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 ルーク・コルネオンが発見された。

 その知らせは、ルークの無事を願っていたフィンにとって、まぎれもない朗報だった。

 これでようやく、ルークの身の潔白が証明される。

 

 狩猟大会での王族殺害未遂。近衛騎士団の調査部に属するフィンは、この事件の捜査を担当していた。ルーク・コルネオンが犯人であるという証拠が実行犯の家から見つかり、調査部ではルークの死は偽装でどこかで生きているかもしれないという疑いを捨てきれないまま、実行犯周辺の捜査ともう一人の容疑者であるハル・イジーの捜査を進めていた。


 ルークの事故の知らせ、王族の襲撃、実行犯の死と、立て続けに問題が起こり、ハルの捕縛時には冷静さを欠いていたフィンも、次第に疑問を持つようになっていった。

 冷静になってみれば、あのルークが、本当にハル如きに惑わされるだろうか。

 ルークという男は、王族らしくとても我の強い男だ。いくらお気に入りでも、部下の甘言に惑わされるほど甘くはない。また、ルークは誰よりも国王陛下を尊敬し、甥を可愛がっていた。そして、よしんば王位を欲したとしても、暗殺といった卑怯な手で使うのではなく、正々堂々と甥に挑むような高潔な男だ。


 また、もう一人の犯人とされるハル。ルーク、フィン、ベントレーの同級生であり、ルークが一番重用していた男。有能で美しく、あれほどルークに望まれながら、頑として側近の座を受け入れなかった男。何の取り柄もないラース侯爵家に忠誠を誓う、物好きな男。そんな男が、どうして今更ルークを唆し、王位簒奪を企てるのか。


 考えてみれば、矛盾だらけなのだ。それなのに、動かしがたい証拠が、彼らを犯人だと示している。


「僕は、ルーク様が犯人だとは思えないよ」


 同じくルークの側近だったベントレーもそう言ってくれた。ベントレーも同意見だったことで、フィンの気持ちは決まった。公平な立場が求められる調査部の一員として褒められた事ではないが、ルークの無実を信じて、動いてみようと。


 ベントレーも、快く協力してくれた。彼は捜査に加われる立場ではなかったが、ルークの周辺から真犯人の手がかりを掴めるかもしれないと、コルネオン公爵家の周囲をそれとなく探ってくれている。ベントレーは、学園卒業後もルークと家族ぐるみで親しくしていたらしい。気落ちする公爵夫人を励ましつつ、手掛かりを探してくれていた。


 ルークが無実だという証拠は、なかなか見つからなかった。それどころか、ルークと親しいと思っていた貴族の一部から、手の平を返したようにルークを悪し様に罵る者たちも出てきた。

 仲が良かった筈の友人たちまでルークを疑うのを、フィンは苦々しく思っていた。


 捕らえられたハルが黙秘を貫いている事だけが救いだった。彼は騎士団の苛烈な取り調べにも一切口を開かず、冷ややかな目で取調官を見据えるだけらしい。


 ほっとしながらも、相変わらず気に喰わない男だと、フィンは思った。

 昔から、フィンはハルが大嫌いだった。

 学生時代、側近としてどれほどフィンが忠誠を尽くしても、ルークが一番重用し、信頼しているのはハルだった。そして、ルークの意思を汲み、多くを命じられずとも望み通りの働きをするのもハルだった。

 ルークの信頼を一身に受けるハルが妬ましかった。ハルの様にルークの役に立てない自分が情けなく、恥ずかしく、フィンは段々と追い詰められるようになっていった。


 学園を卒業後、フィンはルークの側近から外れた。ルークは卒業後も側近として仕えて欲しいと言ってくれたが、グラーデス家は代々王家に仕える家柄であり、フィン自身も王家に仕えたいという理由を押し通して、ルークの申出を断った。両親からは、フィンが望むのならルークに仕え続けてもいいと許されていたのに、無能な自分が不甲斐なくて、フィンはルークから逃げたのだ。


 ルークの側を離れたフィンは、まるで抜け殻のようだった。幸いにも近衛騎士団に所属出来たので、王家に仕えるという体裁は整えられたが、主人の側を離れたフィンはまるで色を無くした世界で生きている様だった。ルークが事故で生存も危ぶまれていた時は、生きる意味を見失い、押さえきれぬ絶望をあちこちにぶつけていた。自分が逃げ出さずに側にいれば、ルークを危険に晒すことも、謂れなき汚名を着せる事もなかったのにと、後悔ばかりしていた。


 しかも、発見されたルークは記憶を失っていた。事件の事どころか、自分の名前すら憶えていなかった。国王や王太子の顔も、フィンの事も全て忘れてしまっていた。


 これにより、調査部の意見は真っ二つに分かれた。ルークが本当に記憶を失っていると信じる者と、記憶障害など演技だろうという者。だがどちらにしろルークの証言がなくては、裁判で不利なまま裁かれることになる。


