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 抜ける様な晴天の中、ロメオ王家主催による3年に1度の狩猟大会が開催された。

 この歴史ある大会は、ロメオ王国初代国王が臣下たちの武芸の上達を狙い、始まったと言われている。

 大会はロメオ王国にある森で行われ、狩りの方法は様々だが、剣、魔法、道具などの部門ごとに争い、獲物の数により勝敗が決する。なお、獲物の数が同数の場合は総重量により決められる。

 

 この狩猟大会が現在も続いているのは、勿論、建国の祖である初代国王を讃える意味もあるのだが、魔物の口減らしも兼ねていた。人の手の付かない森は、放っておけば、増えすぎた魔物が溢れ出し、周囲の村落を襲ってしまう。かといって定期的に兵を投入し口減らしを行うのも費用が掛かり過ぎる。3年に一度の狩猟大会は、優勝すれば家門の栄誉とあって、貴族たちがこぞって自主的に参加してくれる。大変な費用削減効果があるのだ。


 狩猟大会への参加は義務ではないが、よほどの理由がない限りロメオ王国の貴族家は参加する。

 もちろん、男性貴族の嗜みである狩りが得意ではない貴族家も、とりあえず体裁を整えるために、狩りに相応しい服装で参加するのだが。


「はぁ。久しぶりに狩猟服に袖を通したら腹回りがきつくなっていて、妻に怒られてしまったよ」


 一通り必要な挨拶回りを終えたラース侯爵が、自分の腹を叩いて嘆く。長男のハリーが成人した後はちゃっかり狩猟大会は押し付けていたのだが、ハリーが病気を理由に領地に引っ込んでしまった以上、侯爵本人が参加するしかない。狩猟大会は男性が参加するものであり、いくらエリスが後継とはいえ参加する事はできない。


「旦那様。お夕食の量を少なめに致しましょうか」


 ラース侯爵に付き添っていたハルが真面目な顔でそう告げると、侯爵は笑ってパタパタと手を振った。


「いいよ、いいよ。年を取ると若い頃より太りやすくなるもんだから。ハルもさぁ、動かなくなったらすぐに太っちゃうからね。気を付けた方がいいよ。私も昔は細かったんだけどなぁ」


 何とも返答に困る軽口に、さすがのハルも閉口した。そんなハルにはお構いなしに、ラース侯爵は声を潜める。


「やはり……、今回はいつものようにとはいかないようだ。無理もないことだが」


 3年に一度の狩猟大会ともなれば、貴族たちもここぞとばかりに着飾り、華やかな雰囲気が漂うのだが、今年はコルネオン公爵の行方が分からない事もあって、皆、どことなくお互いを探り合っているようで、服装も控えめな者が多い。


 そんな中、ハルは大変目立っていた。服装は皆と同じように控えめなのだが、黒を基調とした狩猟服と雑にまとめられた髪は、いつもの端然とした姿とは違い野性味に溢れた魅力があって、見学者席にいる令嬢たちはちらちらハルを盗み見ては顔を赤らめている。


「おかしいねぇ。執事服より簡素な筈なのに。顔がいいというのは、得なんだねぇ」


 しげしげと見られた挙句にまた返答に困る事を言われ、ハルは仏頂面になる。ハルにとってはエリス以外の女性の視線など、何の価値も無い。向けられても迷惑なだけである。


「ハル・イジー。お前も参加していたのか」


 そこへ、威圧的な声が響いた。ピリピリとした殺気に反応して、ハルはラース侯爵を庇う様にして振り返った。


 そこには近衛騎士の制服を纏った、濃い茶色の髪の、目つきの鋭い大柄な男がいた。近衛騎士は騎士団の中でも特に優れた騎士の中から選ばれる。目の前の男も、近衛に相応しい、並々ならぬ実力をうかがわせていた。


「お久しぶりですね。我々の卒業以来でしょうか」


 もう一人、こちらは黒髪の穏やかな雰囲気の男だった。身体つきからして騎士ではなさそうだった。近衛の男に比べ、こちらは大分友好的だ。


「フィン・グラーデスと、ベントレー・アメイス」


 ハルが無表情に呟くと、近衛の男、フィンが鼻を鳴らした。


「子爵家風情が、俺の名を呼び捨てか」


「止めて下さい、フィン。久しぶりの再会だというのに、どうしてそう喧嘩腰なんですか」


 ベントレーがフィンを嗜め、ハルとラース侯爵に向かって頭を下げる。


「申し訳ありません、ラース侯爵、イジー君」


「いやいや、アメイス様。どうぞ頭を上げてください。貴方が謝ることではないでしょう」


 ラース侯爵は鷹揚に笑って手を振ると、学生時代の友人同士、積もる話もあるでしょうとその場から離れていく。


「旦那様。私も参ります」


「いいから、いいから。ハル。ゆっくり話すといいよ。開始時間まで、自由にしていいからね」


 そう言ってラース侯爵の向かう先は、ワインや軽食が準備されている卓の方だ。狩猟服のサイズのことは忘れたのかとハルは呆れたが、どうせ何を言ったって聞きやしないのである。 


