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短めです。

 その夜。エリスはどうにも眠る気分になれず、月明かりの差し込む私室で、お気に入りのソファに座ってぼんやりとしていた。


 いつまでも可愛らしい弟の様に思っていたエリフィスからの、突然の告白。

 小さくて痩せこけていて、幼いエリスでも抱いて運べたあのエリフィスが、いつの間にか驚くほどの成長を遂げていた。

 見上げるほど背が伸び、丸みを帯びていた頬も鋭くなり、声は低くなり、エリスを持ち上げるほどの力もついて。

 何よりもエリスを見つめる視線が、甘く、焦がれるような色を帯びていて。母を慕う子の様な顔が、1人の男性に変わっていた。


「……大きくなったのねぇ」


 エリフィスの告白は、驚きこそあったが、決して不快なものではなかった。エリスは、エリフィスとは違う意味で彼を愛していた。どれほど大きく成長したとしても、エリスの中では、エリフィスは庇護の対象で、成長が楽しみな可愛い子なのだ。男女の情愛ではないが、母が子に向ける愛情に似ている。エリフィスにとっては酷なことかもしれないが、ある意味、尽きる事のない無償の愛を向けられているのだ。


 エリスは、深い溜息を吐いた。

 大好きな恋愛小説の中では、主人公が素敵な人たちから想いを告げられ、断るシーンなど何度だってあった。小説を読んでいる時は、ハラハラしたり、ドキドキしたりしたものだが。実際にはこれほど気分が上下するものだとは知らなかった。好意を告げて貰って嬉しい気持ちと、応えられない辛い気持ち。

 

 明日からどうやってエリフィスに接しようかと悩むほど、浅い仲ではない。

 それでも、このほんのりとした胸の痛みは続くのだろうと、エリスは感じていた。


 その時。ふわりと、室内だというのに、エリスは風が動くのを感じた。馴染のある感触に、自然と唇が綻んだ。

 エリス自身も自覚する。エリフィスに向ける気持ちとの違いを。心が浮きたち、頬が熱を持ったように熱い。姿を見ると嬉しくて、泣きたくなるような切なさを感じる。 


「こんな時間に淑女の部屋を訪ねるなんて、無作法ではないかしら?」


 くすくすと笑うエリスの視線の先には。

 主人に叱られしょぼくれた犬の様な、エリスの専属執事が立っていた。


◇◇◇


 こんな夜更けに、しかも主人の私室に。

 いくらハルが色々と常識がなくても、こんな時間に主人の部屋を訪ねるなど、これまで一度もしたことはなかった。

 しかも、もうあとは寝るだけのエリスは、寛いだ夜着姿。いくら専属執事でも、未婚の令嬢のこんな姿を見る事など許されるはずがない。


「も、もうしわけ、ありません」


 ハルはエリスから顔を逸らす。エリスに無礼を咎められ、耳まで真っ赤にしているのに、それでも一向に出ていく様子はなかった。

 もうすぐ裁判があり、さすがに牢の出入りは控えると言っていたのに。

 エリスは不思議に思って、ガウンを羽織るとハルの側に近寄っていった。

 だがハルは、珍しくも近寄るエリスを手で制し、エリスから距離を取るように一歩下がる。 


「ハル? 」


 今までにないハルの態度に、エリスは首を傾げる。 

 ハルは真っ赤な顔のままだったが、漸くエリスに視線を向けた。


「エ、エリス様!」


「なあに? ハル」


 その甘やかで優しい声に、ハルはぐびっと、変な音を立てて息を呑み込んだ。目に見える程ハルの全身が激しく震えていて、エリスは増々ハルが心配になってしまう。


「ハル? 身体の調子が悪いの? 牢の暮らしが合わないのね。こっそり屋敷に戻ってもいいのよ?」


「いいえ、エリス様! 私は野宿だろうが3秒で熟睡できる性質でございます! むしろ寝ずとも魔力を循環させれば疲れ知らずで!」


「それは後から身体に負担がくるから、推奨されないやり方だって知っているでしょう? 駄目よ、そんな無理をしては」


 呆れるエリスに、ハルはしょんぼりと首を竦める。


「どうしたの、ハル?」


 再度の問いに、ハルはぐっと顔を上げた。


「エリス様。裁判が終わりましたら、聞いて頂きたい事があります」


「聞いて欲しい事?」


「はい!」


 勢いよく頷くハルに、エリスは艶やかな笑みを浮かべた。


「今ではダメなの?」


「……っ! さ、裁判の後に! 裁判の後にお願いします!」


 ハルはグッと拳を握ると、真剣な目でエリスを見つめた。


「今の私は、冤罪とはいえ重罪人です。こんな状態で、お伝えする資格はありません! どうか、全てが終わった後に!」


 その必死な様子に、エリスはくすくすと笑い声を上げた。


「分かったわ、ハル。裁判の後に聞かせてね?」


「御意!」


 小首を傾げた拍子に、サラリと栗色の髪が流れ。

 蠱惑的な笑みを浮かべるエリスの色香に、ハルは必死で理性をかき集めながら、最上級の礼をして、エリスの部屋を辞した。


 あとにはいつまでも、エリスのクスクス笑う声が残っていた。 



   

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