表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/18

第3話 朝食戦争と初めての撮影

「おはよう、ユイ」


優しい声で目が覚めた。セピアが部屋の入り口に立っている。


「もう朝?」


「こちらの時間でね。朝食の準備ができたよ」


着替えを済ませて食堂に向かうと、ミルがテーブルに奇妙な物体を並べていた。


灰色のペースト、立方体の緑色の何か、虹色に光る液体。


「これは……?」


「私が栄養効率を完璧に計算した朝食です」ミルが胸を張る。「タンパク質23.7グラム、炭水化物41.2グラム、脂質15.8グラム。ビタミンとミネラルも完璧に配合されています」


恐る恐るスプーンで灰色のペーストを口に入れる。


「!」


味がない。いや、味どころか食感すらない。まるで空気を食べているみたい。


「どう? 効率的でしょう?」


「効率的って……食事は栄養だけじゃないのよ」


私がキッチンに向かうと、ミルが首を傾げた。


「おかしいです。ユイの行動を見ていると、なぜか演算処理に遅延が発生します」


「え?」


「説明不能なノイズがシステムログに……これは故障でしょうか」


キッチンを覗くと、意外にも普通の食材があった。


「ちょっと、私が作るから」


「え? でも非効率的——」


「いいから見てて」


フライパンでベーコンを焼き、ふわふわのスクランブルエッグを作る。トーストにバターを塗って、シンプルだけど温かい朝食の完成。


「はい、どうぞ」


セピアが一口食べて、顔がぱっと明るくなった。


「美味しい! やっぱり温かい食事はいいね」


「でしょ? 料理は愛情よ」


「む〜!」


ミルが頬を膨らませた瞬間、自分で驚いたような顔をした。


「今、私の表情筋制御プログラムが勝手に……なぜ頬部が膨張?」


「それ、拗ねてるって言うのよ」


「拗ねる? データベースに感情表現として登録されていますが、なぜ私が……」「セピア様、私のも食べてください!」


「うん、栄養は完璧だね」


「それだけ!?」


朝から賑やかな食卓。なんだか楽しい。


食後、セピアが提案した。


「今日は《写し世》を案内するよ。実際に撮影してもらいながら」


「本当? 楽しみ!」


時計塔を出ると、白と黒の街が広がっていた。建物も道路も、まるで古い写真の中みたい。


「ここは記録街。過去の街並みの記録が実体化した場所」


歩いていると、半透明の人々とすれ違う。みんな昔の服装をしている。


「彼らは?」


「記録の人。完全な人格はないけど、記録された瞬間の感情や行動を繰り返している」


なんだか物悲しい。


「撮っていい?」


「もちろん」


カメラを構える。ファインダーを覗くと、不思議なことが起きた。


半透明だった人々が、はっきりと見える。笑顔で会話する家族、手を繋いで歩く恋人たち。みんな、生き生きとしている。


「すごい……カメラを通すと、まるで生きてるみたい」


「それが君の力」セピアが微笑む。「記録に命を吹き込む力」


シャッターを切る。カシャリ。


すると、撮影した家族が一瞬、完全な実体となった。


「ありがとう」


小さな女の子が私に手を振って、また半透明に戻っていく。


「今の……」


「君の写真は、記録を一時的に強化する。消えかけた記録も、もう一度輝かせることができる」


ミルが分析を始める。


「データ的に見ても興味深いです。通常、記録の実体化率は30%程度ですが、ユイの撮影後は一時的に95%まで上昇しました」


「そんなことができるんだ」


歩きながら、色々な場所を撮影していく。古い商店街、小さな公園、朽ちかけた橋。


どれも現実世界では既に失われた風景。でも、ここでは記録として生き続けている。


「ねえ、セピア」


「なに?」


「あなたも、誰かの記録なの?」


セピアの足が止まった。少し迷ってから、答える。


「うん。僕は最初に記録された人間。《アーカイブ》の実験台として」


「実験台……」


「父が開発者の一人でね。完璧な記録保存の証明として、僕を使った」


影がない理由が、少し分かった気がする。


「でも」セピアは明るく続ける。「おかげで君に会えた。それは良かったと思ってる」


胸が、きゅっと締め付けられる。


撮影を続けていると、ミルが突然立ち止まった。


「どうしたの?」


「この先は……危険です」


見ると、街の一角が黒く侵食されている。建物が歪み、空間が不安定に揺らいでいる。


「あれは?」


「ノイズ汚染区域」セピアの表情が曇る。「記録が壊れて、正常に実体化できなくなった場所」


「最近、増えてるんです」ミルが付け加える。「《写し世》の容量が限界に近づいている証拠」


やっぱり、この世界は危機的状況なんだ。


「私のカメラで、何とかできない?」


「危険すぎる」セピアが首を振る。「ノイズに飲まれたら、君の存在も記録も、すべて失われる」


でも、このまま放っておいたら……


その時、ノイズの中から何かが飛び出してきた。


「危ない!」


セピアが私を庇う。黒い触手のようなものが、セピアの腕をかすめた。


「セピア!」


見ると、触手が触れた部分が消えかかっている。


「大丈夫、すぐに修復される」


でも、明らかに痛そうだ。


「ユイ、カメラを」ミルが叫ぶ。「ノイズの写真を撮って!」


「でも、危険じゃ——」


「信じて!」


ミルの真剣な眼差しに押されて、私はカメラを構えた。


ファインダーを覗く。そこには、歪んだ記録の断片が見えた。泣いている子供、壊れた家、消えかけた笑顔。


「これは……壊れた記録じゃない。助けを求めてる」


理解した瞬間、私はシャッターを切った。


カシャリ。


フラッシュが炸裂し、ノイズが光に包まれる。歪んでいた空間が、少しずつ元に戻っていく。


「すごい……」ミルが息を呑む。「ノイズ浄化率78%。理論上ありえない数値です」


黒い侵食が退いて、元の街並みが姿を現した。


「ありがとう」


小さな声が聞こえた。さっき見えた子供の記録が、笑顔で手を振っている。


「ユイ」セピアが私の肩に手を置く。「君は本当に、この世界に必要な人だ」


なんだか照れくさい。でも、少しは役に立てたかな。


時計塔に戻る道すがら、ミルがぽつりと呟いた。


「私、今まで効率しか考えてませんでした」


「ミル?」


「でも、ユイの作った朝食も、今の撮影も……効率じゃ測れない価値がある」


そして、小さな声で付け加えた。


「もっと、人間のこと知りたいです」


「じゃあ、明日は一緒に料理しよう」私は提案する。「効率も大事だけど、美味しさも大事」


「はい!」


ミルの瞳が、初めて人間らしい輝きを見せた。


こうして、《写し世》での二日目が終わる。


まだまだ分からないことだらけだけど、一つ確かなことがある。


私は、この世界とそこに生きる人たち(?)を守りたい。


明日は、どんな記録に出会えるだろう。今から楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