「ふん。お前の主人らしく腑抜けだな。怒りもしないのか」


 ラース侯爵が去っていくのを見送りながら、フィンは嘲るように言った。それを聞いたベントレーが、ギョッとしたようにフィンを諫めた。


「止めなさい、フィン。相手は侯爵閣下ですよ。身分に厳しい貴方に言わせれば、格上の相手だ。無礼でしょう」


 学生時代から、2人の関係性は変わっていない様だ。ルークの側近で、忠義心は強いが激情的なフィン。気弱に見えるが、いつも冷静で言うべきことは口にするベントレー。

 ルークには大勢の側近がいたが、彼が最も信頼していたのはこの2人だ。どちらも今はルークの側を離れ、フィンは近衛兵に、ベントレーは文官として別々の進路を進んでいるが、そう簡単に関係性は変わらないようだ。 


ラース侯爵(昼行燈)を敬う者など、王宮にいるものか。あれほどルーク様が熱心にお前を勧誘してくださったというのに、あんな、取るに足らない侯爵家になんぞ、義理立てしやがってっ!」


 止めるベントレーをいなし、フィンはハルを噛み付く様に責め立てた。

 

「あれほどっ、あれほど目を掛けて貰っておいて、お前はルーク様の危機に何もしないつもりかっ! あんな昼行燈にかまけている暇があるなら、ルーク様をお助けするために働いたらどうだ! 」


 フィンにとって、ハルは昔から気に入らない奴だった。

 学生時代から側にいる自分やベントレーより、ルークはハルを頼りにしていた。学園内で何か厄介事が持ち上がれば、ルークは何よりもまずハルを巻き込み、事態の解決を図った。どれほどハルが抗議してもルークに不遜な態度を取っても、ルークはハルを重用し続けていた。

 そんなルークの期待に、非常に嫌そうな顔をしながらも、ハルは確実に応えていた。ハルにしてみれば、ルークを退けるより厄介事を片付けた方が早くルークから解放されるので、効率よく動いていたにすぎないが、周囲から見ればルークの期待に応え早急に事態を解決している様に見えただろう。


 側近というものは、主人を助け、時には主人を諫める役割を持つ。しかし、ルークは完璧だった。過ちを正すなど烏滸がましいと感じるほどに。側近たちは自分とは違う次元で物事を考えるルークの背を必死に追う事しか出来なった。側近の中には、ルークに比べ、自分の力量が足りていない事を恥じ、去っていくものもいた。

 

 そんなルークが唯一認めた男。身分は足りないが、それ以外は全てを兼ね備えた男。ルークと同じ目線で、先の先を呼んで行動できる男。それがハルだった。


 側近たちは、ルークに対してあまりに傲岸不遜なハルに怒り、非難し、諫めた。それと同時に、どこか諦めに似た羨望を持っていた。自分たちではどう足掻いても辿り着けない場所(ルークの隣)にいるハルに。

 それなのに、どんなにルークに望まれていても、ハルは頑としてルークに仕える事はなかった。自分の忠義は、ラース侯爵家にあるからと。


 ハルはともかく、ラース侯爵家を非難する事は、身分が第一のフィンにしてはあり得ない失態だ。だが、ルークの安否が危ぶまれる中、昔の苦い記憶まで蘇ってきて、フィンは言葉を止める事ができなかった。

 

 ハルどころかラース侯爵家まで誹謗するフィンに、ハルは全く表情を崩さなかった。ただ、その雰囲気がすうっと冷えたものになる。それを敏感に感じ取って、フィンとベントレーは身体を固くした。


「貴方が誰に仕えようと知ったことではないが」


 空気さえも凍てつくような怒気に、フィンとベントレーは知らずに一歩、ハルから距離を取る。


我が主人(ラース侯爵家)を愚弄するな」


 真正面からハルの恐ろしい圧を感じ、ベントレーが絶えられずその場に崩れ落ちる。フィンは騎士としての矜持で必死に耐えたが、足がガクガクと震えるのを止められなかった。


 ハルは踵を返し、ラース侯爵の後を追う。僅かに振り返り、鋭い視線がフィンとベントレーを射抜く。


「二度はない」


◇◇◇


「怖いなぁ、ハルは。怒り方がシュウにそっくりだ。親子だねぇ」


 軽食とワインでほろ酔い気分になったラース侯爵は、追いかけてきたハルを揶揄う様に笑った。


「旦那様。お食事はともかく、ワインはいけません。狩猟大会はまだ始まってもいないんですよ?」


 ラース侯爵は酒好きだが非常に弱い。今もワイングラス一杯で顔を真っ赤にしている。だがその目は楽しそうに煌いていて、酔いが回っているようには見えなかった。

 だいたい、この軽食や酒が置かれている卓は、ハルがフィンたちと話していた場所とは大分離れている。話の内容など普通なら聞けない距離だ。それなのにラース侯爵は()()()()()()()()()()()()()()笑っていた。なんらかの、もしかしたらハルも知らない方法を使って聞いていたのだろう。酔っている筈がない。

