第三話 二者面談
「初めまして、僕はアランカ───勇者だよ」
まるで勇者のお手本のような雰囲気で
痩躯の男が優しくニコリとほほ笑みます。
魔王はその姿に見覚えはありませんでしたが
その実力は恐らく人間の中でも上位に位置する事を
感じ取っていました。
一瞬のうちに6人の集団を殺す訳でもなく
気絶させるのは並大抵では無し得ません。
「は、初めてまして。助けてくれてありがとうございます! 何かお礼を……」
「はは。お礼なんて要らないよ、ケガもなかったのならそれが一番さ」
「アランカさんは凄く強いんですね! 俺は同じ勇者なのに何も出来なくて……」
「ゆ、勇者……? 本当に勇者なのかい……?」
「え、は、はい! でもこんな貧相な身なりじゃ分かりませんよね、ははっ」
笑い飛ばす勇者とは対照的に
アランカは神妙な面持ちで勇者を見つめました。
暗い影をその端正な顔に落とします。
「本当に……? なら君の身体にもあるのかい? 勇者のアザが」
「アザ? あぁ、あの変な小さい模様ですか? ありますよ」
「そうか……。あぁすまない引き留めてしまったね、この集団は僕が憲兵に突き出しておこう」
「え、いや俺らも手伝いますよ!」
「いいんだ。僕は後輩勇者に頼れる所を見せたいだけなのさ」
軽やかに笑うアランカを見て
魔王は一つ、アイデアを思いつきました。
「どうだろうか勇者君、ここは一旦街へ戻るというのは」
「そうですね……こんな人たちが居るような場所での行動は危険かもしれません……」
「ただそうなると勇者君の明日を生きる資金に陰りが出てしまう、困ったものだねぇ……」
「それなら僕がその依頼に同行するよ! 先輩勇者として後輩が困っているのを見過ごせないさ!」
魔王はニヤリと心の中で笑います。
やはりこういう輩は善意の奴隷、困ってる輩を見過ごせないだろうと。
「(クク、これで無暗に力を使わずに済む……)」
アランカの実力があれば正体不明の集団がまた現れても
十分すぎるほどに対処が出来ます。
つまりもう魔王は『やってる感』を出すだけで良いのです。
これで戦闘に関しては
安心して舐めプが出来るようになりました。
「(勇者が二人……。これは想定外だが、まあいいだろう)」
報告にあがった勇者はアランカではなく
あくまで記憶喪失中の方の勇者。
ならばターゲットでは無い勇者の存在など
重要ではない、いざとなれば殺せば良い。
と、魔王はわりかし雑に、いい加減に思考を進めます。
余計な事に思考リソースを割かないのも
出来る魔王の仕事術でした。
「それじゃあ俺達全員で街に戻り、その後依頼を達成しに戻る。これでいこう!」
「あぁ、僕はそれで問題ないよ!」
「私も構わない。君に従おう」
「私は勇者が決めたコトなら何でもいいかな~♡」
「先ほどの戦闘で何も出来なかった分、依頼がんばります!」
「あれ? アリーシャとメルウはなんでそんなとこ居るの?」
勇者が言ったようにアリーシャとメルウだけ
勇者たちが居る場所と離れてフードの集団……そのうち一人の近くへ寄っていました。
「私らは勇者が話してる間、コイツを尋問してたの♡」
アリーシャは足元に倒れている
黒いフードが外れた青年の頭を持ちあげます。
「まず私が倒れてたコイツの目を覚まさせて」
「その後に私が懺悔を強要する魔法をかけて」
「聞きたい事聞き終わったら殴っ……いや気絶したのよ凄く自然に」
明らかに殴られた箇所があるフードの青年は
白目を向いていて口からよだれが垂れています。
「急に気絶して怖かったよ~♡勇者ぁ~♡」
「え、あ、うん、よしよし」
勇者は戸惑いながら抱き着いてきたアリーシャの頭を撫でます。
そこには人柄の良さが現れていました。
「どうしますか勇者様? まだ自白させますか?」
「あ、うん、もういいかな! ありがとう!」
朗らかに笑うメルウに勇者は戸惑いながらも
まず先に彼女の功績を褒めました。
こういう人が職場に居ると上司と部下との関係も円滑に進むので
魔王は『こいつやるな』という目で見ていました。
