第11話 レンズの帰還と四人の約束
現実世界に戻って一週間後の土曜日。部室で写真の整理をしていると、窓がいきなり開いた。
「ただいま〜!」「きゃっ!」
驚いて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたレンズが立っていた。
「レンズ! 普通に入ってきてよ!」「だって、サプライズしたかったんだもん」
相変わらずマイペースだ。
「おかえり」セピアが優しく微笑む。「レンズさん!」ミルも嬉しそうに駆け寄る。
「みんな元気そうで何より」レンズが荷物を下ろす。「はい、お土産」
各国の《写し世》で撮った写真の束。どれも、レンズらしい「永遠の一瞬」を切り取った作品だった。
「すごい……これ、パリの《写し世》?」「そう! エッフェル塔の記録が、時間ごとに変化するの」
写真には、朝、昼、夜、そして存在しない時間帯のエッフェル塔まで写っている。
「私も行ってみたいです」ミルが目を輝かせる。「ねえ、美咲ちゃんも一緒に行こうよ」私は美咲ちゃんを誘う。「きっと楽しいよ」「え! 私なんかがいいんですか!?」美咲ちゃんは目を丸くする。「でも、行ってみたいです!」「じゃあ、今度みんなで行こう!」レンズが提案する。
「えっ、いいの?」「もちろん! 私、ずっと考えてたの」
レンズが真剣な表情になる。
「一人で世界中を回るのも楽しいけど、やっぱり仲間と一緒の方がもっと楽しい」「レンズ……」「だから」レンズが私たちを見つめる。「また四人で、冒険しない?」
即答だった。
「もちろん!」「大賛成です!」「いいね」
四人で手を取り合う。あの時の約束が、また一つ叶った。
「じゃあ早速、どこか行こう!」「待って待って」私は慌てる。「準備とか計画とか」「そんなの後でいいじゃん」レンズが手を引っ張る。「思い立ったが吉日!」
結局、レンズのペースに巻き込まれて、四人で《写し世》へ。
「今日は特別な場所に案内するね」
レンズが向かったのは、《写し世》の西の果て。普段は誰も行かない辺境の地。
「ここに何が?」「見て」
レンズが指差した先には、不思議な光景が広がっていた。
無数の鏡が浮かぶ空間。それぞれの鏡に、違う場所、違う時間の風景が映っている。
「鏡の迷宮……」セピアが呟く。「世界中の《写し世》を繋ぐ場所」
「さすがセピア様」レンズが嬉しそうに言う。「ここから、どこへでも行けるの」
ミルがデータを解析する。
「すごい……膨大な接続ポイントです」「でしょ? 私、旅の途中で見つけたの」
レンズが一つの鏡に手を当てる。
「例えば、これは——」
鏡の向こうに、美しい桜並木が見えた。満開の桜が、風に舞っている。
「日本の春の記録」「きれい……」「でも、ただ見るだけじゃつまらない」
レンズがいたずらっぽく笑う。
「みんなで、鏡の向こうで写真撮ろう!」
一つ目の鏡。春の桜並木。
「うわあ、本当に桜の香りがする」
四人で桜の下に立つ。花びらが舞い落ちる中、セルフタイマーで撮影。
「次!」
二つ目の鏡。夏の海岸。
「暑い! でも気持ちいい!」
砂浜を走り回りながら、波打ち際で水遊び。
「ミル、そっち行った!」「きゃー! 波が!」
びしょ濡れになりながらも、最高の笑顔で撮影。
三つ目の鏡。秋の紅葉山。
「見て、真っ赤」「データで見るより、ずっと綺麗です」
落ち葉を投げ合いながら、紅葉をバックに撮影。
四つ目の鏡。冬の雪景色。
「寒い〜!」「でも、幻想的」
雪だるまを作って、その隣で撮影。
「楽しい!」ミルが息を切らしながら笑う。「四季を一日で体験するなんて」「これが《写し世》の醍醐味よ」レンズが得意げに言う。
でも、レンズの本当の狙いは別にあった。
最後の鏡の前で、レンズが立ち止まる。
「これは……私が一番最初に撮った場所」
鏡の向こうには、小さな部屋が見える。机と椅子とカメラだけの、簡素な空間。
「私がまだ、ただの記録収集装置だった頃の部屋」
レンズの表情が、少し寂しげになる。
「あの頃の私は、永遠に記録を残すことしか考えてなかった。でも——」
レンズが私たちを見る。
「ユイたちと出会って、変わった。記録は残すだけじゃなく、分かち合うものだって」「レンズ……」「だから、ここで撮りたい。昔の私と、今の私たちを」
四人で鏡をくぐる。
小さな部屋に入ると、そこには一枚の写真が置かれていた。
無表情なレンズが、一人でカメラを構えている写真。
「寂しそう」ミルが呟く。「うん。でも、もう違う」
レンズが古い写真の隣に、カメラをセット。
「みんな、集まって」
四人で肩を組む。昔の孤独な写真と、今の幸せな私たち。
カシャリ。
「これで、完璧」
レンズが満足そうに微笑む。
「過去は変えられない。でも、未来は作れる」
鏡の迷宮を後にして、時計塔に戻る道。
「ねえ」私が提案する。「定期的に四人で旅しない?」
「賛成!」「月に一度は」ミルが計画を立て始める。「世界中の《写し世》を巡ろう」セピアも乗り気だ。「決まり!」レンズが飛び跳ねる。
時計塔に着くと、ちょうど夕飯時。
「今日は私が作る!」レンズが張り切る。「世界の料理を教えてあげる」
キッチンで、レンズが腕を振るう。
「これはインドの《写し世》で覚えたカレー」「これはイタリアの《写し世》のパスタ」「これは——」「作りすぎ!」
でも、どれも美味しい。みんなでわいわい食べる。
「やっぱり、みんなで食べる方が美味しいね」レンズが嬉しそうに言う。
「当たり前じゃん」「そうですよ」「うん」
食後、四人で写真の整理。今日撮った写真を見返す。
「良い写真ばかり」「また行こうね」「次はどこにする?」「南米!」「ヨーロッパ!」「アジアも!」
計画を立てているうちに、夜も更けていく。
「そうだ」レンズが思い出したように言う。「美咲ちゃんって子、どう?」
「すごく良い子だよ」「今度紹介して。五人で撮影も楽しそう」「いいね!」
仲間の輪が、また広がっていく。
レンズが帰ってきて、四人がまた揃った。
これからも、きっと素敵な冒険が待っている。
「じゃあ、また明日」「うん」「おやすみ」「良い夢を」
それぞれの部屋に戻る前、レンズが振り返った。
「ありがとう、待っててくれて」「待ってないよ」私は笑う。「ずっと繋がってたでしょ」
レンズの目が潤む。
「うん、そうだね」
四人の絆は、距離も時間も超える。
それを改めて実感した、特別な一日だった。