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第四話 洞窟に待ち受けるモノ

「…………プロじゃないわね」



アリーシャが最初に判断したのは

この光景をどんな人物が行ったものか

推測する事でした。


コツコツと部屋の中を進み

そして、鮮血が飛び散ったベッド……その中身を確認します。


そこには。



「……ぅ……ぁ……」



血だらけの勇者の姿がありました。


苦しそうにうめき声をあげ

口が酸素を求めるようにぱくぱくと動くその姿は

もはや生命ではなく新鮮な肉塊のようでした。



「……なるほど、ね」



アリーシャはそんな勇者を確認すると


そのまま現場検証を始めました。


犯人はどこから侵入したのか

どういう凶器、魔法を用いて勇者を襲ったのか。

犯人の動機、手口、そして証拠隠滅の有無を冷静に分析します。



「ぁ……うぅ……あ」



勇者のうめき声をBGMにアリーシャは作業を進めます。


その声はどこまでもか細くなり、遂にはその呼吸さえ浅く、狭くなっていきます。

段々とその身体が生命から落第し、遺体になる準備を始めだしていました。



「恐らく窓から侵入して……逃げたのもここから……そして、メルウが居ない」



メルウが寝ていたであろうベッドには誰も寝ておらず

そこにはただただ、夥しい量の血痕があるだけでした。


そしてベッドの上には。



『仲間を無事に返してほしくば、ノイエの洞窟まで来い』



と書かれた紙が一枚置かれていました。



「……へぇ」



血の付いた窓を全開にして、夜風を浴びながら

アリーシャは辺りを見渡します。


そこに怪しい人影や点々と続く血痕などは無く……



「……やるわね、私に幻を見せるなんて。幻覚魔法……いや、希少なお香かしら…?」



アリーシャが指をパチンと鳴らすと部屋に突風が吹きます。


すると血だまりの部屋は、夜風と一緒に様変わりし

たちまち、ごく一般的な宿屋の一室に代わりました。


勇者は真っ白なベッドの上で

気持ち良さそうに寝息を立てて寝ています。


ただ、メルウのベットにあった血痕だけは

ずっとそのままでした。



「瀕死の勇者と血まみれの部屋はメルウのベッドを除いて全て幻覚……」



狙いは私……か

アリーシャはそう呟きます。


この光景を見る事が出来る相手は、その場を離れていた自分しかおらず

勇者がターゲットなら今もあんなにスヤスヤと寝息を立ててはいない。


そんな判断したアリーシャは、静かに勇者の所へ歩いて行いき

その身体に触れました。



「ねぇ起きて、勇者。大変よ」

「むにゃ……う、え……? アリーシャ? なに……どうしたの?」



目を擦ってボーっと起き上がる勇者に

アリーシャは冷水を浴びせるように言いました。



「誰かがメルウを攫ったわ、どうする?」



勇者はメルウが寝ていたベッドに駆け寄り……

そして、その顔から血の気を引かせます。



「……助けに行こう、今すぐ」



わなわなと身体を震わせ、

恐怖や後悔、怒りを抑えながら静かに言い放つ勇者に

アリーシャは頷きました。



「何か…。何か手がかりは無いかな、メルウが連れ去られた先とか」

「うーん……確実にそこに居るって保障は無いけど……ここだろうなって場所は分かるよ♡」

「すごいよアリーシャ! そんな事まで分かるなんて! 早く、早く行こう!」

「あ、待って勇者! 先にあのアランカって奴に応援を頼みましょ!」

「そんな事してる暇はないよ! だって君も見ただろう!? あの血が!! 血が出てる! 早く行かないとメルウが死んじゃうよ!」

「ああ、あれね。豚の血♡」

「…………は?」

「私、故郷の村で肉屋さんのお手伝いしてた事あるから分かるのよ、アレは豚の血だって。だから大丈夫♡」

「…………」