「というかメルウは懺悔させる魔法なんて使えたいんだね?」
「はい! でもあくまで『懺悔したくなる』だけなので、心の弱い方かつ自分より弱い雑魚様にしか使えないのですが……」
「それでも凄いよ! 僕もメルウみたいに凄い事できるように頑張るね!」
「お褒めの言葉ありがとうございます! でも勇者様はとっても凄いお方ですよ!」
魔王は、早くこのイチャイチャしてるの早く終わらないものかと思いました。
チラとアランカを見ると
『あー、あるある!』と、何やらあの状況に共感していました。
勇者あるあるのようでした。
「それで、アリーシャとメルウはこの男の人から何を聞き出せたのかな?」
「聞けたのは聞けたけど、ほぼ空振りって感じかな~」
「この男の人が言うには、勇者の集団を襲うだけで高額な報酬が出るからやっただけ、らしいです!」
つまりこの黒いローブの集団は
闇バイトの集団という事でした。
「そんでね、コイツにその話持ちかけたのが黒いローブの男らしくて~♡」
「それ以外は特に何も……。たぶんこの方々たちは本当に最小限の情報しか与えられてないみたいです」
「なるほど……。うん、ありがとう二人とも!」
勇者の労いの言葉に目を輝かせる二人をしり目に
魔王はもう一人の勇者、アランカに視線をやります。
「勇者というのは、ああして命を狙われるものなのかい?」
「まぁそういう事もあるかな、大抵は悪党の逆恨みなんだけどね」
ただ…、とアランカは声のトーンを落として続けました。
「例えば奴隷を解放したり、例えば裏社会のチームを壊滅させたり、そういう事をすればそういう悪党から目を付けられる」
「君はどうだったんだい?」
「僕の場合は皆諦めていったよ。どうやっても勝てないって悟ってね、ただ……あの勇者は違う、と思う」
「まだ弱いから?」
「成長途中だからさ。まぁその状態で悪党に目を付けられる事もあるだろうけど、ここまで組織的な事をされるような恨みの買い方はしない筈……いや出来ない筈なんだ。それをするにはそういう大きな力を持つ悪党に対して手痛い一撃を加えないと駄目だ」
「向こうもたかだか駆け出しの冒険者に労力や金を使いたくはない……か」
「そう。適当な盗賊や粗悪な悪党くらいならノコノコやってくる事はあるだろうけど……この件に関してはもっと大きな存在が裏に居る気がしてならないんだ……」
と、心配そうにアランカは勇者を見つめていました。
魔王はアランカの意見とほぼ同じでした。
雑魚にかける時間も労力も割りに合いません、タイパもコスパも悪いのです。
「僕が考えるに……あの子はどこかで本当に運悪く悪党の激怒を買った……もしくは……」
「勇者君だけが持つ何か特別なモノがあって、それを狙われている、だね」
「その通り。でも驚いたな、さっきから本当に頭の回転が速い。僕のパーティにも貴方みたいな人が欲しいよ」
「私が居なくとも君が居れば全て問題ないだろう?」
「光栄な言葉だね、僕なんかには勿体ないくらいだ」
謙虚で思慮深く、そして真っすぐな人間性。
それに加え申し分ない実力は、まさに勇者に相応しい人格の持ち主。
魔王はアランカをそう分析しました。
冷静に見ればアランカこそが魔王の敵となりうる存在ですが
不可解な集団が狙っているのはアランカではないという事実。
やはり、勇者とアランカは違うのだと魔王は確信します。
「さて。僕はあの黒いローブの集団を捕縛してくるよ」
「なら私は何人か運ばせてもらおう」
「それには及ばない、ここから街まで近いし、6人全員かつぐ事くらい出来るさ!」
魔王は魔法か何かで軽々と集団を運ぶのかと思っていましたが
アランカは捕縛された集団をひょいひょいと次から次へとかつぎ上げます。
さながらサーカスの出し物のようでした。
「……ゴリラ」
アリーシャのぼそっとした罵倒に魔王も同感します。
「───さ。これで取り合えずひと段落かな」
そうして2時間もしないうちに
黒いローブの集団の引き渡しが終わりました。
アランカは息一つ乱れておらず
むしろ良い運動になったと笑います。
