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8

 時は爆発音から少し遡って。狩猟大会の観覧席。

 コルネオン公爵を襲った凶事の名残はあったものの、3年に1度の大会とあって、狩猟大会はそれなりに熱気が漂っていた。狩猟大会の参加者を応援すべく駆け付けた者たちも、参加者たちの、特に見目麗しい令息たちの凛々しい姿に、ため息をもらしていた。


「エリス様、見て! イジー様と副長官様がご歓談なさっているわ!」


「イジー様の狩猟服姿も素敵ですけど、副長官の礼装姿もまた麗しくて!」


「まぁぁ! あのお2人、なんだか距離が近すぎるのではなくって? やっぱり、優秀な方同士惹かれ合うものがあるのかしら」


 いつもは大人しいエリスの友人たちも、美形の2人の並ぶ姿に興奮が押さえきれないようで、黄色い悲鳴を上げている。エリスも友人たちの興奮した様子につられ、楽しそうにきゃっきゃとはしゃいでいた。


「あの2人が揃った姿なんて、悪夢でしかないよなー」


「混ぜるな危険なのにねぇ」


 こんなに離れた観覧席なのに、2人から漂う禍々しい雰囲気が感じられて、ダフとラブはげんなりと呟く。もちろん、エリスの友人たちには聞こえない様な声量で話している。乙女の夢を壊すほど、双子は野暮ではないのだ。


「あー。旦那様、もうお酒を召し上がっていらっしゃる。大丈夫かな、グラス掲げて楽しそうだけど」


「もう酔っ払っているわね、あれは。まあ、旦那様はラース侯爵家の代表でいらっしゃるけど、どうせハル兄様が十分魔物を狩ってくるから、参加なんて名ばかりなんだろうけど」


 せめて閉会式まで寝ないでいて欲しいと、双子はこっそり願った。ラース侯爵は酒にあまり強くなく、酔っ払うとすぐに眠くなるのだ。しかも、結構イビキがうるさい。表彰式をイビキで台無しにしたら、目立つどころの話ではない。


「さすがにその時は、親父が起こすと思うけど……」


 以前に王の同席する決闘の場で、居眠りするラース侯爵に毛布を掛けていたシュウのことだから、そのまま気持ちよく寝させてあげるのではないかと、心配になってしまう。実の子どもには本当に血が繋がっているのかと疑うぐらい厳しいのに、主人にはとんと甘いのだ。


 双子が、ラース侯爵のほろ酔い問題を真剣に悩んでいると。突然、爆発音が響いた。


「……っ! 何?」


「エリス様!」


 双子は咄嗟にエリスに駆け寄った。エリスは悲鳴を上げる友人たちを守るように抱き寄せていた。

 警備のために配置されていた騎士たちが、観覧席の客たちを誘導していたが、観覧席は貴婦人が多く、あちこちで悲鳴が上がっていた。騎士たちも客たちが暴走しないように必死に声を上げ、観覧席は悲鳴と怒声に満ちた異様な雰囲気に包まれていた。


「……皆様、落ち着いて。大丈夫よ。騎士様たちの指示に従いましょう」


 エリスはダフとラブに頷くと、友人たちを助けながら騎士たちの誘導に従い、観覧席から安全な場所へ移動する。しかしその視線は、気遣わし気に煙を上げている天幕に向けられていた。


「レイア様……」


 煙が上がっているのは、王族たちの使用している天幕だ。王太子の婚約者候補であるエリスの友人、レイアもあの天幕にいる筈だ。


 こっそり転移して天幕に行こうかと迷ったが、恐慌状態の友人たちが腕に縋りついていてそれも難しい。だがその視線の先に、蒼髪と銀髪が天幕に向かうのが映ると、安堵の息を吐く。あの2人が向かっているのなら安心だ。


「お願いね、エリフィス、ハル」


 小さく呟いて、エリスは友人たちを励まし、観覧席を後にした。


◇◇◇


 王族たちのいる天幕は、煙に満ちていた。


「父上、母上、レイア! 無事ですか?」


 そこかしこから炎が上がり、ブレインは煙で視界が利かない中、必死で声を上げていた。焦げた匂いと、微かに血の匂いがする。自分の身分を考えれば、この場に留まるべきではないと分かっていたが、自分の大事な人たちを置いて、逃げ出す事など出来なかった。


 ブレインは両親とレイアと、天幕の中で狩猟大会の開始時間まで待機していた。そこへ、地面が大きく揺れたと思ったら、爆発したのだ。近衛たちが身体を盾にしてブレインたちを守り、それでも衝撃で吹っ飛ばされたのだ。

