プロローグ
理不尽な事ばかりだ。
物心がついた時から、俺はそう思っていた。
俺は、裕福な貴族家の3男として生まれた。
欲しいものはなんでも手に入り、世話は使用人たちがしてくれる。頭は悪くなかったし、努力も怠らず、周囲からは優秀だと誉めそやされた。
だが、俺は3男。家督を継ぐのは長兄で、その補佐は次兄。俺はスペアにすらならない3男。
無能で俺の足元にも及ばない長兄は、ただ俺より何年か先に生まれたというだけで爵位と財産を継ぎ、次兄は補佐として敬われ、俺はいてもいなくても同じ、何の期待もされない3男。せめて娘ならば政略の手段として使えるのに、3男では数少ない婿入り先を確保しなければ、貴族籍にも残れない。
無能な兄たちには散々、『我が家のお荷物にはなってくれるな』、『将来は自分の食い扶持ぐらい、自分で稼げ』と馬鹿にされた。俺の足元にも及ばない無能な兄たちに。たかが先に生まれただけで、何の価値もない奴らに、どうしてこの俺が蔑ずまれなくてはならないのか。
学園に入学した時は、兄たちに感じたよりも強い理不尽さに見舞われた。
学園には、様々な身分の者が通う。その中でも最高位は、王族。我が家の様な、かろうじて高位貴族と言われる家とは圧倒的に違う、生まれながらにしての勝者。
俺が学園に通っていた頃は、現国王の年の離れた王弟殿下が同じ学年に在籍していた。
気さくで公明正大な彼は、生徒たちからとても慕われ、尊敬を集めていた。だがそれは、王族という身分があるからだ。彼が王族でなければ、優秀な俺の方が評価されていただろう。王族でなければ、勉学、剣術、魔術で俺より秀でたところが一つもない彼など、誰からも顧みられる筈がない。
ただ、身分が低いだけで。俺は彼の影として存在するしかなかった。優秀な王弟殿下を支える補佐。タダの手足。この俺が。何もかも、彼より勝る、この俺が。
学園を卒業した後も、その関係は何も変わらなかった。辛うじて実家の姓を名乗らせては貰っているが、卒業後、親の庇護下を出た今の俺の身分は貴族の縁者。薄汚い平民と、薄皮一枚の差しかない。
だが彼は、王籍を離れた後に公爵位を賜り、隣国の姫君である美しい妻を迎え、兄王との仲も良く、広い公爵領を恙なく治めている。相も変わらず、周囲にチヤホヤと褒めそやされ、美しい妻と相愛で、幸せを絵にかいたような生活を送っている。
そして。これが一番、許しがたい事なのだが。
彼はなんとも無邪気に、この俺を褒めるのだ。
俺は学生時代の成績と人脈を生かして、なんとか王宮での仕事を得た。彼はそんな俺と顔を合わせる度に、『学生の頃から、優秀だった』だとか、『努力と人徳の賜物だ』などと褒め讃えた。いつもの太陽の様な笑顔で、心から称賛するように。
上辺では喜んで見せていたが、心の中は反吐が出そうだった。そんな当たり前の賛辞に、俺が喜ぶと思っているのか。俺よりも無能なくせに。彼の無神経な言葉に苛立ちが募った。何を偉そうにと。
俺の家は、今でこそ少々落ちぶれてはいるが、何代か前は王族の姫が降嫁した事があるほどの家柄だ。薄くはあるが、俺にも王族の血が流れているのだ。
もしも今の王が斃れ、王太子も彼もいなければ。王に相応しいこの俺が、三顧の礼をもって迎えられるだろう。そうすれば、奴らよりもこの国をもっと上手く治めてやるのに。賢王だと評判の国王も、優秀な王太子も、俺に比べれば愚者に過ぎない。
どいつもこいつも。運が良かっただけじゃないか。
俺より先に生まれただけで、地位も財産も受け継げる兄たち。
俺とは違う場所に生まれただけで、輝かしい未来が約束された彼。
王族というだけで、たいして有能でもないのに国を治め、敬われる国王と王太子。
俺の方が。俺の方が、もっと上手くやれるのに。人々から評価されるのは、俺の方な筈なのに。
もっと早く生まれていたら。
もっと違う立場で生まれていたら。
もっと、機会さえもらえたら。
俺の方が、この能力に相応しい、成果を上げられる筈なのに。
理不尽だ。理不尽な事ばかりだ。
だから俺は。
この理不尽を、どうにかして正そうと思ったのだ。