 フィンは必死に新たな証拠を探した。関係者を虱潰しに当たり、現場にも何度も足を運び、それこそ寝食を削って真犯人の手がかりを探した。ベントレーもより一層助力してくれたが、捗々しい成果は上げられなかった。調査官としての立場では、新たな証拠が見つからない以上、勝手にルークを無罪とする事は出来ない。


「このままでは、ルーク様が……」


 迫りくる裁判の日に焦るフィンは、縋るような思いで王太子ブレインに面会を願った。


◇◇◇


「そうですか。調査官も、公爵閣下を無実だと……」


「フィン・グラーデスは学生時代、叔父上の側近を務めていた。叔父上の事を良く知る者の証言だから、信憑性があると思うんだ」


 王宮のレイアが滞在する部屋で、ブレインとレイアは話し合っていた。

 狩猟大会以降、レイアは未だに王宮に留め置かれていた。初めは怪我の療養のためという名目だったが、怪我が治った今も、王宮の警備の方が厳重だからと延長になったのだ。

 ブレインは執務の合間に時間を見つけては花や菓子を携えてレイアの元に顔を出しており、王宮内でこのブレインの甲斐甲斐しい態度は微笑ましく見守られている。


「だが、実行犯の元で見つかった書類は叔父上の筆跡にしか見えない。一緒にハル・イジーの筆跡まで見つかっている。叔父上がハル・イジーを重用していたのは周知の事実だったから、より真実味が増している。心証だけでこの証拠を覆すには弱すぎる」


「ですが、決定的な証拠がない以上、その心証を積み上げていくしかありません。過去の裁判では、多くの証言や情状を積み上げて無罪を勝ち取った例もあります」


 レイアはここの所読み漁っている過去の裁判事例の幾つかを、ブレインに示した。


「……なるほど。ありがとう、レイア。流石、代々司法に携わるパーカー侯爵家の令嬢だな」


 感嘆するブレインに、レイアは苦々し気な顔をする。


「いいえ。私、コルネオン公爵様にも奥方様にもとてもお世話になっておりますのに、何のお役にも立てなくて」


 王太子妃候補として王宮に入るレイアに、コルネオン公爵夫妻は何かと気遣ってくれた。特にセイディ夫人は高貴な身の上でありながら、気さくにレイアに接してくれた。そんな公爵夫妻の危機に何も出来ない自分が、レイアは歯痒かった。


「私も父も母も、叔父上が謀反を企んだなどと、一片も疑ってはいない。だが、調査部の捜査を一方的な権力でねじ伏せるなど、我が国の司法制度ではあってはならない事だ」


 ロメオ王国の司法制度は、国王の裁可の元、原告、被告によって争われる。両者の言い分を公平に判断するのが国王の役目であり、片方を偏重して裁く事は出来ない。


「だが、父上はもしもの時は、国王としての権限でもって、叔父上を助けると仰っていた」


「それは……」


 現在の司法制度は、過去に王族の暴政を省みて作られたものだ。何代か前の国王が、臣下や貴族たちを偽罪で裁き処刑した。過去の愚かな過ちを繰り返さないために、公正な裁判を保証するものだ。

 それを覆すという事は、貴族たちの反感を買う事になり、国を揺るがしかねない事態を招く。


「それでも父上は、叔父上を失う事は出来ないと、覚悟を決められたようだ」

 

 これから起こるであろう騒動を予想して、レイアは背筋を伸ばした。

 レイアの立場は未だ婚約者候補だが、彼女は王家に嫁ぐと覚悟を決めている。どんなことがあろうとも、ブレインを支え続けようと、気を引き締める。


「私は、王家の意思に従います。……どうか、ご随意に」


 しっかりとブレインをみつめてそう口にしたレイアに、ブレインは頬を緩めた。レイアの覚悟が、殊の外、嬉しかった。


「レイア、君にこれを。ようやく出来上がったんだ」


 ブレインが差し出したのは細身の腕輪だった。煌く魔石がふんだんにあしらわれているが、上品さを保つ金色の腕輪。


「この腕輪には、ラース侯爵家で開発された守護の魔術陣が組み込まれている。君用の腕輪のデザインに迷ってしまって、渡すのが遅れてしまった。これを早く贈っていれば、あの狩猟大会の時にも、君に怪我をさせずに済んだのに……」


 ラース侯爵家から守護の魔術陣を施した魔道具の献上があった時、国王は婚約者候補たるレイアにも魔道具を身に着けさせることを決めていた。その作成を任されたのがブレインだったが、レイアに初めて装身具を贈るとなって張り切り過ぎてしまい、完成までに時間が掛かってしまったのだ。

