第二話 勇者パーティに魔王が加入しました!
エピソードは毎週水曜日に更新中!
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『とりあえずこの倒れてる人を運ばないと……その後にお礼をさせて下さい! 俺、何かご馳走しますよ!』
その勇者の発言に嘘はなく。
そうして倒れた男を兵に引き渡した後
街の小さなレストランで魔王に食事をご馳走してくれました。
「旅人さん……その、注文はサラダだけで良かったんですか? もっと他の料理でも……」
「い、いや。私は小食でね、これくらいがいいんだ」
少し顔を引きつらせながら魔王は
口に運んだサラダを飲み込み、返答します。
あんな衝撃的なモノを見て
食欲なんて湧くはずもありませんでした。
「改めて。アリーシャは俺の大切なパーティメンバーです、助けてくれてありがとうございます!」
「えぇ~♡ 私の事大切って恥ずかしぃ~♡♡♡」
目の前で甘ったるい声を出す女が
本当にあのアリーシャであるという事実を
魔王はまだ上手く飲み込めません。
「ほら! アリーシャ! 旅人さんにお礼言わなきゃ!」
「はーい♡ 助けてくれてありがとうございま~す♡」
そう言って魔王に目線を送るアリーシャの目は
全く笑っていませんでした。
『空気読めよ』、
『私が回し蹴りでアイツを倒したって言うなよ』
そう脅迫している目です。
大方猫でも被ろうとしているのだろうと
魔王は思いました。
「……ん?」
……ふと、魔王は気晴らしに口に運んだサラダを咀嚼しながら
ある事に気が付きました。
「(そういえば……この勇者は"アリーシャ"と呼んでいるな?)」
徐々に魔王は額から嫌な汗を流します。
「(まさか……アリーシャは、名前を隠す事なく勇者パーティに入ったのか!?)」
口に運んだサラダの味が
全くしなくなりました。
潜入、潜伏、偵察、おおよそ己の情報を隠蔽して当たり前の事ですが
アリーシャは堂々と自身の名前を公開していたのです。
それだけはありません。
一つ閃いてしまえば、連続して閃きというものは
訪れるもので…………。
「(それになぜ……アリーシャは変装をしていないのだ……?)」
アリーシャは服装こそ、そこらの町人のように簡素なものでしたが
顔はもうそのまんまでした。
魔王のように姿形を変える事もなく
素の状態でそこに居ます。すっぴんです。
「…………」
「あれ、顔色が悪いですよ旅人さん。どこか具合でも?」
「あ、ああ、気にしないでくれ。大丈夫」
内心全く大丈夫ではありませんでした。
アリーシャのしている事は
例えるなら
SNSに住所と氏名と顔写真を
プロフィール欄に載せているかの如き致命傷。
幸い、この辺りの人間は魔王の右腕としての
アリーシャを知らないのでしょう。
騒ぎにもなっていません。
ですがそれでも個人情報リテラシーが
低すぎました。
「(……一旦、落ち着かねば)」
魔王は冷静に水を一口飲み
心を落ち着けます。
「(……ここまで来たら逆に、何かある……のか?)」
今のアリーシャの仕草や言動は
あり得ないモノです。
普段の彼女なら
『勇者という敵に名を明かす』
『そもそも顔すら隠さない』
という愚行も犯す筈もありません。
なので魔王は
『あえてそうしているのではないか』
と考えました。
でないと説明がつきません。
「(アリーシャ……一体何を考えている……)」
魔王は思考を巡らせますが
それでも納得できるだけの理由が
見付けられません。
なので少し
探りを入れてみる事にしました。
「それにしても二人は仲が良さそうだけど、出会って何年くらいなのかな?」
「アリーシャとは最近出会ってパーティを組んだんです」
「そうなのかい? てっきりもう出会って何年にもなるのかと」
「えぇ~♡♡ そんなに仲良そうに見えるの~?♡♡」
「はは、とても良い関係に見えるよ」
魔王は心にもない事を言います。
まるで、呑み会の席でそんなに面白くない上司の話題に
さも興味があるように返事をする部下のようでした。
「最初は少しアリーシャも冷たかったんですけどね。でも仲良くなるうちに打ち解けたんです」
