は、もっと強いはずだから。




