第10話 現実世界へ、そして新たな始まり
「準備はいい?」時計塔の扉の前で、私は深呼吸をした。この扉の向こうは、現実世界。二週間ぶりの帰還だ。
「ドキドキします」ミルが胸を押さえる。「本当に、私も行けるんですか?」「大丈夫」セピアが優しく微笑む。「僕たちは記録の柱。両世界を自由に行き来できる」
三人で手を繋いで、扉を開ける。眩しい光に包まれて——
気がつくと、廃鉱山の入り口に立っていた。
「わあ……」
ミルが感動の声を上げる。現実世界の風を感じ、太陽の光を浴びて、目を輝かせている。
「これが、現実世界……」「そして——」
セピアが地面を見る。そこには、くっきりとした影が。
「影がある!」
セピアの顔が、子供みたいに明るくなる。何度も自分の影を確認して、飛び跳ねている。
「本当だ、本当に影がある!」「良かったね、セピア」「うん!」
でも、喜んでばかりもいられない。現実世界では、私は二週間も行方不明だったことになる。
「とりあえず、家に戻らなきゃ」「私たちはどうすれば?」ミルが不安そうに聞く。「一緒に来て。説明を考えながら」
三人で街へ向かう。ミルとセピアは、現実世界のすべてが新鮮みたいだ。
「車だ! 本物の車!」「コンビニ! データで見たのと同じ!」
まるで遠足の小学生みたい。
家に着くと、案の定大騒ぎになった。
「ユイ! どこに行ってたの!?」
両親が玄関に飛び出してくる。
「ごめん、ちょっと事情があって……」「事情って……あら?」
母さんがミルとセピアに気づく。
「お友達?」「えっと、その……」
どう説明しよう。異世界から来ました、なんて言えないし。
その時、祖父の遺品から手紙が見つかったと、父さんが言い出した。
「『ユイが友人を連れて帰ってきたら、これを読むように』って」
手紙には、ミルとセピアの戸籍や、仮の経歴が用意されていることが書かれていた。さすが祖父、準備がいい。
「遠い親戚の子たちなの」私は説明する。「事情があって、しばらくうちで預かることに」
両親は不思議そうだったけど、祖父の手紙を信じてくれた。
「まあ、おじいちゃんの親戚なら……」「よろしくお願いします!」ミルが元気よく挨拶する。「初めまして」セピアも丁寧にお辞儀。
二人の礼儀正しさに、両親の表情が和らぐ。
「まあ、良い子たちね」
なんとか最初の関門は突破。
私の部屋で、三人で今後の相談。
「明日から学校か……」「楽しみです!」ミルが目を輝かせる。「制服も用意してあるみたい」セピアが押入れを確認する。
祖父の用意周到さには、本当に頭が下がる。
「でも、学校で能力使っちゃダメだよ」「分かってます」「僕も気をつける」
その夜、久しぶりに現実世界のご飯を食べた。母さんの手料理に、ミルもセピアも感動。
「美味しい! ユイのお母様、料理上手です!」「あら、ありがとう」「本当に美味しいです」セピアも褒める。
すっかり気に入られた二人。これなら、うまくやっていけそう。
翌朝、三人で登校。
「ドキドキする〜」「ミル、そんなに緊張しないで」「だって、人生初の登校ですから!」
校門で、美咲ちゃんが待っていた。
「部長! 無事だったんですね!」「ごめん、心配かけて」「それより、その人たちは?」「転校生。今日から廃墟写真部に入部予定」
美咲ちゃんの目が輝く。
「本当ですか!? 部員が増える!」
職員室で手続きを済ませ、いよいよ教室へ。
「では、転校生を紹介します」
ミルとセピアが教室に入ってくる。
瞬間、教室がざわめいた。
「かわいい……」「あの男子、めっちゃイケメン」「モデル?」
まあ、そうなるよね。二人とも、普通じゃない美形だし。
「ミル=メモリカです。よろしくお願いします!」
元気な挨拶に、クラスの雰囲気が和む。
「セピア=レコードです。よろしく」
落ち着いた挨拶。女子たちの黄色い声が上がる。
席は、偶然にも私の近く。ミルが右隣、セピアが前。
「ユイ」ミルが小声で話しかける。「緊張します」「大丈夫、普通にしてれば」
授業が始まる。心配してたけど、二人とも問題なくついていけてる。ミルは完璧な記憶力で、セピアは冷静な理解力で。
昼休み、廃墟写真部の部室へ。
「ここが部室です!」美咲ちゃんが案内する。
「写真がいっぱい」セピアが壁の写真を見る。「部長が撮ったんですよ」「ユイ、すごい」ミルも感心する。
でも、私たちが《写し世》で撮った写真には、到底及ばない。
「今度、みんなで撮影に行こう」私は提案する。
「はい!」「楽しみ」「私も連れて行ってください!」美咲ちゃんも参加表明。
放課後、四人で学校近くの廃工場へ。
「ここ、雰囲気ありますね」
美咲ちゃんがカメラを構える。私も久しぶりに、現実世界での撮影。
「ミル、セピア、自由に撮っていいよ」
「はい!」
二人とも、《写し世》での経験を活かして撮影している。特にミルは、構図の取り方が上達していた。
「あ、セピア先輩! そこで止まってください!」
美咲ちゃんがセピアを撮る。影のあるセピアは、本当に絵になる。
「ミルも一緒に」「え? 私も?」
二人並んで、廃工場をバックに。カシャリ。
「良い写真!」
こうして、現実世界での新しい日常が始まった。
夕方、部室で現像作業。
「わあ、上手く撮れてる」「ミル先輩もセピア先輩も、才能ありますね!」
褒められて、二人とも嬉しそう。
「ねえ」ミルが提案する。「今度、合宿しません?」
「合宿?」「はい! みんなで泊まりがけで撮影に」「いいね!」美咲ちゃんも賛成。「場所は?」セピアが聞く。「山奥の廃村とか」「楽しそう!」
計画を立てながら、ふと思う。
二週間前は、一人で廃墟を撮っていた。でも今は、大切な仲間がいる。
《写し世》と現実世界を行き来しながら、二つの世界を守る使命はある。でも、それ以上に。
みんなと過ごす日常が、何より大切で、幸せだ。
「そうだ」私は思い出す。「今度の週末、《写し世》のメンテナンス」
「ああ、月一回の」ミルが頷く。「美咲ちゃんには内緒だけどね」「分かってます」セピアも微笑む。
二つの世界、二つの生活。
でも、どちらも本物。どちらも大切。
「部長」美咲ちゃんが言う。「なんか、明るくなりましたね」
「そう?」「うん。前より楽しそう」
それは、きっと本当。
だって、世界が二倍に広がって、仲間が増えて、毎日が冒険だから。
夕日に染まる部室で、四人の笑い声が響く。
明日も、きっと素敵な一日になる。
現実でも、《写し世》でも。
みんながいるから。