「最初冷たかったっけ~?♡♡」
「そうだよ~。冷たいというか、最初は見た目も名前も偽って近づいてきたじゃないか」
「偽っ……た?」
「はい、でも仲良くなって打ち解けた夜、全て明かしてくれたんです。それまでは今とは全然違う見た目だったんですよ!」
「やだもぉ♡♡ 恥ずかしいっ♡♡」
「…………」
「わぁ旅人さん! サラダをそんなに頬張るなんて! そんなに気に入ったんですね!」
魔王は狂いそうでした。
味のしないサラダを口の中いっぱいに広げて
なんとか叫びたい衝動を堪えます。
「あ。そうそう! アリーシャって、たしか俺の事を調査しに来たんだよね!」
「うんっ♡♡♡」
魔王は、
いっそ狂ってしまった方が楽だと思いました。
「旅人さん、やっぱり顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「あぁ全然大丈夫だよ」
大丈夫ではありませんでした。
いくら強大な魔王でも
ここまで意味の分からない事になっているとあれば
動揺に動揺を重ねてしまいます。
混雑した山手線の電車内くらい
魔王の頭の中はゴチャゴチャしました。
「(結果……アリーシャに処置を下すべき、なのだろうか)」
混乱しながらも
魔王は思考を整理します。
当初の目的である
『アリーシャが勇者に惚れているか』
という判断基準から見れば
それは大幅に超えているだろうと。
しかし。
あまりにも不可解過ぎる点がある事も
決して見過ごせませんでした。
「(いざとなれば殺せば良いだけの話……ではあるか)」
魔王はそもそも勇者の処理について
そこまで緊急性があるとは思っていませんでした。
やっておいた方が良いが
今すぐやらなくてはならないものでもない。
さながら、トイレットペーパーの予備が
そろそろ切れるからどこかのタイミングで補充しよう
くらいの感覚です。
予備が切れて、残り数ロールになったとしても
買いに行くだけで解決が出来ます。
「ところで勇者ぁ♡ 今日はどこ行くの~♡♡」
「う~ん、ダンジョンに行って……少し難しい依頼をこなしたいかな」
「えぇ~?♡♡ 危険でしょ~♡♡」
「それでも仲間と一緒ならきっと出来ると思う! それに本当に危なくなったら逃げればいいし!」
「そっか~♡ よーし♡ なら今日も私がんばるね~♡♡」
───ダンジョン、少し難しい依頼、危険。
そう聞いて魔王は一手、思いつきます。
「おや……ダンジョンに行くのかい?」
「はい、最近少し金欠で……危険な依頼は報奨金も高いので頑張ろうかと」
「私も少し金欠なんだ、一緒に行っていいかな」
「た、旅人さんも!? いやいや危険ですよ!」
「はは、大丈夫だよ」
今度は本当に大丈夫です。
なにせ姿形が変わっているとはいえ中身は強大な魔王。
並大抵の危険など問題ではありません。
「私は少し腕に覚えがあってね、足を引っ張るような真似はしないさ」
「で、でもぉ……もし何かあったら……」
「あ~……♡ 安心していいと思うよ勇者♡♡ 自分の実力も分からない旅人ならとっくに死んでるって♡♡」
「ほらね、彼女もそう言ってる。どうだろうか?」
「ま、まぁ……アリーシャがそう言うなら……。でも危険だったらすぐに逃げて下さいね!」
「あぁ、了解した。よろしくね勇者君」
そうして魔王はダンジョン同行を取り付けました。
「(……これで少しは状況も進展するだろう)」
そう、魔王はダンジョンへと一時的に行動を共にする事で
勇者の能力を見極めようとしていました。
アリーシャの行動理由も何を考えているのかも分かりませんが
そもそも『勇者の危険性』が把握できれば問題は無かったのです。
勇者の力が注意しなければならないのなら手を考えますし
そうでなければ
自分の手で殺してしまえば済む事だと考えました。
「それじゃ勇者君、早速出発するかい?」
「あ、その…待ってて下さい……少し、お手洗いに」
「あぁごめんよ、急かしてしまったようだ」
「いやいやそんな! すぐ行ってきます! アリーシャもごめん、ちょっと待ってて!」
「は~い♡♡」
勇者は急いで席を立ち、テーブルにはアリーシャと魔王の二人きり。