「私の事、信じられない? 名前も偽って一度勇者を騙した女だから?」

「それは違う! でも…」



勇者に仲間を疑う心はありませんでした。

とてもとても優しい勇者は

時として其れが甘さに繋がる事を恐れていません。



「本当にメルウの血だったら……今すぐ助けに……」

「……♡ 残酷な事を言うけど、本当にアレがメルウちゃん本人の血なら」



もう、とっくに死んでるよ。


アリーシャは勇者に聴こえる音、聞こえる声で

優しく緩やかに思考を誘導していきます。



「勇者はさ、助けたいの? それとも死体を確認したいの?」

「助けたいに決まってる!!」

「だったらアレが豚の血だって事を信じて欲しいな。そうすれば犯人はメルウちゃんを殺害じゃなくて拉致したかったって考えられるでしょ?」

「…………」

「しかも私達を洞窟に呼び出してるんだから、メルウちゃんは向こうにとっても大切な人質。殺しはしないわ」



勇者はアリーシャの言葉に俯いて。


そして数秒の沈黙の後に。



「……そう、だね。アリーシャの言う通りだ」



短く。しかし誠実にアリーシャの瞳を見て首肯します。



「そうよね♡ でも私達二人じゃ戦力として心細いからぁ? どうした方がいいと思う?」

「申し訳ないけどアランカさんに応援を頼もう…! 付いてきて!アリーシャ!!」

「もちろん♡ どこまで付いて行く♡」



その後、アランカの居る宿屋に向かい事情を勇者は話ました。


メルウを案じ、心の余裕がない状態だったので

とても要領を得ない説明でしたが



「分かった。僕も行こう」



どこまでも実直な勇者の瞳を見て

アランカはこの情報が勘違いや冗談の類ではない事を察知し

メルウ救出に協力してくれました。



「だけどまずは冷静にならなきゃね。そんな状態では戦えない」

「……すいません」

「心配なのは分かる。でもいざって時に本来の力を発揮できなきゃ仲間も救えないよ」

「そうですね……落ち着きます……」



アランカは優しく勇者の肩を叩き、励ましました。



「幸いノイエの洞窟はここから近い、すぐにでも出発しよう!」

「はい……っ!」



そうして勇者達はアランカと共に

ノイエの洞窟を目指していきます。


道中。

勇者の胸の中には気味の悪いモヤが蔓延りましたが

それでもメルウの無事を祈って

宵闇の中、前へ前へと歩みを進め……



「皆、準備はいいかい?」



遂に、洞窟の前までたどり着きました。



「夜間の洞窟は本当に危険だ。奇襲や罠に気を付けよう」



アランカが険しい顔で注意を促します。

その顔には既に戦場を駆る戦士の様相を呈していました。


こちらは攻め入る身で

向こうは人質付きであり迎え撃つ側。

気を抜けば敗北必須なのは見え透いています。


一つ一つ。

周囲を警戒して静かな洞窟の中を進み

手元に灯したランタンの光を飲み込むような闇の中へ一行は身を投じていきます。


そして。



「────おや、ようやくですか」



何事もなく、何の奇襲も罠も障害も無く。


広い空間に出ました。


壁には発光する鉱石が埋め込まれていて

洞窟の中とは思えないほどに

空間が明るく照らされています。



「お待ちしていましたよ、その到着を」



深い緑のローブを纏い

先端に宝石が埋め込まれた身の丈ほどの杖を手にする男が

その空間の中央で勇者一行を迎え入れます。



「メルウ!!」



勇者がそう叫び剣を構える先。男の背後。

そこに、横たわるメルウが居ました。



「ご安心下さい、眠らせてあるだけです。……まずは皆さん、その剣と共に敵意を納めてくれませんか?」

「生憎、その手の甘言に乗るほど経験の浅くはないさ」



アランカは剣の切っ先を男に向けたまま

言葉を続けます。



「どうしても僕たちの警戒を解きたいのなら、まずはその人質を解放してもらおうか」