 ブレインが近衛の手を借りてどうにか起き上がった時、天幕の中はぐちゃぐちゃだった。床が大きく裂け、椅子やテーブルはひしゃげていた。


「ブレイン、無事か」


「父上、母上、ご無事で!」


 近衛に付き添われた国王と王妃が煙の向こうから現れ、ブレインはほっと安堵の息を漏らす。2人は怪我もないようだ。


「ブレイン、すぐにこの場を離れるぞ」


 王妃を支えながら、そう冷徹に命じる国王に、ブレインは反射的に答えた。


「いえ、私はレイアを」


「ならぬ。他の者に任せよ。己の立場を忘れるな」


「父上。母上の無事が確認できない時に同じ事を言われて、引き下がれますか?」


 ブレインの噛みつくような言葉に、国王はほんの少し目を見開いた。


「……ほう。お前にとってのレイア嬢は、余にとっての妃と同じと申すか」


「陛下……」


 こんな非常時に不謹慎な発言に、王妃が国王を嗜める。国王は僅かに肩を竦めた。


「ブレイン。無理をしてはいけませんよ」


 王妃の穏やかな声に、ブレインは頷く。嫋やかな外見ながら、こんな非常事態でも変わらぬそのしっかりとした声には、王妃としての威厳が感じられる。


「ブレイン。近衛を側から離すな。あまり長居は出来んぞ……」


 そう国王が続けたとき、ふいに天幕の中に充満していた煙が、一陣の風で吹き飛ばされた。

 同時に、そこかしこで上がっていた火が、湧き上がった水に包まれ、消えていく。


 天幕の入り口には目立つ蒼髪と銀髪。

 それを認める暇もなく、王族たちの周囲に守りの結界が貼られる。


「両陛下、王太子殿下、ご無事で何よりでございます」


 エリフィスが恭しく頭を垂れる。


「おお、エリフィス。来てくれたか。……それに、ラース侯爵家の執事も一緒か」


 国王はちょっとだけ緊張した。王家の危機に忠実な貴族が駆け付けたようにも見えるが、この執事に貴族の常識なんて通用しない。間違っても王族が心配で駆け付けたなんて、殊勝な理由でここにいるわけではないだろう。


「見つけた」


 案の定、王族が目の前にいても礼を尽くすわけでも、気に留めるでもなく、ハルは周囲を見回していたが、ある一点を見定めるとそこへ駆けつける。崩れた木材などをポンポンと放り投げ、掘り出したのは。


「レイアっ!」


 ブレインは悲鳴染みた声を上げた。ハルの腕に抱えられていたのはレイアだった。爆発に巻き込まれた際に怪我をしたのか、額から血を流している。


「大丈夫です、軽傷ですので命に別状はありません。気を失っておられるだけです」


 ハルはそう言い、額の傷は即座に治癒魔術で治療する。ついでに煤だらけのレイアの全身も綺麗に浄化した。


 ブレインはハルからレイアを受け取り、その身体の温かさに安堵した。

  

 額から血を流すレイアを見た瞬間、彼女を失うかもしれないと、この世の終わりかのような絶望を感じた。聡明で率直なレイアに淡い恋心を抱いている事はブレイン自身も自覚していた。だが、彼女を失ったら生きてはいけないと思うまでに心を寄せていたのかと、ブレインは自分でも驚いた。


「……ブレイン殿下?」


 うっすらと、レイアの目が開く。

 寝ぼけた様な暢気な声が、たまらなく可愛かった。


「レイア、気づいたか」


 レイアはブレインに抱き締められている事に気づき、驚いて身体を固まらせた。ブレインはレイアの頬を愛おしそうに撫で、笑みを浮かべた。


「あの、こ、これは、え? 何?」


 何が起こっているのか分からず、真っ赤な顔で慌てるレイアを、ブレインは抱き上げた。


「礼を言う、ハル・イジー」


「主人の命ですので」


 ブレインの感謝の言葉に、ハルは慇懃無礼な笑みで返した。清々しい程に行動原理が分りやすい執事に、ブレインは苦笑した。ハルが天幕に駆け付けたのは、王族への忠誠心などではなく、十中八九、レイアを助けるためだ。レイアはエリス(主人)の大事な友人だから。この場にレイアが居なければ、近寄りもしなかっただろう。


「では皆様、安全な場所へ移動しましょう。結界で支えてはいますが、この天幕は爆発の衝撃でそれほど保ちませんので」


 エリフィスの声に、速やかに避難が開始される。

 時折、「歩けますから下ろしてください」というレイアの慌てた声が聞こえていたが、誰も聞こえないふりをしていた。国王が「余もお前を抱えたほうがよいか?」王妃に聞いていたが、すげなく断られているのも、聞こえないふりをした。

 

 天幕から出ると、多くの騎士たちが集まっていた。王族の無事を確認し、歓声が上がる。

 レイアは真っ赤になった顔を両手で隠して、大人しくブレインの手で運ばれている。


 それを遠くで、エリスが安堵と共に、可愛らしいレイアの様子を後で揶揄ってやろうと、悪い笑顔で見守っていた事には、全く気付いていなかった。


 




 

 




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