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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
49/50

49 夜明け

 なんだ?


 どうなってる?


 動かない体。広場中の無数の冒険者たちの叫びが耳に届く。それは全員が陥った意味不明の状況と、それを仕向けた運営への罵詈雑言の嵐だ。


「おい! やってくれたな! クソがあああああ!」


 地面に投げ出されたままのトゥーファが天に向かって吠えた。


 俺は理解した。ボスを倒せばこのイベントが終わる、なんてのは詭弁だ。チャット不可も、ワープ不可も、このイベントに感じていた違和感も、すべてがはっきりとした意図的な悪意の形をなす。そもそもつまりははじめから、ボスは倒せないように設定されていたということだ。


 血みどろのナンガナンガが迫る。その残りHPは1。たったの1。だがその1を削るのは不可能だ。


 俺も含め、冒険者たちの頭の上に表示された状態異常の残り時間。この世界がいかに残酷で、無情で、そして理不尽であるかという現実を、その文字は示していた。


 バインド。∞秒。


 おそらく先ほどの断末魔は、ナンガナンガの残りHPが1になると必ず発動する最後の攻撃。カリア中の冒険者の動きを止めたナンガナンガは無抵抗な冒険者たちを蹂躙するだろう。そして吸魂のスキルによってHPを回復し、この夜の帝王は復活を遂げる。


 ナンガナンガは鎌首をもたげる。自分の体を支えることもままならないのか、今にも倒れ込みそうにフラフラと伸び上がった頭は、数秒後にはそのまま俺とニアを押し潰すだろう。


 しかし体は動かない。終わった。俺たちの今夜の努力なんて最初から意味がなかった。俺の頭にガーディアンたちとの夢での会話が蘇る。


(君たちは君たちの理ことわりの中で戦わなきゃいけない。物語と、記号の中で)


 俺達は無力だ。仕様。理。記号。決められたルール、決められた運命。プレイヤーはその中で弄ばれる。努力も、絆も、所詮は運営が引いたレールの道筋から逸脱することはできない。


 でも、きっと、それが、この世界に生きるということ。ゲームの世界で生きるということ。悔しさと、情けなさと、理不尽さに対するやるせなさと、どうしようもない無力感と、悲しみなのか怒りなのかわからないそれらの感情のすべてを受け入れなければならないのだ。


 俺は目を閉じた。腕の中のニアの最後の感触を胸に刻むように、強く抱きしめる。


 ――ごめんニア、守れなかった。


 ニアとは何だったのか。ガーディアンとはなんだったのか。この夜は。俺達は。何もわからないまますべては終わる。自分の無力さに涙が滲んだ。


 ナンガナンガの巨体が俺の上に影を落とす。


 次の瞬間にも訪れるとどめの一撃を待つ中、俺の頭をよぎったのはよりにもよってどうでもいい、レドさんの言葉だった。ああ、本当に、どうでもいい。イベントが始まる前、広場での雑談。あの時は頭に留めなかった言葉が今、何の意味があるのかふと思い浮かんだ。


『つまりネトゲにおける神というのはだね、いや、これは現実でもそうか。つまりは『偶然』という不確定で、曖昧な、しかしすべからく根源的な要素に僕らは支配されているのだよ』


 俺は確信している。ニアはこの世界の神様だ。運営じゃない。俺達が助け出したい神様は決して運営なんかじゃない。


 もしも、レドさんの言うようにこの世界の『神様』と『偶然』が同意だとしたら。


 もしも、『神様』であるニアと俺たちが出会ったことが『偶然』だとしたら。


 つまりは、神様が俺達を選んだということ――


『偶然の出会いが生み出す想定できない物語。それこそが……』


 (チリンチリン)


 絶望の中で、その音はあっけらかんと俺の耳に響いた。


 何千人という冒険者の中で、その音を聞いたのは俺と、そしてギルドメンバーだけだったろう。


 聞き慣れた、ひとつのチャイム。


 しかし絶望と諦めの中で鳴ったその音は、まさしく天からの福音のように俺の目を開かせた。


 視界に示されたメッセージ。それはなんてことない、見慣れた文言。今までにも何度も見た短い一文。俺の目の前にはまるで場違いに、しかし燦然とした輝きを放ちながらこう表示されていた。


 【ベルがログインしました】


 ベルさん。


 そうだ、忘れてた。しばらく姿を見てない気がするけどいつからだ? 広場に俺達が突撃してきたときには確かにいた。それから、それから……


 俺の目の前に淡い光が凝縮し、人の影を形作る。白いローブの裾が、俺の前でひらりと揺れた。


 ログイン。


 そうだ。ベルさんは人混みに紛れおそらく処理落ちした。強制ログアウトを受け、今、まさしく、再ログインしこの世界へ戻る。


 つまり、この広場の中、動けるのは――


「ベルさん!」


 夢中で叫んだ。何も考えず、声の限り。


「何でもいいから! 撃って!」


「え? なに? あ、はい?」


 俺の必死の叫びを受け、状況もわからないであろうベルさんの杖からひと塊の炎が飛び上がった。


 それは勢いも無く、ただ浮かび上がるようにフワフワと宙を舞う。


 夜明けに消え入りそうな満月に向かって飛ぶ軌跡。頼りないその動きを、すべての冒険者たちの視線は追っていただろう。


 当てもなくさまよう、迷い子のような小さな炎。


 ナンガナンガの鼻先にぶつかったそれは、まるで夜の終わりを告げるように蒸発し、音も無く静かに消えた。


 静寂。


 誰も、何も声を発さなかった。


 ナンガナンガがもたげた体が倒れる。ゆっくりと、俺とニアの傍らに。轟音とともにその巨体が沈み込んだ後も、しばらくその沈黙は続いた。


 やがて、広場のどこかから声が上がる。おっかなびっくりと、小さく、しかし確かな力強さを持って。


「やった」


 その一声を皮切りに、広場には歓喜が爆発した。


 うおおおおおおおおおおおおおおおおお!


「ベルちゃん! ベルちゃん! 君ってやつは!」

「まじか! うおおお!」

「ベルちゃーん! だめ、あたし泣きそう!」

「……すごい……」

 

 倒れ込んだまま、動けないことも忘れて俺達は喜びと、安堵と、興奮の渦に身を委ねる。


「え、これ、どういう状況?」


 ひとり戸惑い、広場に横たわる無数の人の輪の中を右往左往するベルさんを横目に、俺は腕の中のニアへ視線を移した。


 変わらず人形のように身を投げだしたままのニア。タヌキの気ぐるみを被ったその表情をうかがい知ることが出来ないがしかし、小さな黒い瞳にはかすかな光が反射し輝いている。


 俺は薄青く染まる遠くの空を眺めた。城壁の向こう。それは静かに、近づいていた。


 俺たちが待ち望んでいたもの。

 

 夜明け。


「クソ運営死ね!」

「いつバインド解けるんだよ!」

「金と時間返せ! ボケがああ!」


 喜びと興奮から、再び運営への憎しみへと変わった冒険者たちの叫びを聞きながら、俺は段々と濃くなっていく空の色を眺めていた。

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