幕間
目障りな彼が居なくなった。
俺が手を下すことなく、彼は女神の裁きを受けて、崖から馬車ごと落ちて死んだのだ。
天は俺に味方をしているようだ。これで、俺の王位継承順位は上がった。国王とその息子である王太子が居なくなれば、正当な王位継承者たる俺の頭上に、王冠が齎されるだろう。
さすがに国王と王太子にまで女神の裁きが下ることを待つなどと、怠惰な真似は許されない。彼の死は、俺に王位を継がせるために女神が後押しして授けてくれた幸運だ。次はこの俺が、玉座を得るために動かなければならない。
俺の力で、国王や王太子を直接、弑する事は難しい。
やつらは権力を思うままに奮い、屈強な騎士たちにその身を守らせている。
騎士たちも可哀そうに。偽の主人に忠義を尽くさなくてはならないなんて。誇り高い騎士たちは、どれほど無能でも、主と掲げたからには奴らを守らなくてはならない。早く彼らを偽りの忠誠から解き放ち、真の主に仕える栄誉を与えてやらなくては。
俺は、王族たちを始末する方法を考えた。
3年に一度の狩猟大会。建国の時より続く、伝統的な我が国の大事な行事だ。
ロメオ王国の貴族たちや他国からの賓客がこぞって参加する大きな祭。真の王たる俺に玉座が渡る舞台としては、申し分ないだろう。
俺は、慎重に計画を練った。金に困っていた魔術師を雇い、ソイツと2人で、狩猟大会の2月以上前から、王族の天幕が設置される場所に入念に魔術陣を施した。
この魔術陣は、魔力を流せば爆発するという単純な作りだが、威力が強く、魔術陣ごと炎とともに吹き飛ぶので、証拠も残らない。
これでうまく王族を仕留める事が出来れば。俺の王位継承権はぐっと上位に食い込む。
もちろん、王家の血を引くのは、俺だけではない。他の家にも、王家の血脈を汲む者がいる。
だが、俺には勝算があった。
セイディ・コルネオン。
彼の妻であり、デルフィル王国の末姫である、麗しい人だ。
初めて彼女に会った時。俺は、俺の運命に出会ったと思った。
けぶるような淡い金髪、透き通った青い瞳。蠱惑的な泣き黒子、柔らかな白い頬に、艶やかな唇。
先に一輪だけ咲いてしまったような花の様な儚げな風貌ながら、好奇心に満ちた猫の様な生き生きとした瞳が美しく、俺は一目で恋に落ちた。
ああ。女神はどれほど俺に試練を与えるのか。
なぜ彼女は、俺の隣ではなく、彼の隣で幸せそうに微笑んでいるのだ。そこは彼女の正しい居場所ではないのに。
セイディと彼の結婚式の日。俺は怒りで発狂しそうになりながら、2人に祝いを述べた。
彼の友人として招かれた式ではあったが、全てを滅茶苦茶にしてしまいたい衝動をなんとか押さえて、必死に笑みを浮かべた。今はまだ、その時ではないと耐えた。
彼女はまやかしの相手の横で、それでも誰よりも美しい花嫁姿を見せてくれた。
ああ、絶対に彼女を手に入れてやる。彼女こそ、正当な王たる俺に相応しい女性だ。
確実に彼女の心を手に入れるために、俺は少しずつ、彼女に嘘を吹き込んだ。
お前の夫には、心から愛する人がいる。お前は、国の為に娶った、お飾りの妻なのだと。
直接告げるなどと、愚かな事はしない。それとなく彼に意中の人がいるのだと匂わせ、セイディに問いただされても曖昧に濁して疑心を増幅させる。セイディに同情している振りをして、彼女の俺に対する信頼を高めていった。
彼がセイディに惚れ込んでいるのは周知の事実だ。だが、一方で彼は一人の男に執心していて、側近に迎えたいと熱望していた。そのことを上手く利用して、彼らが道ならぬ関係だとセイディに吹き込んだ。結果、純真で素直なセイディは、自分が道ならぬ恋を隠すためのお飾りの妻であると思い込むようになった。繰り返される俺の言葉に、どんどんと蝕まれていった。
今、彼を失って、セイディは失意のどん底にいるだろう。
そんな彼女が頼りにするのは、俺以外、誰がいるというのだろうか。
煌く王冠を戴いた俺の横で、美しい微笑みを浮かべたセイディが寄り添う未来が、一歩ずつ、確実に近づいてきている。
◇◇◇
失敗してしまった。
この俺が直々に魔力を注いで起動させた魔術陣なのに。完璧に奴らを殺せると思ったのに。失敗などある筈がなかった。現に、王太子の婚約者候補は、けがを負って死にかけたじゃないか。
だが、王族たちは守護の魔術陣を施した魔道具を身に着けており、全員無事だったのだ。千載一遇の機会だったというのに。悪運の強い奴らだ!
守護の魔術陣は、あの忌々しい魔法省の青髪の魔術師が作り出した魔道具らしい。無能な王族にこびへつらう犬め。平民風情が大きな顔をしやがって。あんな男、俺が王になったら処刑してやる。
ああ。このままでは、俺が国王になるどころか、捜査の手が俺に及ぶかもしれない。
俺の計画では、国王たちが全滅した混乱に乗じて、セイディを手に入れた俺が国を牛耳る予定だった。
だが、国王たちが生きていれば、自分たちを殺した犯人を血眼で探すだろう。
どうしたものか。魔術陣から犯人を割り出すのは難しいだろうが、どんな切っ掛けから、俺が犯人だと知れるか分かったものではない。
このままセイディを掻っ攫って、国を出てしまおうか。
だが、生まれた時から誇り高き貴族として生きてきた俺が、どうして薄汚い犯罪者の様にこそこそ隠れて暮らすなどと出来るだろうか。俺の中に流れる高貴な王族の血が、そんな生き方を許す筈がない。
悩みに悩んでいた中。俺は一つ、名案を思い付いた。
いるじゃないか。国王や王太子の命を狙うに相応しい犯人が。
幸いにも、彼の死体は見つかっていない。現に彼の死を信じない馬鹿な王族たちは、喪に服すこともせずに狩猟大会という祭りを開催した。
信じているのだ、彼が生きていると。彼が笑顔で無事に帰って来ることを、願っているのだ。
ならば、俺がその浅はかな願いを叶えてやろうじゃないか。