「さてここからどうする? 僕はここから依頼に同行しても構わないけど……」
アランカは空を見上げます。
突き抜けるような青空。しかしその地平線は徐々に赤みを帯びていて
夕暮れの到来を予感させました。
「夜間の行動は隠密に向くけどリスクの方が大きい。どうだろう、今日はひとまずお開きにしてまた明日挑戦するというのは」
「そうですね! また明日よろしくお願いします! 旅人さんはどうしますか? 良かったら一緒に来ませんか!」
「私はもう少しこの辺りを散策したいかな。もしかしたら黒いローブの集団に関連する事を見付けられるかもしれないしね」
「でも外は危険ですよ……?」
「はは、これでも私は旅人だからね。危険は慣れっこだし下手な奴らに後れをとるほど弱くもないさ。それに野外に居る方が性にあってるしね」
そう言って魔王は一同と別れ、フィールドワークに出る。
そんなフリをして適当な場所で魔法で転移しました。
場所は勿論魔王城。姿かたちも魔王のそれに戻した上での帰還です。
「……勇者の何が特別なのか、アリーシャが何を考えているのか。それが問題だ」
魔王は玉座に深く座り、一呼吸置いたあと。
「まずはアリーシャを呼び戻し、問い詰めるとしよう」
アリーシャへの尋問を開始する事にしました。
彼女が何故自分の素性をほぼ明かしたのか
その行為の先に何を見据えているのか。
本人に直接聞き出せば良い話です。
そうして尋問の果てに彼女に反乱の意志が見えるなら……。
「処分、する他あるいまい」
魔王の右腕という如何に有用な人材でも
流石に反乱までは看過できません。
「その時まで暫し待つとしよう……」
今すぐに呼び出せば旅人の正体が魔王だと
バレてしまいかねません。
アリーシャの運命がかかった尋問は
悪夢も眠る深い夜に行われました。
「────魔王様、ご報告に参りました」
月明かりが差し込む魔王城、玉座の間に
アリーシャの声が冷たく響きます。
「現在、勇者のパーティに臨時で新たなメンバーの同行が決定しました」
「ほう。勇者は旅に出たばかりなのだろう? よほど人望が厚いと見えるな」
「幸運に恵まれているのでしょう、実力のある者が二名。うち一名は勇者です」
「なに…? 勇者だと……? 初めて聞いたぞ」
と、魔王は滅茶苦茶すっとぼけます。
「ところで貴様、勇者に心を傾けている訳ではあるいまいな」
「ふっ、ご冗談を」
アリーシャも滅茶苦茶すっとぼけました。
「私が忠誠を誓うのは魔王様ただお一人。勇者なぞ視界にも入っておりません」
よく言えたな貴様、と魔王は言いそうになります。
ただそこは強大な魔王。
グッとツッコミを堪えました。
「しかし。この忠誠を疑われたのは私に非がありますね」
そう言ってアリーシャは
「腕を折ります」
自分の左腕を折りました。
バキリと生生しい音が玉座の間に反響します。
「クク……見上げた忠誠心よ」
魔王は静かに笑いましたが
内心ドン引いていました。
あ、そんな簡単に自分の腕折っちゃうんだ、と
かなり引きました。
アリーシャとて痛みを感じないワケではありません。
今も激痛がその身を襲っている事でしょう
「べ、別に私は……勇者に心なんて奪われてないんですからね!」
怖いなこの女、と
魔王は戦慄しました。
魔王は恐怖を与える事に長けていますが
それとは別方向の怖さがアリーシャにあります。
「か、勘違いしにゃいで下さい! 勇者の事にゃんて全然これっぽっちも興味無いんでちから!」
自分の腕を折ったまま、甘噛みしつつツンデレの台詞を吐くアリーシャ。
なんでこうなっちゃったんだろうなと
魔王は少し頭を痛めました。
「貴様の忠誠心は良く理解した。治療を受けよ」
「ち、治療の許可を戴けるのですか!? 私に不信を抱かれていたのに!?」
「そこまでの忠誠を見せられては疑う理由もあるまい」
「ははっ。寛大な御心に感謝致します……! やはり魔王様は王たる器……!」
深々と頭を下げるアリーシャを見て魔王は混乱していました。
目の前に居るのは明らかな忠臣です。
疑う隙間もないでしょう。