なんだか気まずい空気が流れますが、魔王は気にしません。強大だからです。
そうした数分の沈黙のあと。
「ねぇ」
最初に口を開いたのはなんとアリーシャでした。
その顔は猫を被っておらず、冷たい視線で魔王を見ながら話します。
「貴方、強いでしょ。勇者が思っているより……ずっと」
「そんな事ないよ。買いかぶり過ぎてると思うけど」
「いいわよ取り繕わなくても。私の目は誤魔化せない」
「……まぁ、弱くは無いだろうね。少なくとも足手まといにはならないさ」
「そう、でも貴方みたいなレベルだと勇者の受けられる依頼なんて下位もいいとこよ、意味なんて無い筈」
「私は旅人であって冒険者じゃないからね、ギルドの正式な依頼は受けられないよ」
「その能力があれば他にも有用な手段がある、と言っているのよ」
アリーシャはフォークを手に持ち、その切っ先を魔王に向けました。
「答えなさい。勇者の何が目的なの」
ナイフよりも鋭い視線で魔王を睨むアリーシャ。
何か変な事をしようものなら
その手に持ったフォークで目を抉ってきそうな殺意を放っていました。
「ちょっと落ち着いて。私はただの旅人で、勇者っていう存在が珍しいから少し知りたいだけだよ」
「へぇ。どこで練習してきたの? まるで本当の事を言ってるみたいに聞こえる」
「本当の事だよ、知りたいという感情以上に私は何もない」
「でも貴方───すごく大きな隠し事してるでしょ。当ててあげましょうか」
その言葉に魔王は一瞬ドキリとしました。
バレないよう注意は払っていましたが
殺し合いをしている時のような
高い緊張感をもってこの場に居たワケではなかったので
どこかでボロが出てしまったか。
もしかして魔王だとバレたのか、と焦りました。
「貴方───『嘆きの異端者』でしょう?」
よし全く違う。
と、魔王は心の中で腕を組んで安心しました。
「『嘆きの異端者』……? 私がそんな怖そうな奴に見えるかい?」
「見えるから聞いてるの」
「でも聞いた事ないよ?」
「嘘が上手いのね」
「嘘じゃないからさ。……あのね、私としては勇者の仲間が一方的に疑いをかけて危害を加えてくる狂人だとは思いたくないな」
「…………」
アリーシャはフォークをテーブルに置き
諦めたように息を吐きました。
「……いいわ、信じてあげる。でも勇者に変な事したら殺すから」
貴様がそもそも勇者を殺す役目だっただろう、と
魔王は喉元まで言葉が出てしまいそうになりましたが
やはり強大な魔王は自制心も強大です、ぐっとこらえました。
「はは……信頼されるよう頑張るよ。勇者君に危険が迫ったら守ってもあげよう」
「それは必要無いわ、私が守るから」
いやいや!守るな殺せ! と、魔王は
もう本当に喉元まで言葉が出かかりましたが
無理やり水を飲む事でどうにか耐えました。
強大な魔王でも
ツッコミを抑える魔法は習得していませんでした。
「すいません! お待たせしました!」
そうして勇者が戻ってきたあと
遂に始まったのです。
勇者、魔王、魔王の右腕。という
3分の2が魔界側の勇者パーティが。
「────あ、勇者様! ここに居たんですね!」
と、勇者が料理の支払いを終えたタイミングで
一人の美少女が勇者の前に現れました。
「メルウ! 早いね、用事はもう済んだの?」
「はい! ギルドの受付嬢様がお仕事の出来る方で、思ったより早く終わっちゃいました!」
メルウと呼ばれる緑髪の美少女は
にこやかに勇者に笑いかけます。
「わぁ~♡ 良かったね~♡」
アリーシャは目が据わったまま喜んでいました。
魔王は女の戦いが静かに始まろうとしているのを見て
本当に大人しくしてて欲しいなという気持ちで佇みます。
「あれ、勇者様? そちらの方は?」
「あぁこの人は旅人さんだよ。アリーシャのピンチを助けてくれたんだ!」
「まあ! 旅人様、ありがとうございます! アリーシャ様は私達の大切な仲間ですから!」
「え~メルウちゃん嬉し~♡♡」
アリーシャは胡散臭いほどに
『私ら仲良しだよね』感を出していました。
それが上辺だけの言葉なのが
もう男の性欲くらい透けて見えます。
「紹介しますね旅人さん。この子はメルウ、回復や後方支援など補助の役割をしてくれる俺の仲間です!」