 

 狩猟大会の後、レイアになぜ守護の魔術陣を与えていないかとエリスに激怒された。詰問されたブレインは、事実を素直に白状して、大変気まずい思いをしたものだ。


「エリス嬢に怒られた。君に似合うかよりも、まずは安全を確保する方が先だと……」


 落ち込むブレインを慰めなくてはと思うレイアだったが、ブレインの口からエリスの名を聞いて、何も言えなくなってしまう。

 ブレインは、以前、エリスに惹かれていた。ブレインが誠実である事は分かっているが、もしかしたら心の底では未だにエリスを想っているかもしれない。

 ブレインの婚約者候補となった時、レイアは政略で選ばれたのだからと割り切っていた。ブレインを慕う気持ちはなかったが、将来の伴侶として良い関係が築ければそれでいいと思っていた。貴族の結婚など、そんなものだろうと。


 だが最近は、レイアの中に奇妙な感覚が芽生えていた。ブレインの口からエリスや他の女性の名が出る度に胸がもやもやとして、重苦しく感じる。

 レイアには、その感情が嫉妬であると理解していた。理解して恥ずかしくなった。大好きな親友(ラース侯爵家)信頼できる殿下(王家)の仲が良好ならば喜ばしい事である筈なのに、自分勝手な感情に振り回されてしまうなんて。


 一方ブレインも、エリスの名を口にした瞬間、レイアの顔が曇るのを見て、非情に焦っていた。

 ブレインはレイアが王太子妃候補となった時、以前エリスに対して抱いていた淡い恋心やキッパリとフラれた事を、包み隠さず話している。あの時は政略とはいえ将来の伴侶に隠し事は良くないと思い、全て話してしまったのだが。レイアとの関係がなかなか進展しないのは、馬鹿正直に初恋の話をレイアにしてしまったため、未だにブレインがエリスに想いを寄せているなどと勘違いをされているからではと、不安になってしまうのだ。 


 エリスは確かに素晴らしい女性だ。稀有な才能、支配者たる力量、王族の妃として十分過ぎる資質。

 かつてのブレインは、エリスという強烈な存在に魅せられ、彼女が自分の妃として隣に立ってくれれば、ロメオ王国は万全だと思っていた。

 

 だが今は、ブレインの妃となるのは、レイアしかいないと分かっていた。

 能力的にはエリスに比べ劣るかもしれないが、レイアは自分の隣で一緒に努力をしてくれる。お互いに助け合い、鼓舞し合い、支え合って生きてくれる人だ。レイアは強く、逞しく、それでいて繊細で優しい。そんなレイアが、ブレインは誰よりも愛しかった。


 腕輪を手に取り、ブレインは複雑な顔をしているレイアの腕にはめた。

 想像していた以上にその腕輪はレイアに似合っていて、ブレインの顔に自然と笑みが浮かぶ。

 

「……君が倒れているのを見た時。心臓が止まるかと思ったよ」


「ご心配をおかけして申し訳ありません。でももう、大丈夫ですよ?」


 いつもより近い距離に、レイアは早口で応える。表情には全く動揺を見せないようにしていたが、心臓はバクバクだ。

 そんなレイアの可愛らしい反応に、ブレインは増々嬉しくなる。レイアが自分を意識しているのかと思うと、気分が高揚する。


「この腕輪の魔石には、一つ一つ私の魔力を籠めたんだ。今度こそ君に傷一つ付けず、守れるようにと」


「えっ?」


 煌く魔石を見て、レイアは驚く。相手の魔力の籠った装身具を身に纏うのは、情熱的な間柄(バカップル)の証の様なものだ。


「レイアを失うかもしれなかったんだ。もう二度と、あんな思いはごめんだ」


 ブレインはレイアの腕を持ち上げ、腕輪にそっと口付ける。


「ブ、ブレイン殿下!」


 慌ててブレインから距離を取ったが、レイアは取り繕うことも出来ず、顔を真っ赤に染めた。

 未だに腕はブレインに捕らわれたまま、やんわり解こうとするが、阻まれた。


「殿下、手を、は、放して」


「レイア。2人の時は、ブレインと、名前で呼んで欲しい」


「だ、だ、駄目です!」


「どうして?」


「ま、まだ、私は婚約者()()です! 時期尚早です!」


 涙目のレイアに、ブレインはグッと何かが込み上げてきたのを押さえた。ふうっと溜息を吐き、レイアの腕を離す。


「今回の件が落ち着いたら、婚約の話をすすめるよ」


「……っ!」


「卒業後1年以内には、結婚するから。それ以上は待てない」


 にっこりと微笑むブレインに、レイアは混乱しながらも、頷く事しか出来なかった。 

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