しかし魔王は勇者と行動を共にしている時のアリーシャの姿を
しかとこの目で見ています。
そのギャップがあまりにも大きすぎました。
「ともかく回復魔法に長けた者を呼ぶ。治療に専念するがいい」
自分の側近として働く者の中にそういう回復専門の人材が居て良かったと魔王は安堵します。
骨折程度ならすぐに治る事でしょう。
魔王はまだアリーシャに問い詰めたい事がありましたが
流石に部下の腕が折れたまま話を進める気になれません。
「しかし……まだご報告する事が……」
なんでその状態で報告を優先出来るのだ、と
魔王はしきりにドン引きっぱなしでした。
「ならば良い。手短に話してみよ」
「はっ。何やら勇者を狙う存在が居るようです」
「それは貴様でも手こずるようなモノか?」
「まだ情報が少なく断定は出来ません。しかし明らかに勇者を狙っていましたのでそこだけ伝えさせていただきます」
アリーシャの伝達は的確なものでした。
情報の正確性を重要視し、不確かな事は無暗に言わない。
やはりアリーシャを自身の腕に据えて良かったと、魔王は思います。
そう、アリーシャを魔王の右腕に選んだのは
単に戦闘力が高いだけではありませんでした。
戦闘以外の能力も高かったのです。
特出とした特別な能力もなく
個々の能力だけに絞ればアリーシャよりも強い者はいますが
何でもそつなくこなせる万能性がズバ抜けていました。
だからこそ今回の命令を実行させた魔王でしたが
「まぁ…勇者を狙っているのは私も同じですが……べ、別に変な意味で言って無いんですからね!」
この始末でした。
「もうよい下がれ。引き続き我の命令に殉じよ」
「畏まり……ました……」
「……なんだ、まだ言いたい事があるのか?」
「魔王様。か、勘違いしないで欲しいのですが、別に勇者が大切だとか言ってな」
「言って無いのは分かった、分かったからもう下がれ」
「時に魔王様、やはり勇者は男なので一人の時間とか大切にするタイプなのでしょうか」
「知らん知らん。それは人によるから本人に直接聞いたうえでお互いが最も心地よい距離感で接すれば良い」
「あと魔王様」
「貴様骨折しておるの忘れてないか?」
「いいえ徐々に痛みが増しております」
「なら早く下がれ、マゾなのか貴様」
「しかし魔王様」
「なんだというのだこれ以上何が言いたい」
魔王はもうイライラしながら返答します。
「勇者は記憶喪失であるフリをしている可能性があります」
アリーシャは、そう淡々と報告しました。
「記憶喪失の……フリ? そもそも勇者は記憶喪失だったのか?」
「はい。しかし記憶喪失を演じているのではないかと私は思うのです」
「確証は?」
「決定的な証拠は……ありません。なのでご報告するか迷ったのですが、何かの一助になるかと思い、言づけさせて戴きました」
「そうか……良い、分かった。こちらでも手を考える」
「はい。それでは今度こそ下がらせて戴きます」
そしてアリーシャが居なくなった後。
魔王は月明かりに目を細めながら、考えます。
結局この尋問で、アリーシャが何故あんなにも勇者に己の情報を明かしていたのか理由が聞けませんでしたが
彼女の変わらぬ忠誠心を確認する事ができ
記憶喪失だと思っていた勇者がソレを演じていた。という新しい情報を得られました。
アリーシャの思惑。
記憶喪失だと主張する勇者。
黒いローブの集団をけしかけた人物。
謎が更に深まっていくのを魔王は感じました。
「面倒だ……全員殺してしまえば話は早いのだが……」
そうした場合、謎は謎のままになりスッキリしないので
魔王は時間をかけて情報を集める事にしました。
一方。
アリーシャは回復魔法の効果で素早く骨折を治癒してもらい
勇者達と泊まっていた宿屋、その一室に戻ります
深夜なのでメロウも勇者も目を閉じて
スヤスヤと眠っている。
……はず、でした。
「…………なによ。コレ」
部屋の扉を開けたアリーシャの目の前に広がったのは
穏やかに眠りにつく二人の姿ではなく
月明かりに照らされて
ヌラヌラと怪しく光る
────血だまりでした。
つづく。