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遅刻サンタクロース

作者: 大石次郎

1月3日、私は新幹線の自由席車両のトイレの近くで96分立ちっぱなしの苦行を乗り越え、改めてこっちは空気が悪いと再確認できてしまう都会のショボいマンションに帰ってきた。


「疲れた・・」


しばし玄関で呆然としたが、田舎であれだけ食べさせられて上がった血糖値が下がり過ぎていると自覚し、最後の理性を振り絞って靴下を履き替え、手を洗い、うがいをし、パソコンで仕事の着信を確認し、スマホで実家と親戚と連絡し、友達からのDMやらSNSやらを確認し、元彼からの寝室で私のイヤリング(高いヤツ)を片方見付けたから送るが今カノが疑ってるから今度3人で会食できないか? というイカれたショートメール(メアドわからんしSNS削除したからだろうが初めて送ってきた)に仰け反り、


・・最後の理性振り絞ってから長いわっ!


と自分にツッコミを入れた。


「はぁはぁ、糖分」


冷蔵庫と冷凍庫を漁ってみると、年末整理したからロクなもんが入ってない。


しかし期限ギリギリのしば漬と、賞味期限には問題無いが去年の梅雨の頃に『肌寒いから』と買ったものの、まだ付き合ってた元彼が急に家に来たから飲まないままになってた甘酒缶を発掘できた。


「微妙」


言いつつ、甘酒缶の中身をマグカップに移してレンジに入れ、しば漬を小皿に盛り、ピー! という空虚なお知らせ音が私1人の部屋に響き、私は炬燵でようやく糖分と塩分を摂取する儀を執り行う運びとなった。


「くーっ、甘いっ! そしてしょっぱいっっ」


人心地ついた。


それからコンビニ寄ればよかったな。と思いつつ、約2時間、さらに発掘しためったに食べないポテトチップスやポッキー何かを食べつつ、水道水で作ったマズい水割りを飲み、10代の頃好きだったアーティストのライヴ映像をテレビで観たりしてたが、


「仕事、片すか」


やめて、パソコンで明日からの仕事の準備を始めた。まぁ年始作業で忙しくても変わったことするワケでなし特に必要も無いんだけど、ダルいから、なるべくスッと引っ掛かり無く1年を初めたいワケ。


小1時間作業に集中したけど、部屋がエアコンの音以外無音過ぎるのが気になってきて、大学の頃から使ってる国産の音楽プレーヤーで当時から聴いてる楽曲を掛ける。


さすがに10代の頃とは違うけど、私の大体はこの辺で止まってる、というか、それ以外だけ勝手に時間を進めてる感じだな、と。


きっとその内、進んだ私は止まってる私を忘れてしまうんだろう。


集中できたが、日はすぐに暮れた。


「お風呂入れよっかな」


今日は高いバスボム炸裂させてやろう、と企んでいると、


リンリン、シャンシャン・・・


鈴の音? 先月まで散々あちこちで聴いた感じの音だ。チキンの店とかでも。


「何だろ?」


音は窓の外だ。ここ3階。下方からって感じでもないし、上階からって感じでもない。『窓の外』『より高い位置』でもって近付いてもいる。


適当に上着を羽織って窓を開け、サンダルでベランダに出てみた。


「寒っ。・・ん?」


オレンジから紫に変わりつつある空の向こうから、何か、来る。


ドローン? 撮影? 映りたくないな。


私はのこのこベランダに出たのを後悔して部屋に戻ろうとしたが、


それはどんどん近付いてくる!


鼻に赤い丸いの付けた鹿みたいなモノ! そいつが牽いてるソリに乗った白い縁取りの赤い服を着て帽子も被ったチキンの店のオジサンみたいなオジサン!!


「どぉおおっ?? サンタクロースっっ???!!!」


そうだ、サンタクロースだぞコレっ?! まだ酔っ払ってるのか私??


鹿、いやトナカイが首に付けたベルを鳴らしながらソリがベランダに激突する寸前で横付けする形で急停止した。


冷たい光る雪の粒子のような物が飛び散った。冷たい。


私は唖然とソリに乗ってる・・サンタクロースを見上げた。


「ヒーホーっ! 良い子にしてたかい? ミズキちゃん。ちょっと配達が混んでいてね! 21年と9日程遅れてしまったが、はいプレゼントだよ?」


ソリの後ろに積んでた大きな袋から小包を渡してきた。


ええ~? いや、でも、


「・・・全員に配りきれるんですか?」


とっさに嫌なこと聞く私。

せっかくファンタジーなのに、卑屈だな、と。


サンタクロースは悲しげにかぶりを振った。


「いいや、ほんの一握り。僕達サンタクロースはいつもいつまでも間に合わないから、年中配り続けているのさ」


立ち去る素振りを始めるサンタクロース。宙に立つ、赤い鼻のトナカイはもう北の空を見ている。


何か言わなくては、


「風邪、引かないで下さいね」


凡なことしか言えない。


「ありがとう。じゃ、ゆくぞルドルフ! ヒーホーっ!!」


サンタクロースは雪のような粒子を撒いて空に去っていった。


すぐ開ける勇気は無くて、お風呂上がりにまたマズい水割りを飲んでから空けてみると、小箱の中身は『手編みらしき熊さんのニット帽』だった。


「あー、何か、言ってたなぁ」


サイズはちゃんと大人サイズになってる。


近くに住んでたユーコちゃんだったかユリ子ちゃんのお母さんが器用な人でこういうのを作ってて、私は羨ましがって、私の家は共働きで母は不器用だったから代わりに『ちょっと上等なニット帽』を買ったのを袋に入れて枕元に置いてくれて、朝、それ見た私が号泣。母落ち込む、という不毛な思い出。


被って鏡を見てみた。完全に悪ふざけ。笑っちゃう。


「買ってくれたのも悪くなかったよね」


暖かったし、とっくに失くしちゃったけど。



1月末、勝手に電話番号をGETした元彼の今カノからのショートメール攻撃に怒髪天にきた私は、熊さんニット帽を被って3人の会食に参戦した。


「ええと、ミズキ。手編み? あ、親戚の人にもらったとか? はは、可愛いよね?」


今カノに誘い笑いを試みる元彼。今カノは臨戦態勢だ。これから出されるカジュアルなイタリア料理も台無しにされることだろう。


「そう、8歳の子にもらったんだ。今日、あんたの奢りでしょ? ワインいいの飲んじゃうよ?」


「ああ、まぁ、そうだ! イヤリング、結局直に」


「棄てといて~」


「えーっ?」


さて、年始の貴重な日曜を1日潰してくれたバカップルめっ! ショートメールをやめさせつつ、どうマウンティング取ってくれようか?


取り敢えず、あんた達んとこにはまだプレゼント来てなさそう、て時点で私の勝ち確だけどね!! ふんっっ。

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