「初めまして、旅人様!」
「あぁ初めまして。これからよろしくね」
「え? これから……?」
「そう! これから旅人さんと一緒に依頼をしにダンジョンへ行くんだけど、良かったらメルウも来て欲しいんだ」
「私は構いませんが……旅人様……大丈夫なのですか? 危険なのでは……」
「平気だよ。最低でも自分の身は自分で守れるくらいにはね」
「それなら良い……のかも?」
「あれ? メルウちゃん♡ その首から下げてるのは何~?♡♡」
「あ、これですか?」
メルウは首から下げていた木製の小さなアミュレットを
優しく手に持ちました。
「これはここに来る途中に、親切な方から戴いたものなのです。なんでも特別なお守りだとか」
「……へぇ~♡♡」
「これを付けているとあらゆる災厄から身を守ってくれるらしいのです!」
「すごいねメルウ! その人に感謝しなくちゃ!」
「ねぇメルウちゃん♡ ちょっとそれ貸して~♡ 私も付けた~い♡♡」
「いいですよ、はい!」
アリーシャはメルウからアミュレットを受け取りました。
そしてグッと力を込めようと───
「あぁ、これは駄目だ」
───する前に魔王はそのアミュレットを奪い取って
小さな火の魔法で燃やしてしまいました。
「な、なにをするんですか旅人様!?」
「そうですよ旅人さん! それは折角貰ったもので」
「これを見てごらん」
魔王の手の内にあったのは燃えたアミュレットの灰と
黒ずんだ歪な形の小石でした。
「この石は特別な製法で造られた……そうだな、この小石に籠った魔力を辿ればどこからでも居場所を特定できるというものだ」
「それが私が貰ったアミュレットに……?」
「そう。理由は分からないけれど、親切な贈り物ではない事は確かだね」
「すごい旅人さん!! それをすぐに見抜くなんて!!」
「ありがとうございます旅人様! アリーシャ様だけでなく私も助けてくださるとは!」
メルウと勇者はキラキラとした目で魔王を見つめます。
「いや、私よりも早くアリーシャが気付いていたよ。私はただ彼女が変に対応して事故が起きる前に、奪い取って処理をしただけさ」
「そうなのかい? アリーシャ?」
「え~♡ そんなの入ってるとは思わなかったよ~♡ 何か嫌な感じするな~って思ってただけ♡」
「それでも気付いていたなんてアリーシャ様も凄いです!」
「えへへ~♡♡ ありがと~♡♡」
魔王は感づいていました。
アリーシャはあのアミュレットを問答無用で破壊しようとしていたコトに。
ただ、今の彼女は本当の実力を隠している状態です。
勇者よりも少し上くらいのレベルでセーブしているだろうと考えた魔王は
その状態でアミュレットの存在を即座に看破し破壊するという芸当が
少し不自然に見えるだろうと思い、代わりに処理をしてあげたのでした。
「(とはいえ……出過ぎたマネだったか……)」
こっちはただの気遣いのつもりでも
部下は余計なお世話だと思う事もあると魔王は知っています。
いわゆる、厄介な上司になりたくは無かったのです。
「さぁ行こうみんな! ダンジョンへ!」
勇者の意気揚々とした号令で一同はレストランを出ました。
「ゆ、勇者様! ギルドで依頼を受けるのが先です!」
「あっあっ、さ、さぁ行こう! ギルドへ!」
「違います! そっちは逆です! 逆!!」
「わぁ……」
「泣いちゃった……」
思春期特有の羞恥心からホロリと涙を流す勇者と
なんとか宥めようとするメルウ。
それを少し離れた所から魔王とアリーシャは眺めていました。
「……余計なお世話だった。さっきの」
「はは、ごめんね」
「でも……私じゃ禍根が残るようなやり方しかできなかっただろうし。……ありがと」
ぽつりと、アリーシャは感謝を漏らします。
冷酷な女ではあるが、こういう素直な部分もあるのだよなと
魔王は心の中で後方腕組みをしました。
「すいません旅人さん、俺早とちりしてて……とりあえずギルドに向かいますね」
「そう気を落とさないで。間違いは誰にでもあるよ」
「はは……ありがとうございます……」
そうして一行はギルドで魔獣討伐の依頼を受けた後
街を出て魔獣が住まうダンジョンへ足を向かわせます。
