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「そもそもおかしな点ばかりだという事に、気づかないのか」


 冷ややかな声で口を挟んだのは、それまで黙っていたハルだった。


「フィン・グラーデスが突き止めた実行犯の男は、平民の、魔術師崩れだったな? 多額の報酬と引き換えに、爆発の魔術陣を仕掛けた」


 頷くウォード騎士団長に、ハルは馬鹿にしたように鼻で笑う。


「ではなぜ、指示書や依頼書に署名が必要なんだ」


「うん?」


 ハルの言葉の意味を図りかね、ウォード騎士団長は首を傾げる。


「例えば、実行犯がコルネオン公爵を国王に担ぎ上げる事で、甘い汁を吸おうと考える貴族ならば、依頼書や指示書に署名を求めるのは当然の事だ。コルネオン公爵に加担する事と引き換えに、成功した暁には、それ相応の地位や名誉や見返りを求めるため、署名を求めるのはいわば契約の意味合いを持つからな」


 ハルは同意を求める様に審議員たちを見回すと、審議員たちも頷く。貴族であれば当然の感覚だ。見返りも保証もなく、危ない橋など渡るはずも無い。


「だが、実行犯は平民。しかも求めたのは金だ。署名など、平民にとって何の価値がある」


「身の安全の保障の為か、後々の強請のタネに……」


「そんな事を求めてくる平民を、敢えて雇う意味があるのか。私だったら、そんな面倒な者には見切りを付けて、別のもっと単純な輩を狙う。あの程度の魔術を使える奴など、他にもいるだろう」


 確かに、魔術師ならば誰でも使える様な魔術なら、面倒な相手は避けるだろう。


「そもそも……。なぜわざわざ別に実行犯など雇わなくてはいけないんだ。私があの魔術陣で王族を殺そうと思えば、自分で仕掛ける」


 ハルの不穏な言葉に、審議員たちがざわめく。余りに不敬な物言いに、審議員の中には怒りを露わにする者もいた。

 

 ハルの冷ややかな視線が、周囲に向けられ、床に魔術陣が輝いた。


「こんなもの。茶を供するより、容易い」


 床からぞわりと這いあがる魔力の圧に、ウォード騎士団長は剣に手を掛けた。国王や審議員たちの周りに配された騎士たちの動きが、慌ただしくなる。


「ハル」


 静かな一声が、ハルの耳朶を打つ。辺りに溢れていた魔力があっというまに霧散する。

 ハル以上の魔力で打ち消された魔術陣に、ハルは思わず恍惚とした表情になる。


「いけないわ。今は審議の時間でしょう?」

 

 柔らかく窘めるエリスの甘い声に、ハルの理性はドロドロに崩れた。


「はっ。申し訳ありません、エリス様」


 ハルはその場に額をこすりつけて平伏した。月の貴公子とまで言われたその秀麗な顔は残念なぐらい笑み崩れていたが、地面に伏していたので見えなかった。幸いな事に。


「皆様も。どうぞ、冷静な審議をお願いしますわね」


 エリスの穏やかだが有無を言わせぬ雰囲気に、審議員や原告は背筋が冷えるのを感じた。

 エリスの言動は、暴走する被告人を諫め審議員たちに冷静な判断を求める、ある意味弁護人として正しい行為なのだが、抗いがたい圧を感じるのは何故だろうか。


「エ、エリス嬢。公正な審議の場であるから、控えてくれぬか」


 ちょっと震えたが、しっかりと注意したぞ、と心の中で自分を褒めたたえた国王だったが。


「でしたら、これぐらいは審議長(陛下)御自身が収めていただきませんと」


 冷ややかに切り返されて、国王は再び涙目になった。あんな自由気ままな鎖の切れた狂犬を、身分しかない国王(自分)にどう抑えろというのだ。


「それにわたくし、いい加減、ハルを返して頂きたいの。こんな茶番にいつまでも付き合っているほど、暇ではなくてよ」


「エリスや。口が過ぎるよ。公の場なんだから、陛下の事、表向きは敬わないと」


 ラース侯爵のフォローにもなっていない言葉のほうが傷ついたが、国王は必死に虚勢を張る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()話は進めている筈なのに、どうしてこんなに当たりが強いのか。やっぱりラース侯爵家は怒っていたんだなぁと、今更ながらに実感した。


「……ほ、ほぉ。そこまで言うのならハル・イジーの弁護人は、被告人の無実を証明する決定的な証拠でもあるのか」 


 国王の()()()()()()()の問いかけに、エリスはニコリと微笑む。


「ええ、もちろん。エリフィス」


 エリスの呼びかけに応じ、笑顔で立ち上がるエリフィス。だからどうしてお前は弁護人側(そっち)なんだと、国王は声には出さずにツッコむ。誰も違和感を感じないのだろうか。


「ねぇ、エリフィス様って、弁護人(こっち)側でいいのかしら?」


「あー。厳密には捜査に協力していたりするから、原告(あっち)側だな。でも、さも当然って顔で座っているから、指摘し辛いんじゃねぇか? 」


 イジー家の双子がコソコソと小声で話しているのを聞き、国王はやはり自分の感覚の方がまともなのだと安堵した。自分と同じまともな感覚をもつあの双子には、後で何か良いものを贈っておこう。