 昼行燈などと、王宮内で囁かれるラース侯爵に対する嘲りを鵜呑みにしているフィンの方が滑稽だった。ハルの主人(ラース侯爵家)は、底知れぬ恐ろしさを普通に備えているのだ。


 こっそりハルが背筋を冷やしていた時、神経を逆なでするような声が聞こえた。


「あのクズの、我が君(ラース侯爵家)への暴言を許す気か、駄犬執事」


 魔法省副長官のエリフィスが、人の好い笑みを浮かべながら話しかけてきた。周囲から見れば、挨拶回りの一環に見えるが、その目が一切笑っていない。ハルは盛大に舌打ちした。


「おやぁ。エリフィス君じゃないか。久しぶりだねぇ」


 ラース侯爵が陽気にワイングラスを掲げるのに、エリフィスは丁寧に頭を下げる。しかし顔を上げた時には、ハルを冷ややかに見据えていた。ラース侯爵家への忠誠心で言えば、エリフィスもイジー家に劣らず篤いのだ。


「暴言を許してなどいない。だがこんな人目のあるところで制裁など出来る筈がないだろう。エリス様は何よりも目立つことを良しとはしない。そんな事も分からないのか、野良魔術師」


 チラリと観覧席に視線を走らせると、友人たちとキャッキャと楽しそうにしているエリスと、護衛代わりの双子の姿が見えた。なんだかやたらと観覧席から令嬢たちの悲鳴が聞こえるが、見目の良いエリフィスとハルが絡んでいるせいだとは気づいていなかった。


「……フィン・グラーデス。グラーデス伯爵家の次男。いっそ清々しい程の貴族主義。あそこの家は代々近衛騎士を輩出している。そこそこ腕は良いがあの激情しやすい性格は、戦闘では寿命を縮めかねん。ベントレー・アメイス。アメイス伯爵家の3男で宰相部の文官。宰相部では中の上ってところか。穏健だが、上司にも遠慮なく意見するところは煙たがられているようだな」


 すらすらとエリフィスがフィンとベントレーについて語る。ハルは全く興味をそそられないのか、無表情で聞いていた。


「低能なお前に相応しい友人だな」


「友人ではない。私に友人など必要ない」


 ハルは堂々と言い放ったが、それを聞いたラース侯爵とエリフィスは微妙な顔になった。


「ハルや。少しは他の人と交流を持つようにしなさい。そんな事を断言されたら、なんだか心配になるじゃないか」


「必要ありません。私の全てはエリス様に捧げています」


「いやー。そう言うんじゃなくてねぇ。あー、どうしたもんかねぇ」


 きっぱりと言い切るハルに、ラース侯爵は頭を抱える。


「お前のそういうところがダメだと言っているんだ。それでエリス様のお側に侍ろうだなんて、足手まといにしかならないだろう」


 エリフィスにより一層冷たく吐き捨てるように言われ、ハルは額に青筋を浮かべる。ゆらりと物騒な魔力がハルの全身から立ち上る。


「足手まといだと?」


「尻尾を振ってエリス様の後ろからついて行くだけの駄犬など、何の役に立つものか。ただの愛玩動物(ペット)だな」


「そこに直れ、野良魔術師。狩猟大会の第一番目の獲物にしてやろう」


「はっ。こっちのセリフだ、駄犬……」


 臨戦態勢になっていたハルとエリフィスの耳に、爆発音が響く。

 咄嗟に見回すと、王族の天幕から煙が上がっていた。


 瞬時に駆け出すエリフィス。ハルはラース侯爵の側を離れる事を躊躇し、足を止めた。


「行っておいで、ハル。私とエリスの護衛なら、まぁ必要ないんだけど、シュウがいるから大丈夫だよ」


 ラース侯爵が笑顔で手を振る。ハルには全く感知できないが、ラース侯爵の側にシュウが控えているのだろう。実の父親ながらこっちも底が知れないと、ハルは再び背筋が冷たくなるのを感じた。


「では行ってまいります」


 駆けだすハルを見送って、ラース侯爵は溜息を吐く。傍らのシュウの気配に、愚痴るように呟いた。


「全く。最近はキナ臭い事ばかりだねぇ。面倒なことにならなければいいけど」


 

 





 



 



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[良い点] 好きなシリーズで楽しみです [気になる点] アレイスかアメイス どっち?
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