23
「こちらが、調査結果となります」
ラース侯爵家筆頭執事であるシュウと、エリスの専属執事であるハル。
2人はラース侯爵とエリスに、恭しく調査の結果を差し出した。
その背後には姿は現していないが、影たちが緊張した様子で控えている。双子も不安気に身体を固くしていた。
今回の事件は、気のゆるみにより起きた事だと影たちは理解している。
本来ならば、事件が起こる前から情報を収集し、ラース侯爵家に関わる可能性があるのならば、未然に排除すべきであった。事が起こった後に対処のために奔走するなど、ラース侯爵家に仕える者としてありえない事だ。
だからこれらの調査結果は、成果などではなく仕出かした事の尻拭いだ。誇らしさよりも恥ずかしさで、彼らは主人の前に立っていた。
そんな影たちに、エリスはふわりと柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。とてもよく頑張ってくれたのね」
だがその目は、冷然とした光を放っている。
「これからも、気を引き締めて勤めてもらえると、嬉しいわ」
一見すると労わりの言葉にも聞こえるが、影たちは全員が背に冷たいものが流れるのを感じた。絶対的な捕食者の前で成す術もなく棒立ちになる被食者の気持ちとは、こんな感じなのだろうか。
「おお、怖い。エリスは厳しいねぇ」
「あら、皆を労わっただけではありませんか。人聞きが悪いわ」
エリスはツンと澄ました顔をしていたが、約一名の専属執事以外の恐怖心が和らぐことはなかった。
調査結果を検めたラース侯爵とエリスは、その内容に満足気に頷く。
「ははは。やっぱりこいつが犯人かぁ。陛下に先に報告した人物と一致していて良かったよ」
ラース侯爵の言葉に、シュウとハルがギョッと目を見開いていたが、エリスはラース侯爵を横目に睨む。
「お父様は犯人をご存知だったのですね?」
「まぁ、あの狩猟大会の時に会ったからね。エリスも会っていたら、気づいていたと思うよ? 魔術陣の起動の為に大分魔力を使ったんだろうねぇ。魔力がスカスカだったよ」
貴族がその名誉を駆けて競う狩猟大会前に、魔力不足で臨むなど普通ならばありえないと、ラース侯爵は可笑しそうに笑う。
「分かっていたなら、一言、教えて下さればよかったのに」
「若者には苦労をさせよという格言があるだろう? 私は心を鬼にして黙っていたんだよ?」
面倒臭かっただけの癖にという視線を双子から向けられても、ラース侯爵はどこ吹く風だ。
「それにしても、エリフィスが作った魔道具は凄いねぇ。犯行現場で全ての魔力を検知出来たのかい?」
「現場には調査のために大勢の人間が出入りしていましたが、全員分の魔力を検知し、個人の特定も済んでいます」
ハルは無表情で報告する。エリフィスの魔道具を認めるのは業腹ではあるが、役に立ったことには間違いない。
「ふふふ。この魔道具は陛下も興味津々だったよ。エリフィスとマーヤはしばらく忙しくなるだろうねぇ」
そろそろ魔法省の長官も退官すべき時期かなぁと、ラース侯爵は楽しそうに物騒な事を呟く。エリフィスが聞いたら全力で辞退しそうだが、これほどの成果を上げていれば、褒賞もしくは出世は間違いないだろう。エリフィスがその実力に相応しい地位に付けば、平民だからと魔法省の中で何かと差別されているマーヤへの風当たりも、少しは緩むだろうか。
エリスはゆっくりと思考を巡らせる。
これだけの証拠を王家に提出すれば、犯人を追及するのはさほど難しくはないだろう。王族の命を狙ったのだ。犯人自身の処刑は確実。連座で一族全てに類が及ぶかもしれない。コルネオン公爵やハルの無実も証明されて、ハルは手元に帰って来る。ラース侯爵家としては、ここで手を引くのが普通だろう。
全ての証拠を揃え、ここまでお膳立てをしたのだ。いつもの通り、後は王家がいい様に取り計らってくれる。父や兄ならば、ゆっくりと高見の見物と洒落込むのだろうが。
「エリスや。お前はお前だ。どうすべきかなどと考えず、好きなようにしたらいい」
エリスの逡巡を、ラース侯爵は鷹揚に受け止めた。
「エリス様のご随意に」
シュウが恭しく頭を下げ、双子がキラキラした目で同意するように力強く頷く。
「私の全ては、エリス様のもの。どうか、お心のままに」
ハルが熱の籠った視線をエリスに向け、その手を取って指先に口付けた。
双子がギャーギャー騒いだが、大人げないハルは手を一振りして双子を吹っ飛ばした。
「わたくしね。この犯人が許せないのよ」
エリスは腹が立って仕方がなかった。
大事な友人に怪我を負わせ、エリスの大事な専属執事に冤罪で陥れ、牢に繋いだ。
そして何よりも。セイディの涙を見てしまった。
夫が事故で行方不明で、ただでさえ薄氷の上を歩くような心細さの中、夫が罪人であると疑われ。その上、母親になる機会を奪われ続けていたと知った時の、あのセイディの嘆き。自分を責め、夫に詫び、泣き続けていたセイディを見た後で、自分には関りのない事と割り切るのは、エリスは若すぎた。
王位の簒奪だとか、王族の命を狙っただとかはどうでもいいが、純粋に、腹が立っていた。犯人は一体、何様のつもりなのかと。
「いかがいたしますか? エリス様。彼奴めの首を獲って参りましょうか?」
相変わらず物騒な思考の専属執事が、10割本気で提案してきたが、エリスは首を振る。エリスに却下されて、ハルのみならず、シュウや影たちまで残念そうにしていたことに、双子はこっそりと戦慄した。
「そうねぇ……」
エリスはしばらく考え込んでいたが、ふと、一冊の本に視線を止め、目を輝かせた。
「ふふふ。素敵なお手本もあることだし。わたくしも真似てみようかしら」
楽し気に笑うエリスの手には、お気に入りの探偵小説が握られていた。




