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 原告のフィン・グラーデスが事件の概要を語りだした。


「今回の事件について改めてご説明いたします。狩猟大会の当日、王族の休憩場所である天幕に攻撃魔術が仕掛けられており、両陛下、王太子殿下、婚約者候補のレイア・パーカー嬢が巻き込まれました」


 審議員の貴族たちが、痛まし気な顔で頷く。誰しも、王家に弓引く悍ましき犯罪に、嫌悪の色が隠せないようだ。


「狩猟大会の日に仕掛けられていた魔術陣ですが、大会の始まる大分前から仕掛けられていたことが分かりました。狩猟大会の会場は大会の一月前から準備が始まりますが、それ以前から天幕の設置予定場所に魔術陣が仕込まれていたようです。魔術陣はごく一般的な爆発の魔術陣です」


 魔術陣自体はありふれたものなので、魔術士であれば犯行は可能だという事だ。


「魔術陣に使用された魔石の販売ルートから実行犯の特定に至りましたが、実行犯は捕縛の際に激しく抵抗したため、周囲への被害を抑えるために、やむなく斬り捨てました」


 実行犯は騎士団に追い詰められると、攻撃魔術で抵抗した。街中にも関わらず、広範囲の魔術陣を構築したため、やむを得ず騎士たちが斬り捨てたのだ。激しい抵抗にあい、手加減も出来なかったようだ。


「実行犯の男は、平民の魔術師崩れでした。背後関係を調べたところ実行犯の隠れ家から今回の事件の依頼書と指示書が発見しました。実行犯は多額の報酬と引き換えに、今回の襲撃を行ったのです。こちらが、その書類となります」


 フィンが審査員に示したのは、数枚の書類だ。依頼書には簡潔に狩猟大会に参加した王族を殺害した場合の成功報酬が記載されており、指示書には魔術陣の規模や威力、発動までの時間についての指示が、事細かに記載されていた。依頼書と指示書の最後には署名があった。

 指示書には『ハル・イジー』の署名が。そして、依頼書には『ルーク・ロメオ』の署名が。


「なんと! 恐れ多くも『ロメオ』の名を……! 」


「不敬だ! 」


『コルネオン』での署名ではなく、『ロメオ』の名での署名が、ルークの王位簒奪のハッキリとした意思を感じさせて、国王への明らかな不敬に審議員の貴族たちから不快気な声が上がる。


「……こちらは、学園に通われていた頃のコルネオン公爵によって署名された書類ですが、同じ筆跡であることが分かります。同様に、ハル・イジーの署名についても、学園時代のものではございますが、提出させていただきます。」


 コルネオン公爵が学園に通っていた頃はまだ王族の一員であった。その時の署名はもちろん、『ルーク・ロメオ』だ。どう見ても、二つの書類の手跡は同じものに見えた。ハルの署名も同様で、審議員の貴族たちからざわざわと声が上がる。


「これらの証拠から、我らは今回の襲撃事件の犯人は、ルーク・コルネオンとハル・イジーの両名と判断したのです」


 フィンは淡々と原告の意見を伝え、席についた。証拠は明らかにルークとハルが犯人だと示していた。フィンの胸の中には、主人を助ける事も出来ない不甲斐なさが広がっていた。ルークが例え記憶を失っていて、フィンのことなど知らなくても。フィンがルークを裏切ったことには変わりないのだ。


 フィンは恐る恐る、ルークに視線を向けた。

 以前、取り調べで対面した時。記憶を失ったルークは、フィンを見ても何の反応も示さなかった。見知らぬ他人を見ている目つきだった。

 その視線をまた向けられるのだろうと思っていたフィンは、ルークが視線をしっかりと合わせてきたことにまず驚いた。そして、面白がる子どもの様な笑みが浮かぶのを見て、まさかと、腰を浮かせる。


「相分かった。ではまず被告人に、原告の意見に対しての意見を述べて貰おう」


 思わず腰を浮かしたフィンだったが、国王の重々しい声に、慌てて席に戻る。

 ドキドキと胸が騒がしい。ルークの、あの顔は。そして、あの不敵な笑みは。学生時代に何かをやらかす時のルークと、全く同じだった。

 

 ルークとハルが、証言台に並んで立つ。2人は魔術封じの縄で手を縛られており、貴族にしては簡素な衣服しか身に纏っていない。それでも2人の輝くような美貌は衰えておらず、『太陽の君』と『月の貴公子』そのままの出で立ちで、粗末な衣服とのアンバランスさが際立っていた。思わず、審議官の間からため息が漏れる。


「ルーク様……」


 弁護席にいたルークの妻セイディから、悲痛な声が漏れた。その哀れな様子に、審議員たちはひっそりと同情する。長らく生死不明だった夫との、久しぶりの邂逅が裁判の場なのだ。もしも被告人の罪が確定したら、妻であるセイディも連座で処罰を受ける。とはいえ、隣国の王女であるセイディが死罪になる事は無いが、ロメオ王国でのその地位は大きく落ちる事だろう。隣国との関係にも影響が出るかもしれない。

 

