第1話 写した瞬間、世界は壊れた
「ねえ、知ってる? この世界には、撮っちゃいけない風景があるんだって」
放課後の廃墟写真部。窓から差し込む夕日が、埃っぽい部室をオレンジ色に染めている。後輩の女子――確か一年の美咲ちゃんだっけ――がスマホを片手に、目をキラキラさせながら私に詰め寄ってきた。
「はいはい、ストップ」
私、海野ユイは愛用のフィルムカメラを磨きながら鼻で笑った。レンズクロスで丁寧に汚れを拭き取る。このカメラは祖父の形見で、私の相棒だ。
「そんなオカルト、あるわけないでしょ。写真は記録。ただそれだけよ」
「でも部長! この掲示板見てくださいよ。『特定のカメラで特定の場所を撮ると、別の世界に飛ばされる』って!」
「だから〜、そういうのは創作でしょ。私たちは廃墟の美しさを記録する部活なの。オカルト研究会じゃないんだから」
美咲ちゃんは頬を膨らませたけど、私は相手にしない。
「あ、そうだ」私は立ち上がり、カメラを首から下げる。「今日、廃鉱山に行ってくるわ」
「え!? 一人でですか?」
「そう。明日から取り壊し工事が始まるらしいから、最後の一枚を撮りに」
そう言い残して部室を出た私は、今、その廃鉱山の入り口に立っている。
夕陽が錆びた看板を照らしているけれど、何かがおかしい。
取り壊し前日だというのに、工事の準備が何もされていない。警備員もいなければ、立ち入り禁止のテープすら張られていない。まるで、この場所だけ忘れ去られたみたいに。
『――やっと来たね、ユイ』
振り返る。誰もいない。
でも確かに聞こえた。頭の中に直接響くような、不思議な声が。
「だれ?」
手元のフィルムカメラが、急に熱を帯び始める。まるで脈打つみたいに、温かくなっていく。
『そのカメラを持つ者を、ずっと待っていた』
カメラのレンズが勝手に伸びて、シャッターボタンが青白く光り始めた。
美咲ちゃんの言葉が頭をよぎる。撮っちゃいけない風景。特定のカメラ。別の世界――
「まさか、ね」
でも、体が勝手に動く。抗えない衝動に突き動かされて、私はファインダーを覗き込んだ。
そこに映っていたのは、廃鉱山なんかじゃなかった。
白と黒だけで構成された空間に、一人の少年が立っている。セピア色の髪、琥珀色の瞳、そして――影がない。
『お願い、僕を――』
少年の唇が動く。寂しそうに、でも希望を込めて。
私の指が、シャッターボタンに触れた。
押してはいけない。分かっているのに、止められない。
カシャリ。
その瞬間、世界が音を立てて崩れ始めた。
地面が割れ、空が裂け、重力さえもが意味を失っていく。私の体が、写真の中に吸い込まれていく。
「きゃああああ!」
美咲ちゃん、あなたの言った都市伝説は本当だった。
この世界には、撮っちゃいけない風景がある。
そして私は今、その代償を払おうとしている――