「えぇ、構いませんよ」

「……なに?」

「信用ならないのなら、ここから離れてみせましょう」



そう言うと男は簡単にメルウから距離を取りました。



「さあこれでどうです?」

「…………勇者君。僕が彼を警戒していよう」

「……分かりました。アリーシャはそこで出入口を見張ってて」

「は~い♡」



アランカと勇者はメルウにゆっくりと近づきます。


勇者を守るようにアランカが先に立って男を睨み

アリーシャが全体を見渡せる場所で警戒した状態。


これで何かあっても対応が可能です。


だとしてもその緊張が解ける事などありませんでした。

どの瞬間か、どの秒間か、どのタイミングか、何が起こってもおかしくない。

安心できる時間など存在しません。


一つメルウとの距離が縮まる度に嫌な汗が流れるのを勇者は感じました。

叫び出してしまいそうな緊張感は今まで感じた事もないストレスの形を成している。

そんな自己分析なんてする余裕も無く、向かいます、メルウの所へ。


一秒経ちました。

メルウは動かずそこに居ます。


また一秒経ちました。

勇者とアランカは距離を縮めます。


また一秒経ちます。

男は何もせずこちらを見ています。


二秒、三秒、四秒。

静かな空間で時が流れます。まだ何も起きていません。

しかし一秒後に何かが起きる可能性も消えません。



「────メルウ!」



そして無事二人はメルウの所まで辿り着けました。


何事もなく、何も起きず、勇者はメルウを抱え

アランカが引き続き警戒しながら

アリーシャが居る場所まで引き返せました。


男は言います。



「これで少しは私の事を信用してくれましたか」

「出来る訳ないだろ! お前は俺の仲間を誘拐したんだ!」

「こうするしか無かったのです、勇者殿。来てもらわない事には何も始まらなかったのです、どうか私の話を聞いていただけませんか」

「ああ言ってるけど……勇者君。君の判断に任せるよ」

「……話を聞こうと思います、じゃないと次はコレだけじゃ済まないかもしれない」

「分かった。僕は引き続き警戒を続けるよ、何かあったら振り返らず急いでここを出るんだ、いいね?」

「はい、ありがとうございます」



勇者は一歩、前へ出ます。



「貴方の話を聞く。そうでもして何の話をしたかったのか、聞かせて欲しい」

「聡明な選択です、勇者様」

「でもそれはココじゃない。俺が場所を指定する」

「えぇよろしいでしょう。ただし誰かに聞かれる危険の無い場所が良いのですが」

「それなら僕が良い場所を知っているよ……だから……」



そう言ってアランカは。



「逃げろ!!! 早く!!」



目を見開き叫びました。

しかしその直後に膝を折り、そのまま地に伏せてしまいます。



「何……を、し……」



か細く抵抗をする勇者もまた、同じように地面へと身体を預けます。

目を閉じ、口も閉じ、ぴくりとも動かず二人は横たわりました。



「ようやくですか、全く……完全に耐性があったのではないかと焦りましたよ」



男はそう言って額の汗をぬぐいます。



「昏睡作用のある霧を空間に限りなく薄く撒いていたって所かしら」

「えぇその通りですお嬢さん。ここではなく洞窟周辺、ここに至る道に薄く、しかししっかり充満させました」

「あのベッドの血も、罠も奇襲も無意味に仕掛けなかったのも、必要以上に警戒させて、昏睡の毒が体に回るまでの時間稼ぎ?」

「死に至る毒では例え薄くとも気付かれる確率も上がりますからね。……しかし、まさかそこまで理解されるとは、とても聡いお人だ。どうです、もっとお話でもしませんか?」

「いいわよ、どれだけ話しても私には効かないから。そんな小手先の手段」

「それは困りましたね、では……こういうのはどうでしょう」



男は杖を振ると、空間が一気に深い霧に満たされます。