「こちらは、魔力痕跡を測る魔道具となります。犯行現場や証拠に残された魔力を測定することができます。」


「魔力痕跡を図る魔道具? 」


 ウォード騎士団長が訝し気に問うのに、エリフィスはお勧めの商品を紹介する商人の様な笑顔で魔道具の説明を続ける。


「端的に説明いたしますと、こちらの魔道具に魔力を登録し、その登録と同じ魔力を近づけると、この赤い魔石と魔術陣が反応して光る仕組みとなっています。たとえば、犯行現場に残った魔力を登録すると、その魔力と一致する魔力の持ち主に反応するのです」


「そ、そんな便利な魔道具があるのか? 」


 驚くウォード騎士団長に、魔道具の有用性がじわじわとしみこんでくる。エリフィスの話が本当なら、今も塩漬けになっている未解決の犯罪にどれほど役に立つか。


「我が君の御下命でしたので、作りました」


 エリフィスは良い笑顔のまま頷く。そのさも当然という態度に、ウォード騎士団長は色々と諦めて、溜息を吐く。


「では、実際に試してみましょうか。この魔道具にはあらかじめ、狩猟大会の犯行現場で測定された魔力を全て登録しています。審議員のあなた、こちらへ手を翳してみてください」


 指名された審議員は及び腰になりながら、魔道具に手を翳す。何の反応もなかった。


「それでは、フィン・グラーデス調査官。貴方は何度も現場に出入りをしているでしょう? 手を翳してみてください」


 フィンが戸惑いながら手を翳すと、ふわりと赤い魔石と魔術陣が光る。

 周囲から驚きの声が上がった。


「ああ、やはり、現場に残った魔力痕跡の一つは、グラーデス捜査官のものですね。そうですね、あと一人ぐらい試してみましょうか。どなたか、現場の近くにいらっしゃった方はいますか?」


「ああ、エリフィス。ほら、こちらの、ベントレー・アメイス君も現場近くにいたよ。避難誘導も手伝っていたから、彼の魔力痕跡も残っているんじゃないかな?」


 ラース侯爵が思い出したように告げると、ベントレーがキョトンとした顔になる。


「ああ、そうでしたか。では、アメイス様。貴方様の魔力も検出できると思うので、こちらに手を翳して頂けますか?」


 エリフィスの言葉に、ベントレーが戸惑いながらも、言われるがまま、魔道具に手を翳すと。


「……っ!」


 フィンが手を翳した時とは比べ物にならないぐらい、赤い魔石と魔術陣が激しい光を放つ。ベントレーが驚いたように手を引っ込める。


「あら。随分と強い反応ね? どうしてなの、エリフィス」


「この魔道具は検出された魔力の量が多ければ多い程、強く反応する設計になっています。犯行現場にはグラーデス調査官に比べて数倍ものベントレー様の魔力が残っていたようです」


「あら。調査の為に何度も現場に入ったグラーデス調査官より、アメイス様の魔力が多く残っていたの? 不思議な話だわ」


 エリスの含みのある言葉に、ベントレーの顔が真っ青になる。皆の視線に疑惑が混ざっているのを感じて、ベントレーは慌てて口を開いた。


「そ、それは! そ、そうだ! 私は当日、風魔法で拡声させて避難誘導を行っていたので! そのせいかと!」


「風魔法の拡声ですか? ううーん、拡声は、それほど大きな魔力は使わない魔術の筈ですがねぇ」


「わ、私は魔術師ではないから、魔術には慣れていないんだ。学園で習ったきりの、あまり使った事のない魔術だったから、必要以上の魔力を使ってしまったんだ! 」

 

「ああ、なるほど。そういう事なら、一応、筋は通りますね」


 あっさりとエリフィスが引き、ベントレーは安堵の息を吐く。ホッとして気が大きくなったのか、皮肉気にエリフィスと魔道具を見比べた。


「……確かに、素晴らしい魔道具だと思いますが、少々、欠点があるのではないでしょうか。あの狩猟大会には大勢の人間が参加していました。そうすると、多くの魔力が測定されるのではないですか? その多くの魔力から、誰が犯人だと判別できるのでしょうか」


 得意げに語るベントレーの顔には、愉悦に塗れていた。

 そんなベントレーに、審議員たちは訝し気な目を向ける。それもそのはず、ベントレーは友人であるルークの弁護人としてこの裁判に出席しているのだ。同じ弁護人であるエリフィスを貶めて、一体何の得があるというのだ。


 ベントレーの言葉に、エリスが感心したように頷いた。


「まぁ。アメイス様はご慧眼だわ。確かに、仰る通りですわ。魔道具の感知が良すぎるものだから、あの現場からは観客のものも含めて、100以上の魔力が測定できましたのよ」


「それは……。素晴らしい魔道具なのに、残念ですねぇ」


 ベントレーの表情は口調とは裏腹に、ちっとも残念そうではなかった。目には嘲るような色がある。

 現場にベントレーの魔力が残っていたところで、どうだというのだ。他にも100人以上の魔力が測定されたのなら、その全員が容疑者になるではないか。


 そんなベントレーに、エリスは朗らかに微笑む。

 女神が虫けらに、ささやかな慈悲を与えるがごとく。


「ええ。残念ですわ。でも、ご心配なさらないで。まだ、証拠品である書類がありますもの」


 

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