苦いレモネード
受験生の夏休みの息抜きのひと時。
高校で最後の夏休みは、ひたすらに受験勉強の日々である。人との話し方すら忘れそうだった。今日は8月20日。学校で実力テストがある。夏休みも、あと数日しかない。小学校や中学の夏休みは8月いっぱいまであるのに、なぜ高校は8月24日で夏休みが終わってしまうのだろう…。
実力テストが終わり、久しぶりに瑠美と横井ちゃんと一緒に帰ることになった。瑠美が
「ねぇ、この後カフェ行かん?」
と誘ってきた。学校の近くにカフェなんて、あったっけ。どうやら横井ちゃんは知っているようだ。
「こっちこっち」
瑠美は学校の裏門を指した。私たち3人は、学校の裏門を出た。
それから数分歩いたところに、小さな一軒家が見えた。
「ここよ」
瑠美はそう言った。どう見てもただの家にしか見えなかった。
「勝手に入ってもええん?」
私はそう聞いた。
「あっちの小屋がカフェなんよ」
横井ちゃんが家の隣にある小屋を指差して言った。どこが入り口かもわからない。お店の看板もない。
「行こう」
瑠美と横井ちゃんに連れられて小屋の中に入った。
小屋の中は、古ぼけた道具で溢れかえっていた。
「いらっしゃいませ」
店員らしき人がドアを開け、小屋の中から出迎えてくれた。マダムという感じの人だった。ドアの中はゆっくりとくつろげそうな、普通のカフェだった。
「こちらがメニュー表です」
店員さんに、木の箱のようなものを渡された。箱を開けると、確かにメニューが書いてあった。
「あたしはチョコレートケーキと炭酸水」
「あたしはいちごのケーキと、アイスコーヒーかな、千咲は?」
そうやって瑠美はチョコレートケーキと炭酸水を頼み、横井ちゃんはいちごのケーキとアイスコーヒーを頼む。私はまだメニューを決めかねていたが、最後に書いてあったレモネードとチーズケーキにすることにした。
レモネードには、底に緑色のシロップが入っていた。その緑のシロップが、とても苦い味がする。最初はびっくりするが、この苦さがレモネードの甘酸っぱさといい感じに調和する。思わずすぐに飲み干してしまった。チーズケーキは、とろとろしていてお腹にたまる。ずっとこうして息抜きしたい。もう勉強のことなんて、テストのことなんて忘れてしまいたい。ずっとここにいたい。
「ねえ、瑠美は最近彼氏とどう?」
「いや、もう6月に別れてるって」
「そうだったの!?なんで別れたん」
「いやあもう向こうも大学生やし、会えなくなってさ」
「そっかあ、横井ちゃんはどう?」
「あたしはまだ根室くんと付き合ってる」
「そういえば文化祭の門、お城みたいやね」
「もうあれは豪華すぎる」
カフェの中でテストのことは一切話さなかった。半月後にある文化祭の話や、体育祭の時の思い出話なんかで盛り上がっていた。ケーキを食べ終わった頃に
「すみません、閉店時間となりますのでお支度の方お願いできますか」
店員にそう声をかけられ、私たちはお店を出た。まだ途中まで一緒だから、3人で一緒にいられる。
いつものように自転車で帰っている途中、派手なピンク色の建物を見かけた。前から気になっていた、田舎の田園風景にそぐわない派手な建物だ。いつもの道は工事で通れないから、余計にその建物が近くに見える道を通ることになった。
「ねぇあの建物何?」
私は2人に聞いた
「知らんの?ラブホや」
瑠美はそう答えた。横井ちゃんも
「あそこで部活のメンバーで女子会したことある」
と続けて答えた。瑠美は
「あそこのホテル、女子会してるし部屋可愛いしええよな」
と続けて横井ちゃんに返す。
「え、2人とも行ったことあるん?」
私はびっくりした。こういうところって、高校生でも入れるのか…。
瑠美は
「受付に人おらんから制服でも余裕」
と言い、それに続けて横井ちゃんは
「女子会なら高校生でも入れてくれるで」
と話していた。私はこの夏休みに出会った、進路相談会で来ていた先輩を思い浮かべた。高校生でも入れるなら、あの先輩と行きたい…
「行ってみようかな」
私は調子に乗ってそう言った。
「お金持ってるの?」
瑠美はそう言ってきた。財布の中を確認したら、さっきのカフェで使ったのにまだ3000円も残っている。塾の日の買い食い代として、お小遣いとは別にお金をもらっていたからだ。
「3000円残ってる」
横井ちゃんは
「じゃあ足りんな」
と言ってきた。(体育祭で)男子と抱き合ってても親は怒らなかった。だから、もしかしてラブホも怒らないんじゃないかとまで思ってしまっていた。薬学部を目指すようになってから何かと私は調子に乗っている。受験生だから、なんでも許される、そうじゃなきゃ困る。それぐらいわがままになってしまった気がする。
瑠美や横井ちゃんとたわいのない話をしながら塾に向かい、今日の実力テストの見直しをするのだった。
夕方になれば塾の近くにあるスーパーでパンをいくつも買ってお腹を満たし、また実力テストの見直しする。
家に帰れば夜の10時。お母さんは何も言わない。受験生になってから、甘くなったなぁ。
受験生の息抜きを書いた小説。