二歩先も見えない不気味な濃霧。

そこに、くぐもった男の声が響きます。



「ご安心を。ただ昏睡毒の濃度を上げただけです、すぐ深く眠れますよ」

「そう、ならこのまま話をしましょう」

「……まさかこれでも眠らないとは。これでも私の昏睡魔法は王宮でも随一だったのですが」

「王に仕える臣下のようには思えないわね」

「もうあそこを抜け出していますからね、私の魔法を正当に評価しない人間が居る場など嫌気が差すばかりでしょう?」

「それは貴方が無能だからよ」

「これは手厳しい。ですがこの状況、余裕を見せているようですが本当に危険なのは貴女以外です。術者である私は問題ありませんが、昏睡毒を吸い込み過ぎると人は簡単に死んでしまいます」

「そう。ならこの濃霧を止める代わりに何を要求するつもり?」

「勧誘ですよ。どうです? 貴女も我々と同じ志を持ちませんか?」



共に真なる勇者様を信仰しましょう。


男の言葉がユラユラと反響するのを、アリーシャは濃霧の中で黙って聞きます。



「貴女の持つ耐性はとても貴重なものです。それをより良い事に使いたくはありませんか?」

「無いわね。こんな陰気なやり方しか出来ない奴らに下るほど落ちぶれてないから」

「私はこの信仰により救われたのです。本当の自分を見つける事が出来たのです」

「なら無職の現実を見なさいよ」

「職が無くとも志があるのです!!」

「陰気なセコい無職のオッサンが大きな声で叫ぶのが志?」

「ゆ、許せません…! 我々の信仰を馬鹿にするのは許されません!!」

「信仰を馬鹿にはしていないわ、貴方個人を嘲笑してるの」

「わ、私は……!! 私は優れておるのだ!! 他の無能共よりも!!!!」



男はそう怒り、叫び散らかすと思い切り魔力を杖に篭め



「私の実力を見せてやろう! 最大限の昏睡魔法を!!!」



と、思い切り杖を振り昏睡魔法を発動します。

濃霧は更に濃さを増し、もはや真っ白の視界が目の前に広がるばかりです。



「ここまで出力を上げれば耐性も何も無いッ!! 空気中の酸素すら上書きする致死量の毒を喰らうがいい!!!」



昏睡魔法は閉じた空間ととても相性が良い魔法でした。

空気の逃げ道が無ければ無いほどその効果は増してゆき

濃さを最大限まで上げれば窒息死も狙えてしまう程です。


何もかもが完璧な状況下。

並大抵の人間では太刀打ちも出来ないでしょう。



「────そこね」



しかし。

それは【並大抵】であればの話でした。



「な……っ…」



パキリと音を立てて男の持つ杖が割れ

何も知覚できないまま。

どうする事も出来ないまま、濃霧は晴れてゆきます。



「やはりその杖が無ければ制御が出来ない程度の実力だったようね」

「ば、バカな……! 何をしたっ!!」

「小石を拾って投げただけよ」

「そんな、嘘だろう……?」



アリーシャは足元の小石を拾い、男の杖目掛け投げます。



「あ、……ぇ?」



杖は粉々に砕け、小石は洞窟の壁に衝突し

そこに小さなクレーターを残しました。



「助かったわ、全員眠らせてくれて。これで少しは実力が出せる」

「あ、ああ……あああ……」

「小石二個、あの程度の魔法ならそれで充分だったから……」



アリーシャは足元の小石を一つだけ拾い、男の心臓を指さします。



「貴女の命は小石三個分って所かしら」

「ひ、ひぃいいいいい!!!!!あああああああああ!!!!!!!!!!」



男は恐怖に狂った声をあげます。


ですがその声はアリーシャ以外誰にも届きません。

その程度で起きない程、みんな眠っているからです。


昏睡の毒で満ちた空間は立ちどころに消え失せ。


代わりに。

死の気配で満たされていったのでした。

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