「勇者ーまだ落ち込んでるの~?♡」
「大丈夫ですか勇者様?」
「うん……大丈夫だよ、ありがとう」
見るからに勇者は意気消沈していました。
思春期というものは羞恥心に押しつぶされる生き物です
それが可愛い女の子の前で情けない姿を見せたともあれば
さしもの勇者でも心が折れる事でしょう。
「(戦闘前にしては空気が弛んでいるが……まぁこの程度の依頼ならこうもなるか)」
今から挑むのは危険な魔獣討伐ですが
といっても勇者のレベルでは少し危険というだけで
これだけの人数が居れば死にもしません、最悪骨折程度でしょう。
故に死ぬ覚悟や極度に張り詰めた緊張感はなく
和気あいあいと、その歩みを進めていました。
「はあ……記憶を無くす前の俺も、おっちょこちょいだったのかぁ」
何の気なしに放った勇者のぼやき。
その言葉に────魔王は戦慄します。
「あ、えっと……お気の毒に」
「いやいや! もう慣れましたから!」
魔王は感情の一切籠めず『心配をする旅人』の演技を行いながら
素早く思考を巡らせました。
勇者が記憶喪失。
魔王にとってそれは、今まで考えてきた勇者への対応策が
ほぼ全て白紙になった事を意味します。
「旅人さんは優しいですし、一時的とはいえパーティを組むワケだから話しますよ」
「本当かい? 無理をしなくていいんだよ」
「平気です! それに、旅人さんならこの記憶を戻す方法を知ってるかもしれませんから!」
そうして勇者は語り始めようとしましたが……。
「───伏せて!!!!」
アリーシャの鬼気迫った声に全員反射的に身を屈めます。
ヒュン、と、頭上で空気を切り裂く音が聞こえました。
それが投擲されたナイフである事は、見なくても理解できました。
「…………」
黒いローブを被った6名ほどの集団が
勇者一行を取り囲みます。
とても鋭く静かな殺意が
周囲に蔓延していきました。
「な、なんだお前達は!!」
勇者は剣を構え、集団を見据えます。
身体が緊張していて、見るからに襲撃に不慣れなのが
魔王の目から見ても一目瞭然でした。
「ひぃ…ゆ、勇者様……!」
「メルウ、俺の背後に隠れて……!」
「ゆ、勇者ぁ~♡ こわ~い♡」
「アリーシャは旅人さんを守ってあげて!」
「……ウッス」
アリーシャよ。
その実力を認められているが故に
少々難儀しておるのだな、と
魔王は憐みの視線をアリーシャに送ります。
「何が目的だ! お前達!」
勇者の果敢な叫びも虚しく
黒いローブの集団はそれぞれ短刀を構えます。
そのナイフにはうっすらと紫色の液体が塗られていて
それが毒なのだと理解するまでに
それほど時間はかかりませんでした。
「(……さて、どうやって切り抜けるか)」
魔王にとっての理想は
極力怪しまれないよう
『高い実力を示し過ぎずに突破する事』でした。
ここで全力を出してこの集団を殺してしまえば
勇者に感謝されるよりも先に
恐怖を与えてしまいかねません。
アリーシャにも警戒され
勇者の情報を得にくくなるでしょう。
『無理やり力づくで情報を得る』
という選択肢もありますが
スマートではないので好みではありませんでした。
「……貴方がなんとかしなさいよ」
と、アリーシャに睨まれます。
アリーシャもアリーシャで実力を100%出せないようです。
そう。
魔王もアリーシャも
舐めプに舐めプを重ねる縛りプレイ中なので
逆にこういう危機くらいが一番難しかったのでした。
「来るよ! みんな構えて!」
勇者の鬼気迫った叫びの後
一斉に黒いローブの集団は飛び掛かります。
「(……まぁ仕方がない。一瞬で決めるか)」
誰がやったかも分からないほどに
一瞬で素早く殺してしまおうか。
そう判断した魔王ですが……それは叶ぬ夢でした。
「───もう安心だよ!」
気付けば黒いローブの集団は全員例外なく
地面に倒れていました。
絶命、というより昏倒という方が近い状態。
勿論魔王がやったのではありません。
「危ない所だったね、ケガはないかい?」
……と言って
神聖さを感じる防具に身を包んだ男が
勇者に優しく歩み寄ります。
「初めまして、僕はアランカ───勇者だよ!」
つづく。