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月に一度の定例のお茶会。未来の王太子妃として忙しい日々を送るレイアにとって、友人との気のおけないこのお茶会は、なによりも楽しみなものだ。だが、王家に凶事が持ち上がっている現在、折角のお茶会だったが、心から楽しむことは出来なかった。
「お加減が悪いのではなくて、レイア様? わたくしとのお約束は、気にしなくても良かったのよ?」
心労の為か少し顔色の悪いレイアを気遣い、エリスはそう申し出たのだが。
「いいえ、エリス様。貴女と過ごしている方が気がまぎれるわ。嫌じゃなかったら、付き合っていただきたいわ」
レイアは気丈にもそう微笑んで、静かにお茶に口付ける。
「ブレイン殿下もとても気落ちしていらっしゃるわ。コルネオン公爵閣下と殿下は、実の兄弟の様に仲良くていらっしゃるから」
まだ付き合いの浅いレイアですら、コルネオン公爵の不幸に胸を痛めているのだ。身内であるブレインにとっては、身を切られるような辛さであろう。
「ハルは顔にも態度にも全く出さないけど……、心配しているわ。時々、捜索にも加わっているみたい」
全く素直じゃないハルだが、学生時代からの友人であるコルネオン公爵を案じていないわけではなく。堂々と捜索をすればいいのに、なぜか隠れるようにして公爵の行方を追っていた。
事故があってから、すでに一月が経つ。ロメオ王国挙げての捜索にも関わらず、公爵閣下の行方は杳としてしれない。幸いにも、崖下に一緒に転落した護衛や侍従たちは、怪我はしたものの無事に発見された。助かった側近の証言の中に、公爵閣下が川に流されてしまったというものがあった。そのため、貴族たちの中には、公爵閣下について既に生存を諦める者も多かった。
「結局、事件性のない事故だったのよね?」
「ええ。事故があった日の数日前から雨が続いていて、地盤が緩んでいた様なの」
コルネオン公爵が事故に遭った現場は、長雨の影響で地盤が緩くなっていたらしい。運悪くそこを通りかかってしまったようで、コルネオン公爵を乗せた馬車は、崖下へあっという間に落ちてしまったようだ。更に、崖下の川は長雨で増水していて、いつもより流れが早かったらしい。
「でもまだ見つかっていないのですもの。どちらかで無事にいらっしゃるかもしれないわ」
捜索隊も、範囲を広げつつ捜索を続けている。祈るような気持で、レイアはそう呟いた。
「魔法省でも、僅かな魔力痕跡でも感知するような魔道具の開発を急いでいるわ」
エリスもレイアを力づけるように頷いた。実は現在魔法省で開発されている魔力痕跡を感知する魔道具は、エリスが国王から懇願されて作ったものだ。国王も、たった一人の弟の行方を捜すために、なりふり構わず動いている。
「公爵夫人もとても気落ちなさっていて……。こんな時にお子様がいれば、また少しは心強くあったのでしょうけど」
コルネオン公爵夫妻の間に、子どもはまだない。結婚して2年以上たち、周囲からは第2夫人を娶るべきではないかとうるさく言われていて、セイディも大分気にしていたらしい。王太子妃候補としてコルネオン公爵家とも付き合いのあるレイアは、セイディから色々と相談を受けていたそうだ。
第2夫人の話は、王家や公爵家に取り入りたい貴族たちの思惑が絡んでいるのだが、コルネオン公爵は妻以外を娶る気はないとハッキリ公言していた。それもまた、公爵夫妻の夫婦仲を裏付けているようにみえる。
「どうして、公爵夫人は愛されていないだなんて、思ったのかしらね……」
「エリス様、何か仰って?」
エリスがそう呟くと、レイアが不思議そうに首を傾げた。
レイアには、セイディがラース侯爵家へ押し掛け、ハルを目の敵にしてビンタしたことは話していない。淑女の名誉にかかわる事でもあるし、これ以上要らぬ心労をレイアに掛けたくなかったからだ。多分、国王陛下あたりには、公爵家から報告が上がっているだろう。
「いいえ、なんでもなくてよ。それよりレイア様。王家主催の狩猟大会は予定通り開催されるって聞いたのですけど、本当なのかしら?」
「ええ、そうなのよ。陛下やブレイン殿下も中止にすべきかと悩まれていたのですけど、他国の貴族も招いていますし、ここで中止にしてしまうと本当に凶事が起ってしまいそうで、それを振り切るために開催すると決断されたようなの」
王家主催の狩猟大会は、3年に一度開かれる大規模な大会だ。主だった貴族家は殆ど参加する。獲物の目方や捕らえた数で優劣を争い、一番の優勝者には国中から讃えられ、栄誉と賞金が与えられる。森の恵みを感謝する大事な行事であり、他国からも人気がある、ロメオ王国のお祭りなのだ。
また、出場者である若者たちは、獲物を意中の女性に捧げる習わしがある。若者たちは想いを寄せる女性のために奮闘し、女性たちは若者たちの無事を祈る。狩猟大会は若者たちの愛を確かめ合う大事な機会でもあった。
「コルネオン公爵も、前々回の優勝者でいらっしゃったわ。獲物をまだ婚約者であったセイディ様に捧げていらっしゃって。セイディ様もコルネオン公爵の無事を祈って、飾り紐のお守りを贈っていらしたわ。お2人とも幸せそうで……」
レイアはコルネオン公爵夫妻の睦まじい様子を思い出して、涙をにじませしんみりと語る。エリスも先日のセイディの取り乱した様子を思い浮かべ、切ない気持ちになった。
言葉少なに、久しぶりのお茶会は過ぎて行った。
どうか無事でと、口には出さずとも、2人の令嬢の願いは同じだった。