「ルーク・コルネオン。其方は記憶を失っているそうだが……。何か此度の事件に関して、申し開きはあるか」


 国王がじっとルークを見据えて問う。それを受けるルークの眼差しは、堂々たるものだ。


「記憶は数日前から戻っております。陛下」


 ルークが人懐こい笑みを浮かべて、国王にそう答えた途端、周囲がどよめいた。


「ルーク、真か!」


「ええ。先日、一流の魔法薬師による治療を受け、記憶は完璧にもどっております。……お疑いでしたら、そうですね。陛下と王妃様の先日の夫婦喧嘩の原因は……」


「待て! 余は疑ってなどおらんぞ! 余計な事は口にするな」


 ルークがサラサラと答えようとするのを、国王が慌てて押しとどめる。この遠慮のない物言いは、まさに弟のルーク・コルネオンだと、国王は涙目になった。色々な意味で。


「コルネオン公爵の事はあまり良く知らなかったのですけど。結構、イイ性格をなさっているのですね……」


「厚顔無恥というのは、ああいう人の事を言うんだろうね」


 エリスの呆れた呟きに、ラース侯爵が自分の事は棚に上げて、うんうんと同意する。


「うおっほん。被告人の記憶が戻ったということは、大変喜ばしい事だ。それでは証言を続けて貰おう。ルーク・コルネオンよ。この依頼書にある署名をなんとする」


 国王の促しに、ルークは自信たっぷりに言い切った。


「私は、そのような書類に署名をした覚えはありません」


 真っ向からの否定に、再びどよめきが起こる。


「だがその署名は、私の手によるものにしかみえない。一体どういうことなのか?」


 ルークは不思議そうな顔をして、署名をした事は否定している。だが一方で、本人自ら署名の筆跡は自分のものだと認めた。


「で、ですが、この署名はどう見てもルーク様の手によるものですっ! 重要書類の時だけに使う、外部にはあまり知られていない書体を使い、名前の部分が僅かに右上がりで、末尾は逆に左に下がるっ! ペンとインクはログール商会の特級品、ペン先の太さは通常のペン先に比べ細め! これをルーク様の署名と言わずして、なんといいましょう! これがあったから、私は、ルーク様が犯人だと……! 」


 フィンがボロボロと泣きながら、滔々と語るのに、国王以下審議員の貴族たちはドン引きしていた。証拠の署名を事細かに分析する優秀な調査官だと言えなくはないが、どちらかと言うとコレは、ルークに心酔するが故に自然と身に着いた知識なのではないだろうか。それも、かなりコアな。


「この署名が、この署名があったから、私は……」


 賊の隠れ家を捜査した時、真の黒幕の正体を知った時のフィンの衝撃といったらなかった。

 わざわざ『ルーク・ロメオ』と署名された意味を、分からない筈がない。


 だがフィンは、裏切られた、許せないという気持ちよりも、なぜという気持ちの方が大きかった。

 なぜ、玉座を望むと、自分に言ってくれなかったのか。

 なぜ、この企みに、自分を巻き込んでくれなかったのか。

 側を離れても、フィンの忠義はただルークの元にあったのに。

 フィンに一言気持ちを明かしてくれれば、全力でルークを止めて、正々堂々と玉座を求める方法を一緒に模索したであろうに。


 だが、ルークは署名は自分のものではないという。それでは、ルークは玉座を望んでいないということなのか。混乱するフィンに、ルークは慰める様に告げる。 


「フィン。何度も言うが私は玉座になど興味はない。兄上は素晴らしき王で、ブレインはその後継としての責務を良く理解し励んでいる。私は臣下として兄を、そしていずれはブレインを支えたいと思っているのだ。お前が私の元を離れ王家に仕えると言った時も、寂しくはあったがお前ほどの者が兄上とブレインの為に仕えてくれるのなら、それが良いと思った」


 フィンはルークの言葉に、顔を歪めた。

 幼き頃から仕えていた主人の変わらぬ願い。それを自分は知っていた筈なのに。どうして見誤ってしまったのか。


「フィン。私が企みに加担したと勘違いしても仕方がない。それぐらい、あの署名は私の手跡に似ている。なにせ、私にも見分けがつかないほどそっくりなのだから」


「そこまでそっくりだと仰るのなら、本当は、コルネオン公爵が書かれたものではないのですか? 」


 意地悪くウォード騎士団長が口を挟むと、ルークは不快そうに唇を尖らせた。


「ウォード騎士団長。俺が策略を用いて、兄上たちを害するような男だと思っているのか?」


「私ども原告は、この書類の署名が公爵自身によるものであると確信したため、証拠としてこの裁判に提出しているのです。この署名をコルネオン公爵が自分の手跡と同じだと認めるならば、即ち、公爵ご自身がお書きになられたと考えるのが素直でございましょう」


 フィンは絶望的な顔でウォード騎士団長を見る。フィンにしてみれば、記憶を取り戻したルークが犯行を否定するのなら、職務を放棄する事になっても、ルークの味方でありたいと願っているのに。フィンは恨みがましい目で、涼しい顔をしているウォード騎士団長を睨みつけた。


「ふぅむ。私の手跡であるが、私が書いたものではないと言っても、信用されないという事か……」


「も。申し訳ありません、ルーク様。私が余計なものを発見したばかりに」


「フィン。お前は職務を全うしただけだ。なんら恥じる事は無い。犯人はな、お前のその真面目さを利用して、俺を罠に掛けたのだよ」


「罠……?」


 目を丸くするフィンに、ルークはにやりと不敵に笑った。

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