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今日はは1話だけです。すみません。
ロメオ王国の国王アルバート・ロメオは、王国始まって以来の賢王と讃えられている。
彼は、革新的な政策を次々と打ち出し、身分を問わず実力のある者たちを国の中枢に配し、長年国を悩ませてきた魔獣対策に大きな成果を挙げた。私欲に溺れず、ひたすら、国のために尽くしてきた。それが、王族たる責務だと信じて。
だというのに、女神よ。なぜ、私にかような試練をあたえるのか。
国王は引きつりそうになる顔を必死に保っていた。そうでなければ、女神に対してとんでもない悪態が飛び出しそうだった。こんなことで、今のところ仲良くやっている教会との関係を拗らせたくはない。
国王の眼前には、今まさに、王族を害しようとした罪で裁かれんとしている者たちがいる。
一人は、国王の大事な弟にして、王家の支えとなるルーク・コルネオン公爵。
もう一人は、S級冒険者にして、それ以外でも類まれなる才能を発揮するハル・イジー。
死んだと思っていた弟が無事に戻ってきた事は嬉しいが、こうして被告人として対面するなんて。ルークが犯人などと微塵も疑ってはいないが、確固たる証拠がある以上、立場上、揉み消すことは出来ない。
ルークが被告人となったこともショックだが、それ以上に不安なのは、共犯とされるハル・イジーの存在である。ハル・イジー自体も取り扱い注意ではあるのだが。国王は出来るだけ見ないようにしていた、ハル・イジーの背後に控えている一団に目を向けた。
神妙な顔の、ハル・イジーの雇い主であるラース侯爵。
苦虫を噛み潰した表情の、父親であるシュウ・イジー。
なぜか当たり前の様に弁護人席にいる魔法省副長官、エリフィス。お前、そっち側なのか?
そして。
まるで茶会に招かれた時の様に、控えめな笑みを浮かべているのは、次期ラース侯爵家の後継であるエリス・ラース。
彼らは、被告人ハル・イジーの弁護人としてこの裁判に出席していた。
ロメオ王国の王国裁判は、国王を審議長とし、名だたる名家の代表者たちで構成される審議員により審議される。
今回の原告は捜査を指揮した近衛騎士団長、原告の補佐として、実際の捜査に当たったフィン・グラーデスが騎士団長の側に控えていた。
対して、被告人には弁護人を選出する権利が認められており、これまでの例でいえば、法律に明るい識者や、縁者などが選ばれる。
だから、ハル・イジーの弁護人として、ラース侯爵とシュウ・イジーが立つのは、珍しい事ではないのだが。魔法省副長官や、年若い令嬢が弁護席にいる姿は、どうにも奇異に見えた。
ちなみに、ルーク・コルネオン公爵の弁護人は、王家推薦の弁護人数名と、法律の識者、そして、妻であるセイディ・コルネオンである。イジー家のダフとラブが、セイディの護衛のために目立たぬように控えている。まだ体調の良くないセイディを心配して、エリスが双子に側に付くように命じたのだ。
また、ルークの長年の友人であるベントレー・アメイスも、緊張で倒れそうなセイディに甲斐甲斐しく付き添っていた。彼はルークの無実を訴え、その証を探すべく奮闘していたことが認められ、ルークの友人という立場で弁護人の一団に加わることを認められた。気弱になったセイディに裁判に一緒に出席して欲しいと強く請われた事もあり、出席を決意したようだ。
国王はこの面子をみて、無事に裁判が終わるのか、終わった後にこの国は無事に存在するのかと、縁起でもない事を考えていた。最近ではすっかり悲観的に物事を考えるようになった。
そうした国王の不安を感じ取り、審議員たちは、皆、一様に緊張していた。
今回の事件は、国王一家を、臣籍に降りた王弟が害そうとした重大事件だ。ただでさえ慎重さが求められるというのに、あの、『紋章の家』が関わって来る案件なのだ。
審議員たちは、ロメオ王国でも重鎮といえる職責の者たちばかりだ。大なり小なり『紋章の家』と関わったことがある。彼らも、今回の被告人が『紋章の家』の忠臣であるイジー家の嫡男であることと、その弁護人としてラース侯爵家が名乗りを上げた事にも戦慄していた。出来る事なら審議員など断りたかった。断れるものじゃないと分かっていても。
もしも有罪が確定したら。王家転覆を図ったのだ、被告人の処刑は確実だ。
だがそう決まった時、『紋章の家』はどう反応するだろうか。法を曲げる事が出来なければ、国自体を亡ぼすかもしれない。それが出来る実力があるから、厄介なのだ。
審議員として偏見や先入観を持つべきではないと分かってはいる。
だが、審議員たちの多くは、切実に被告人の無罪を願っていた。
かくして、若干、いつもとは違う雰囲気で、裁判は幕を開けたのであった。
◇◇◇
王国裁判における原告、ウォード騎士団長は、今回は負け戦だと悟っていた。
側に控える近衛騎士団調査部の責任者であるフィン・グラーデスは、先ほどから強張った顔をしているが、彼の心配は杞憂に終わるだろうと思っていた。
フィン・グラーデスの調査は完璧だった。実行犯は惜しくも死なせてしまったが、黒幕であるルーク・コルネオンとハル・イジーに繋がる決定的な証拠が確保できた。ルーク・コルネオンは記憶を失っていたが、本人の自供を得られなくても、これほど確実な証拠が揃っていれば、有罪は確実であろう。
だがこの事実は、フィン・グラーデスにとっては、己が死刑判決を受ける以上に辛いことだろう。ウォード騎士団長は、フィンが誰に忠誠を誓っているか知っていた。フィンとルークは幼き頃からの知己であり、学園を卒業するまでフィンはルークの片腕であり続けたのだ。家の事情でルークの側を離れたが、フィンの忠誠は変わらず、ルークの元に在り続けたのだ。
それを知っていても、ウォード騎士団長はフィンを今回の事件の捜査から外す気は無かった。誇り高き近衛騎士であるフィン・グラーデスが、職務に私情を挟むはずがないからだ。必ず任務を全うしてくれると、上司としてフィンを信頼していた。もしもウォード騎士団長が同じ立場であったとしたら、捜査を外れたいと思わなかっただろう。例え主人の不正を暴くことになっても、最後まで己の眼で結果を見届けようと思ったはずだ。
ウォード騎士団長から見ても、フィン・グラーデスが集めた証拠は全てルーク・コルネオンとハル・イジーが犯人だと示している。
それでいて、この裁判に勝ち目があると万が一にも考えないのは、偏に、被告人の弁護席に座る者たち故だった。あのラース侯爵家が関わるのだ、一筋縄ではいかないだろう。
残念ながら、この裁判は騎士団の調査した通りに進むことはないのだろう。騎士団で掴めなかった事実を、ラース侯爵家が掴み、自らで示そうとしている。
ウォード騎士団長に、負ける事に対しての焦りや苛立ちはなかった。負けて多少恥を掻こうが、それがどうしたと思える。剣の勝負だって、負けて初めて強くなるのだ。
そもそも彼も、あのルーク・コルネオンが国王を害したなどと信じられない1人だった。
ウォード騎士団長は、王族の剣の指南役も務めている。ルークも勿論、例外ではない。
剣の腕は性格が良く現れる。ルーク・コルネオンの剣は、駆け引きもフェイントも得意ではあるが、ただひたすら真っ直ぐだ。後ろ暗さも鬱屈した思いも、彼の剣からは感じられない。ルークが王位簒奪の黒幕だと言われても、疑問しかなかった。
だからウォード騎士団長は密かに期待していた。ラース侯爵家が、一体どんな反証をしてくるのかと。
もし被告人の有罪が確定したら、力づくでハル・イジーを奪うつもりかもしれないが、それもまた一興だ。どれほど対抗できるか分からないが、騎士団として全力で迎え撃って『紋章の家』と戦ってみたい。
「せいぜい、楽しませてもらおう」
裁判において、敵であるはずの弁護人を見据え、ウォード騎士団長は好奇心を抑える事が出来ずにいた。




